1 / 8
プロローグ
しおりを挟む
その洋館は見るからにいかめしいふんいきをまとっていた。レンガの外壁に、黒い窓枠がならぶ、三階建ての建物。緑色の三角屋根は、庭木の枝葉で半分かくれている。洋館をかこむ石塀はツタにおおわれている。その石塀の外、黒くぬられた鉄の門の前に、マリカはいた。
空はドンヨリとくもっていて、遠くからカミナリの音が聞こえる。雨の匂いがした。
──急がなきゃ、雨が降り出しちゃう。
そうマリカは思うけれど、インターフォンに触れた指は、なかなかそれを押すことができなかった。さっきから、どれだけこうしているのだろう。
でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。マリカには、他にどうしようもないのだ。覚悟を決めなければ。
インターフォンを押す。しばらくして、
『はい、黒澤です』
と落ちついた男性の声で応答があった。それにあわてて、
「あのっ、私、加藤《かとう》マリカです!」
と大きな声で答える。そして、そのいきおいのまま、言葉を続けた。
「孫娘のマリカです! 突然でたいへんもうしわけないのですが、しばらく置いてもらいたくて、ここに来ました!」
長い沈黙がかえってきた。
しばらくして、玄関から出てきた男の人を見て、マリカはびっくりした。きっちりととのえられた白髪交じりの七三頭。パリッとした黒いスーツ姿に、胸ポケットには白いハンカチーフを差している。とうてい、ふつうの民家からあらわれる格好とは思えない。この人がおじいちゃんだろうか、と思ったけれど、男の人は優雅に腰をかがめて胸に手を当て、一礼した。
「はじめまして。私、当家の執事で田中と申します」
「へ? し、執事⁉」
そんな人、マンガの中でしか見たことがなかった。
田中さんは眉間にシワをよせ、たいへん気まずそうな顔をした。
「たいへん、もうしあげにくいのですが──当家には先日から、マリカさまと名のる方が、すでにもうお一人いらっしゃっております。つまり、どちらかがニセモノ、ということになるのですが」
マリカは目を丸くして、ぽかんと口を開けた。
「え……」
言われた言葉の意味が、しばらく分からなかった。そうしてようやく、その意味を理解したとき、マリカは今度こそさけんだ。
「えええええええっ⁉」
空はドンヨリとくもっていて、遠くからカミナリの音が聞こえる。雨の匂いがした。
──急がなきゃ、雨が降り出しちゃう。
そうマリカは思うけれど、インターフォンに触れた指は、なかなかそれを押すことができなかった。さっきから、どれだけこうしているのだろう。
でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。マリカには、他にどうしようもないのだ。覚悟を決めなければ。
インターフォンを押す。しばらくして、
『はい、黒澤です』
と落ちついた男性の声で応答があった。それにあわてて、
「あのっ、私、加藤《かとう》マリカです!」
と大きな声で答える。そして、そのいきおいのまま、言葉を続けた。
「孫娘のマリカです! 突然でたいへんもうしわけないのですが、しばらく置いてもらいたくて、ここに来ました!」
長い沈黙がかえってきた。
しばらくして、玄関から出てきた男の人を見て、マリカはびっくりした。きっちりととのえられた白髪交じりの七三頭。パリッとした黒いスーツ姿に、胸ポケットには白いハンカチーフを差している。とうてい、ふつうの民家からあらわれる格好とは思えない。この人がおじいちゃんだろうか、と思ったけれど、男の人は優雅に腰をかがめて胸に手を当て、一礼した。
「はじめまして。私、当家の執事で田中と申します」
「へ? し、執事⁉」
そんな人、マンガの中でしか見たことがなかった。
田中さんは眉間にシワをよせ、たいへん気まずそうな顔をした。
「たいへん、もうしあげにくいのですが──当家には先日から、マリカさまと名のる方が、すでにもうお一人いらっしゃっております。つまり、どちらかがニセモノ、ということになるのですが」
マリカは目を丸くして、ぽかんと口を開けた。
「え……」
言われた言葉の意味が、しばらく分からなかった。そうしてようやく、その意味を理解したとき、マリカは今度こそさけんだ。
「えええええええっ⁉」
0
あなたにおすすめの小説
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance!
(also @ なろう)
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
カリンカの子メルヴェ
田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。
かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。
彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」
十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。
幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。
年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。
そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。
※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる