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二章 獣人の国
55 人殺し
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最近は廊下などで医師や看護師とすれ違うと悪意のある言葉を投げつける人がいる。
それもしょうがない。私がやっていることは人体実験で許されることではないのだから。
そんな状況でも理不尽なことにお腹は空く。
私はお昼ご飯を食べようと食堂に向かった。
ここの食堂はお金を払えば面会に来た人や付き添い家族も食べることができる。
メニューは草食動物向けと肉食動物向けが1種類ずつで、味はそこそこ。日本で生きていた頃食べていた社食くらいの味だ。
私はカウンターでお金を払い食事を受け取って、人気の少ない場所を選んで座った。
今日のメニューはメインにグリルサーモンで付け合わせにトマトや茹でたブロッコリーとたまご、それにパンが付いていた。
『いただきます』
1人の時はつい口をついて出てしまう。発音は日本語かジルタニア語か。自分では分からない。
今日の昼食の味もそこそこだ。カニス村にいた時は魚を食べる機会がほぼなかったので、今日のサーモンはちょっと嬉しい。
淡々と食事をしているとこちらの方に歩いてくる足音がして顔を上げると、私に向かって白衣の医師が歩いてきていた。
そしてやっぱり勘違いではなく、私のテーブルの横で立ち止まった。
「お前のやってることってただの人殺しだよな?」
私は言い返す言葉がなく黙った。
「おい、なんか言えよ! それともあれか? 言葉が分かんねぇの?」
その男が馬鹿にして笑い、こちらの様子を窺っていた人達も同調して笑う。
相手をしても建設的な議論ができるとは思えない。私は立ち上がってこの場を去ろうとした。しかし男が私の腕を掴んできた。
「離してください」
「おい無視すんなよ人殺し!」
掴まれた腕が痛い。
「離して」
「お前、どんなつもりで人体実験なんかしてるわけ? 獣人がどうなったってなんとも思わない? 最低だな!」
「そんなことありません」
「じゃあ何なんだよ!」
「がんを治したいんです」
「治すどころかどんどん悪化させてんじゃねぇかよ。ふざけんな! 俺だけじゃねぇ、他の医者も看護師もお前のやってることを認めちゃいねぇ。所長は『患者さんが望むなら』って黙認してるけど、ありえねぇ……」
この医師が担当している入所者さんの中に私の研究に協力してくれている人がいるのだろう。
確かに自分の受け持つ入所者さんが急速に悪化していくのを見てはいられないだろうとは思う。
しかし__
「じゃあ、治してください。ナラタさんのがんも、他の人の病気も全部全部」
「あぁ!?」
「治せないじゃない! だから私がやる! 好き好んで、やるはずない! ナラタさんは私の親、絶対治す。何もできないやつは黙ってろ!」
カタコトでぶちまけた。
研究がうまく行かないストレスをぶつけてしまった自覚はある。
医師が何もできないとは本当は思っていない。痛みや吐き気などの苦痛を最小限にすべくあたっているし、入所者さんの家族への説明なんかもしている。
得体の知れない実験で当初想定していた余命よりどんどん短くなっているなんて家族には説明できないだろう。
「ごめんなさい。八つ当たりです」
私は使い終わった食器を戻して逃げるように食堂を去った。
71日目
効果なし
78日目
治療魔法の効果はなし
処方を変更
患者A ノッカク、オシアツ、ソレリナ1:2:1
患者B ノッカク、オシアツ、ソレリナ1:1:2
患者C ノッカク、オシアツ、ソレリナ2:2:1
患者D ノッカク、オシアツ、ソレリナ1:2:2
患者E ノッカク、オシアツ、ソレリナ、エヴァリス2:1:1:1
患者F ノッカク、オシアツ、ソレリナ、エヴァリス2:2:1:1
患者G ノッカク、オシアツ、ソレリナ、エヴァリス2:2:2:1
82日目
患者Bの意識が不明瞭となる
薬草の経口摂取が不可能となったため中止
とうとうテネラさんの意識がなくなりご家族が呼ばれたと人づてに聞き病室へ向かった。
開けられた扉の向こうから泣き声が聞こえる。
私は罪悪感でどうにかなりそうだった。
(ごめんなさい。ごめんなさい。テネラさんとの大切な時間を奪ったのは私です……)
ご家族は1日でも長く生きていて欲しかっただろう。たとえ入所していて毎日会えなくとも生きているという事実だけで支えになる。
それを私が奪った。
(ごめんなさいテネラさん。家族との時間を奪って。治せなくてごめんなさい……)
私の以前の過去は知らない。けれど今の私は間違いなく人殺しだと思う。前にあの医者に言われたことはなんら間違ってはいない。
このまま続けていつか魔法はできるんだろうか。私の仮説は合っているんだろうか。
間違っていたら……?
テネラさんや他の患者さんの命をただ縮めただけだったら……
恐ろしい。
考えただけで血の気が引く。
もうやめたい。けどやめたらナラタさんは助からない。
相反する気持ちを延々と行ったり来たりしながら、それでもやめられない。
まだ薬草の配合を全て試していない。本当に絶望するときは打つ手がなくなった時だ。
それもしょうがない。私がやっていることは人体実験で許されることではないのだから。
そんな状況でも理不尽なことにお腹は空く。
私はお昼ご飯を食べようと食堂に向かった。
ここの食堂はお金を払えば面会に来た人や付き添い家族も食べることができる。
メニューは草食動物向けと肉食動物向けが1種類ずつで、味はそこそこ。日本で生きていた頃食べていた社食くらいの味だ。
私はカウンターでお金を払い食事を受け取って、人気の少ない場所を選んで座った。
今日のメニューはメインにグリルサーモンで付け合わせにトマトや茹でたブロッコリーとたまご、それにパンが付いていた。
『いただきます』
1人の時はつい口をついて出てしまう。発音は日本語かジルタニア語か。自分では分からない。
今日の昼食の味もそこそこだ。カニス村にいた時は魚を食べる機会がほぼなかったので、今日のサーモンはちょっと嬉しい。
淡々と食事をしているとこちらの方に歩いてくる足音がして顔を上げると、私に向かって白衣の医師が歩いてきていた。
そしてやっぱり勘違いではなく、私のテーブルの横で立ち止まった。
「お前のやってることってただの人殺しだよな?」
私は言い返す言葉がなく黙った。
「おい、なんか言えよ! それともあれか? 言葉が分かんねぇの?」
その男が馬鹿にして笑い、こちらの様子を窺っていた人達も同調して笑う。
相手をしても建設的な議論ができるとは思えない。私は立ち上がってこの場を去ろうとした。しかし男が私の腕を掴んできた。
「離してください」
「おい無視すんなよ人殺し!」
掴まれた腕が痛い。
「離して」
「お前、どんなつもりで人体実験なんかしてるわけ? 獣人がどうなったってなんとも思わない? 最低だな!」
「そんなことありません」
「じゃあ何なんだよ!」
「がんを治したいんです」
「治すどころかどんどん悪化させてんじゃねぇかよ。ふざけんな! 俺だけじゃねぇ、他の医者も看護師もお前のやってることを認めちゃいねぇ。所長は『患者さんが望むなら』って黙認してるけど、ありえねぇ……」
この医師が担当している入所者さんの中に私の研究に協力してくれている人がいるのだろう。
確かに自分の受け持つ入所者さんが急速に悪化していくのを見てはいられないだろうとは思う。
しかし__
「じゃあ、治してください。ナラタさんのがんも、他の人の病気も全部全部」
「あぁ!?」
「治せないじゃない! だから私がやる! 好き好んで、やるはずない! ナラタさんは私の親、絶対治す。何もできないやつは黙ってろ!」
カタコトでぶちまけた。
研究がうまく行かないストレスをぶつけてしまった自覚はある。
医師が何もできないとは本当は思っていない。痛みや吐き気などの苦痛を最小限にすべくあたっているし、入所者さんの家族への説明なんかもしている。
得体の知れない実験で当初想定していた余命よりどんどん短くなっているなんて家族には説明できないだろう。
「ごめんなさい。八つ当たりです」
私は使い終わった食器を戻して逃げるように食堂を去った。
71日目
効果なし
78日目
治療魔法の効果はなし
処方を変更
患者A ノッカク、オシアツ、ソレリナ1:2:1
患者B ノッカク、オシアツ、ソレリナ1:1:2
患者C ノッカク、オシアツ、ソレリナ2:2:1
患者D ノッカク、オシアツ、ソレリナ1:2:2
患者E ノッカク、オシアツ、ソレリナ、エヴァリス2:1:1:1
患者F ノッカク、オシアツ、ソレリナ、エヴァリス2:2:1:1
患者G ノッカク、オシアツ、ソレリナ、エヴァリス2:2:2:1
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患者Bの意識が不明瞭となる
薬草の経口摂取が不可能となったため中止
とうとうテネラさんの意識がなくなりご家族が呼ばれたと人づてに聞き病室へ向かった。
開けられた扉の向こうから泣き声が聞こえる。
私は罪悪感でどうにかなりそうだった。
(ごめんなさい。ごめんなさい。テネラさんとの大切な時間を奪ったのは私です……)
ご家族は1日でも長く生きていて欲しかっただろう。たとえ入所していて毎日会えなくとも生きているという事実だけで支えになる。
それを私が奪った。
(ごめんなさいテネラさん。家族との時間を奪って。治せなくてごめんなさい……)
私の以前の過去は知らない。けれど今の私は間違いなく人殺しだと思う。前にあの医者に言われたことはなんら間違ってはいない。
このまま続けていつか魔法はできるんだろうか。私の仮説は合っているんだろうか。
間違っていたら……?
テネラさんや他の患者さんの命をただ縮めただけだったら……
恐ろしい。
考えただけで血の気が引く。
もうやめたい。けどやめたらナラタさんは助からない。
相反する気持ちを延々と行ったり来たりしながら、それでもやめられない。
まだ薬草の配合を全て試していない。本当に絶望するときは打つ手がなくなった時だ。
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