緋色頭巾

神凪凛薇

文字の大きさ
10 / 10
青年と少女は出会い、

9

しおりを挟む
 賊を切り続けた護衛隊も、商人すらも、後味の悪そうな顔で黙り込む。仕方がなかった、正当防衛だ、そうしなければ次は我が身だ。そう正当化しても、苦い思いはずっしりと胸に落ちる。誰もが何と言ったものか、と口ごもるなか、たった一人、静かに口を開いたものがいた。

 「ええ、その通りです。私が、貴方の父を殺した」
 「グルナ……?!」
 「!お、れたちは、俺たちはただ、今日の飯が欲しかっただけなんだ!なのに、なのに、どうして……。殺してやる、殺してやる!父さんの仇っ」

 まるで火に油を注ぐ彼の様な発言。その声は全くと言っていいほど色も温度もなく。アジュールは顔を引きつらせる。かっと憤怒に瞳を染め上げ悲痛な叫びとともに、武器の何も持たない痩せた少年が、血塗られた少女に飛び掛かっていく。皆の頭に、先刻の状況が思い浮かび、息をのむ。近くにいた者達が、反射的に剣を取る。その間にも、グルナは最小限の動きで少年の攻撃を躱し、そのまま地に叩き伏せる。父の血の海に沈められた少年が呻くのを聞き流し、体重を掛けて押さえつけたグルナは、シャキンと音を立てて細剣をその首筋に突き付けた。

 「よせ!やめろ!」
 「そこまでする必要ないだろう!」

 さしもの周囲の者達も怒声をあげ、グルナに武器を向ける。しかし、下手に手を出せば少年の首が飛ぶ。歴戦の猛者たちが逡巡している間を使い、静かな声が、いっそ穏やかに響き渡る。

 「貴方の父を殺したのは、この私です。その事実は否定できないし、するつもりもない。これは私が、私の意志で行った事。だから、――いつか私を殺しに来なさい」

 屈辱と悲しみに涙する少年に掛けられた言葉。その内容に、少年はピタリと動きを止めた。すっと剣を引いて鞘に戻し、立ち上がったグルナ。その瞳は、強く、冷やかで、——どこか悲し気な色を宿していた。

 「その憎悪という感情を否定するつもりはありません。それは、どれだけその人を愛していたかの証明であり、ある意味では生きる意味ともなるものだから。だから、いつか私を殺しに来なさい。その為に、生きて、生きて、生き抜いて。いつか私の前に現れなさい。私は貴方が来るを待っています」

 赤いポンチョを翻し、グルナは一歩二歩と歩き出す。そしてふと足を止めると、振り返って言い放った。

 「一つだけ、貴方にヒントを差し上げましょうか。復讐は、相手に痛みを与える事が出来なければ、全て失敗です。そして、私は殺された所で全く痛みを覚えません。それであなたの気が済むならば別に良いけれど、本当に復習してすっきりしたいならば、私がどうしたら地団駄を踏むかを考える事ですね。冷酷無慈悲な殺し屋が悔しがる方法を。その為に、憎悪からどのように這い上がるかを考える事をお勧めしますよ」

 そのまま音もなく歩き出したグルナは、護衛隊のリーダー格の男に歩み寄り、その耳元で何かを囁いた。不愉快そうな顔で彼女を見つめていた男は、一つ息をついて振り返った。

 「休憩は十分取っただろう。出発だ。安全が確保される場所で、再休憩をとる」

 その声を皮切りに、のろのろと皆が動き出し。ややあって、商隊はその場を去った。

 父の遺骸に取りすがって啜り泣く少年を、背にして。






 闘いに勝利したはずが、重い空気に包まれる一行。休憩の為に各々、座り込んだりしてぼそぼそと会話する中、アジュールは人を探して彷徨っていた。そして、少し離れた場所でポツリと佇む影を見つけ、目を細める。

 チラチラと冷ややかな視線に晒され、遠巻きにされるその人は、しかし全く意に介する事なくぼんやりと、紅く染まった空を眺めていた。

 「どうしてあんな事を?」
 「……あんな事、とは?」

 思った以上に素直に反応したことに驚きつつも、隣に並び立ち、空を見上げる。

 「あの男を殺した事も、あの子供に冷徹な言葉を掛けた事も」
 「あの男は手遅れでした。あそこから手当したところで、痛みを長引かせるだけ。そんな事、言わなくてもあなたならわかるはず」

 その言葉は事実だった。あの場にいた者なら、誰だってわかっていただろう。手遅れだと。本人も、助けて欲しいという気持ちと同時に、助からないという事を悟っていたのだろう。その死に顏は何処かホッとしていたようにも、見受けられた。それでも、とアジュールは拳を握りしめる。

 「簡単にあきらめる事か……!?」
 「では、私たちに何が出来たと?」

 どこまでも冷静な言葉。冷静な判断と、相反する感情。頭で理解していても、納得できないのだ、と叫ぼうとするも喉に詰まる。すっと俯いた彼女も、自嘲する様な笑みを浮かべた。

 「私たちが出来る事など些細な事。あの場であの男を助ける手段はなかった。そして、あの少年を助ける手段も。だから、私たちはあの場に少年を置いてきた。違いますか?」

 ぐっと言葉に詰まる。そう。アジュールたちは、あの場に少年を置いてきた。誰もが苦い思いをしつつも、手を差し伸べなかった。差し伸べるだけの余力も、責任能力も、なかった。誰もが、自分を守る事だけで手いっぱいだった。無力さに、歯噛みする。ぐっと込み上げる激情を飲み下し、アジュールは強く額に拳を押しあてた。

 「……だったら、一つ聞かせろ。どうして、あの子供に、あんな事を言った。復讐なんて、そんな意味もない事」
 「ええ。復讐に意味などありません。そんな事をしても、死んだ者は生き返らない。それは私もよく知っています」

 凛とした声に、痛みを含ませて、少女は言葉を紡ぐ。

 「ただ、あのままではあの子供は唯々呆然として死を迎えるでしょう。でも、憎悪という目標があれば、必ず生き延びる。――こんなくだらないことで死人が出るなんて、まっぴらですから」

 ぐっと目深にかぶったフードを更に引き下ろし、少女は感情を殺した声で囁く。思いがけない言葉に目を見開き、凝視してくる男の様子には気付かぬ様子で、ポツリポツリと呟き続ける。

 「そして、誰か愛するひと、愛してくれる人が現れて。そうして私の事を忘れてくれたら上出来です。復讐なんて何の価値もない。好きの反対語は無関心、とはよく言ったものですから」

 それでも、と呟いて空を見上げた少女は、顔が見えないにも関わらず、何処か泣いているようにも見えて。

 「あの子供がいつか本当に私を殺しに来たならば。その罪も業すらも受け入れて、刃をこの身に受けましょう。あの子に罪はない。罪があるとすれば、それは彼の父を殺した私であり、その状況を作り出した国に他ならないのですから」

 ――だから、私が全てを背負いましょう。憎しみと悲しみの連鎖を、永久に受け継がないために。

 何処までも傲慢で、自分勝手な言葉。いっそ悲劇の自分に酔っているのでは、と思うその言葉を、彼女は心の底から言っていた。己の意志と、己の責任で、罪と向き合っていた。哀れで愚かしいまでの姿勢。一体何が、彼女をそこまで駆り立てるのか。

 アジュールは唯々、黙り込む事しか出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

処理中です...