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エピローグ
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話はそれで終わりだ。僕と美鳥ちゃんは、また一つ屋根の下で暮らし始めた。もちろん、正太郎じいちゃんも一緒だし、特に僕らの関係に進展があったわけではないけれど。
鬼森虎丸は、再び『協会』で監禁処分及び更生教育を受けることとなった。死罪とならなかったのは、今回は曲がりなりにも直接人を害していないからと──末妹卯月のために、と僕が書いた嘆願書も、少しは功を奏したと思いたい。
「というか、おまえが無茶苦茶やったせいで、同情を買ったのが一番じゃね?」
とは熊澤社長の言だ。今や業界中に悪名を轟かせた僕だが、社長は今も、僕をアルバイトとして雇ってくれている。ありがたい限りだ。
光香ちゃんは、鬼森三兄妹の脅威がなくなった今も、
「せんぱぁい! お迎えに来ましたぁ!」
と我が家にやって来ては、美鳥ちゃんとバチバチ火花を散らしている。
そして、卯月はといえば──。
「ごちそうさま」
今日も綺麗に朝食を食べ、ランドセルを背負って、我が家──『土門』家から小学校に通う。彼女はなんと、我が家の預かりになったのだ。それは、鬼森虎丸のたっての願いだったという。
『幸太郎なら、信用できるから』
あの一件を経て、なぜ、彼が僕を信用してくれたのかは分からない。でも僕は、それにできる限り応えたいと思う。
「行ってらっしゃい、卯月ちゃん」
「行ってきます、美鳥」
卯月は美鳥ちゃんにだけ挨拶をして、僕と正太郎じいちゃんに、憎しみを込めた一瞥を寄越し、そして玄関を出て、小学校へと駆けて行った。
『虎丸がそう言うから、復讐はこれで終わり。でも卯月は絶対、『土門』を許さない』
卯月はそう言った。僕もじいちゃんも、それでいいと思っている。
いつか、彼女の思いが変わることもあるだろうし──変わらなかったとしても、その時はその時だ。彼女には僕らを憎む権利があるし、僕らには、彼女に憎まれる義務がある。
卯月を見送って、じいちゃんは老人会の会合に行ってしまい、僕と美鳥ちゃんは、大学に出発するまでの間、居間でお茶を飲みながら一息つく。
美鳥ちゃんが、ふと、口を開いた。
「ねぇ、幸ちゃん。私、知ってるんだよ」
その言葉に、僕は少し背筋が冷たくなった。美鳥ちゃんは、今回の一件で、いや、それ以前から、僕らの世界のことを、薄々察しているんじゃないだろうか。でも、彼女は今まで何も言わなかった。僕もまだ、話す準備ができていない。
だが、話さなくては。それを彼女が望むなら。
そう思って息を吸い込んだ僕に、美鳥ちゃんは思いがけないことを言った。
「幸ちゃんの夢。どこか遠くの国へ行って、自由に暮らすことなんでしょ?」
僕は、目をパチクリした。美鳥ちゃんが、ニイッ、と悪戯げな笑みを浮かべた。
「私が叶えてあげる。待ってて。大学を卒業したら、バリバリ働くキャリアウーマンになってお金稼いで、幸ちゃんを好きな国に連れてってあげるから」
その笑顔に、僕は胸がいっぱいになって、ほとんど涙が出そうだった。
──ああ、僕の好きな人は、なんて素敵な人なんだろう。
「どんな国にでも?」
「どんな国にでも。そのためには、今から語学の勉強もしとかなきゃね。幸ちゃんも、勉強頑張ってよ?」
腕組みをして首を傾げ、他にどんな準備が必要かを数え上げる美鳥ちゃん。
──ねえ、美鳥ちゃん。僕には、本当は自信がないんだ。
『協会』の手の届かない国なんて、本当にあるのかどうか、分からない。
でも、君がいたら、なんでもできそうな気がするよ。
一羽の烏が、庭の上空を飛び去る。その嘴から放たれた紙片が、開いた窓からひらひらと舞い込んで、僕の手の中に落ちた。
『協会』からの、新たな指令だ。すっかり、僕を新たな『土門』と見なしたらしい。
僕は苦笑する。決意を新たにした途端、これだ。幸いにも今回は殺人の依頼じゃないようだけど、今後は分からない。
──でも、乗り越えていける。君がいれば、絶対に。
僕は窓の外を見上げる。
そこには、青空が広がっていた。
鬼森虎丸は、再び『協会』で監禁処分及び更生教育を受けることとなった。死罪とならなかったのは、今回は曲がりなりにも直接人を害していないからと──末妹卯月のために、と僕が書いた嘆願書も、少しは功を奏したと思いたい。
「というか、おまえが無茶苦茶やったせいで、同情を買ったのが一番じゃね?」
とは熊澤社長の言だ。今や業界中に悪名を轟かせた僕だが、社長は今も、僕をアルバイトとして雇ってくれている。ありがたい限りだ。
光香ちゃんは、鬼森三兄妹の脅威がなくなった今も、
「せんぱぁい! お迎えに来ましたぁ!」
と我が家にやって来ては、美鳥ちゃんとバチバチ火花を散らしている。
そして、卯月はといえば──。
「ごちそうさま」
今日も綺麗に朝食を食べ、ランドセルを背負って、我が家──『土門』家から小学校に通う。彼女はなんと、我が家の預かりになったのだ。それは、鬼森虎丸のたっての願いだったという。
『幸太郎なら、信用できるから』
あの一件を経て、なぜ、彼が僕を信用してくれたのかは分からない。でも僕は、それにできる限り応えたいと思う。
「行ってらっしゃい、卯月ちゃん」
「行ってきます、美鳥」
卯月は美鳥ちゃんにだけ挨拶をして、僕と正太郎じいちゃんに、憎しみを込めた一瞥を寄越し、そして玄関を出て、小学校へと駆けて行った。
『虎丸がそう言うから、復讐はこれで終わり。でも卯月は絶対、『土門』を許さない』
卯月はそう言った。僕もじいちゃんも、それでいいと思っている。
いつか、彼女の思いが変わることもあるだろうし──変わらなかったとしても、その時はその時だ。彼女には僕らを憎む権利があるし、僕らには、彼女に憎まれる義務がある。
卯月を見送って、じいちゃんは老人会の会合に行ってしまい、僕と美鳥ちゃんは、大学に出発するまでの間、居間でお茶を飲みながら一息つく。
美鳥ちゃんが、ふと、口を開いた。
「ねぇ、幸ちゃん。私、知ってるんだよ」
その言葉に、僕は少し背筋が冷たくなった。美鳥ちゃんは、今回の一件で、いや、それ以前から、僕らの世界のことを、薄々察しているんじゃないだろうか。でも、彼女は今まで何も言わなかった。僕もまだ、話す準備ができていない。
だが、話さなくては。それを彼女が望むなら。
そう思って息を吸い込んだ僕に、美鳥ちゃんは思いがけないことを言った。
「幸ちゃんの夢。どこか遠くの国へ行って、自由に暮らすことなんでしょ?」
僕は、目をパチクリした。美鳥ちゃんが、ニイッ、と悪戯げな笑みを浮かべた。
「私が叶えてあげる。待ってて。大学を卒業したら、バリバリ働くキャリアウーマンになってお金稼いで、幸ちゃんを好きな国に連れてってあげるから」
その笑顔に、僕は胸がいっぱいになって、ほとんど涙が出そうだった。
──ああ、僕の好きな人は、なんて素敵な人なんだろう。
「どんな国にでも?」
「どんな国にでも。そのためには、今から語学の勉強もしとかなきゃね。幸ちゃんも、勉強頑張ってよ?」
腕組みをして首を傾げ、他にどんな準備が必要かを数え上げる美鳥ちゃん。
──ねえ、美鳥ちゃん。僕には、本当は自信がないんだ。
『協会』の手の届かない国なんて、本当にあるのかどうか、分からない。
でも、君がいたら、なんでもできそうな気がするよ。
一羽の烏が、庭の上空を飛び去る。その嘴から放たれた紙片が、開いた窓からひらひらと舞い込んで、僕の手の中に落ちた。
『協会』からの、新たな指令だ。すっかり、僕を新たな『土門』と見なしたらしい。
僕は苦笑する。決意を新たにした途端、これだ。幸いにも今回は殺人の依頼じゃないようだけど、今後は分からない。
──でも、乗り越えていける。君がいれば、絶対に。
僕は窓の外を見上げる。
そこには、青空が広がっていた。
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