その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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最終章 過去・現在・未来

68 崩壊する日常

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 豪奢な設えは一目で貴族の屋敷の一室だとわかる。
 その部屋に60歳前後と思われる男2人がソファに座り話し込んでいる。

 「これは一体どういうことでしょう? レイチェル様はイシリスの修道院に送ったのではありませんでしたかな?」
 「我が家は馬車に乗せて確かに送ったのです。しかしその道中何者かに馬車が襲われ、そのまま娘は行方不明となり2年以上。娘はもう生きてはいないだろうと私も思い、死亡届も出したのです。それなのにどういうわけか生きていて、しかも別人として暮らしているという……」

 それを聞いて対面の男は激昂した。

 「しらばっくれるな! あなたがどうやってか娘を逃したんだろう!?」
 「いや! いいや、それはない! あの娘は我が家にとっても汚点だ。国内にいてもらっては困る!」
 「娘が何をしでかそうともあなたにとっては大事な娘なんだろうが、私は……殺したいくらい憎い……! 失礼する!」

 テーブルを思い切り叩き立ち上がった男は部屋を出て行った。
 ズカズカと大股で玄関へ向かいながら男はボソリと呟いた。

 「全部、ぶち壊してやる……!」

 その声は怨嗟に満ち満ちていた。
 男が屋敷を出て車に乗り込み運転手に告げた行先はゴシップを扱う有名な新聞社だった。



 それは勲章授与式も終わり平和な日常が戻ってきて矢先だった。
 朝、ガシャンと窓が割れる音で私は飛び起きた。

 (なに!?)

 ベッドから転げるように出て音のした方、リビングへ行くと窓が割れていた。
 床には拳大くらいの大きさの石が割れたガラスと一緒に落ちている。
 イタズラにしては度が過ぎている。もし石が投げ込まれた時近くに立っていたら大怪我をしていただろう。
 まだ外に石を投げ込んだ犯人がいるかもしれない。
 顔を確認しようと破られた窓のカーテンの隙間からちらりと外を伺って一瞬で状況を理解した。
 今までの比ではないくらいの記者の数。それから野次馬らしき人々にこのアパートは囲まれていた。

 (とうとう私の過去が暴かれたんだ……)

 そう直感した。

 (どうしよう。これではどこにも行けない……逃げられない……)

 いつになったら外にいる人数は減るだろう。籠城になるなんて思っていなかったから食料の買い置きはそう多くない。
 それよりも、暴徒がこの家に押し入ってきたら……?
 怖い。怖くて震えが止まらない。
 私は寝室に駆け戻ってベッドに潜り込んだ。

 (誰も入って来ませんように。誰も入って来ませんように!!)

 何もできない。
 ただただ時が過ぎるのを祈る。



 ベッドの中だけは安心だ。
 何も見えない。何も聞こえない。
 不思議と喉も乾かないしお腹も空かない。
 そうだ、ずっとここにいよう__

 「……さん…………オさん……ナオさん!」

 誰かが呼んでる……? 誰?
 ほっといて。
 私はこのままがいいんだから。

 「……っ……! ………………目を開けて!」

 どうして?
 目を開けたら見たくないものがたくさん見えちゃうじゃない。

 「………………生きて!!」

 生きてるよ。私は死んでなんかない。
 せっかく健康な体になったのだから、この体全て使い切る!
 誰かの声に心の中で答えたら、急に視界が明るくなり、心配そうな顔をしたアーサーさんの顔が映った。

 「……あれ……? アーサーさん……?」

 出た声はカラカラで聞き苦しい。
 朝から何時間経ったのだろう。
 私はベッドの上で起き上がった。

 「今は何時? どうしてここに……?」
 「まずは水を。取ってきます。時間は午前2時です」

 2時………? 窓を破られて私が起きたのは感覚的に朝の6時か7時だった。それからほぼ24時間?

 「私……どうしたんだろう……?」

 寝てた感覚はない。ただ時間だけが飛んでいる。

 「今朝の、いやもう昨日か。ゴシップ紙にあなたの過去のことを暴露した記事が載っていました。大変な騒ぎになっているだろうと思って心配して来たんです。王都からだったので到着は昼過ぎになってしまって、その時にはもうここら辺一帯記者や野次馬ばかりでこの家に近づけなくて。ハリス先生のところに避難しているかと先生を訪ねて行ったら『来ていない』というし。こんなに囲まれていては一歩も出られませんよね……」

 朝にチラリと見た時はそこまで人は多くなかった。それが昼過ぎには人数が膨れ上がっていたのか。
 過去を暴露した記事って__

 「どんな内容の記事ですか? 持ってますか?」

 アーサーさんが持ってきてくれた水で喉が潤い、少しまともになった声で問う。

 「一応。ハリス先生には見てもらったほうがいいと思って。でもナオさんは読まないほうがいいです。相当ひどい内容ですから」

 読まないほうがいいと言ってくれるのは私の状態がまともには見えないからだろう。
 寝てたのでもないのに時間が飛んでいたのは精神的にショックを受け過ぎたせいだと思う。
 そしてその状況を作り出したのはそのゴシップ記事。
 読むのは怖い。
 怖いけど読まないことには進めない。

 「読みます。見せてください」

 ザラザラとした質感の新聞を受け取りすぐ目に飛び込んできた見出しは__



 「娘はレイチェル・ジョーンズに殺された」
 栄冠大勲章のナオ・キクチはジョーンズ伯爵家の長女レイチェル!?



 私はベッドに腰掛けたまま原稿を読み進めた。
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