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木の上の宝物
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その日の晩、マリカは寝つけなかった。おなかがへったのだ。晩ごはんは、田中さん特製のローストビーフや温野菜のサラダ。ドレッシングも自家製で、田中さんの料理にかける情熱のこもった品々だった。それらを皿に山盛りにしてもらい、ご飯も三回おかわりしたが、それでも足りなかった。
田中さんはもうしわけなさそうに、
「明日からは、マリお嬢さまの分のごはんは三合炊いておきますね」
と言ってくれたが、それは今日のひもじさをいやしてはくれない。
天井を見つめる。この部屋の壁紙は、薄桃色の地に黄色い小花柄という、かわいらしいものだ。猫脚のアイアンベッドや、やはりアンティーク調の机やクローゼットもすてきだった。
こんなにお腹がへっていなければ、このかわいい部屋をもっと楽しめたのに、とマリカは思う。
今日はいろんなことがあって疲れてしまった。
目を閉じれば、あのリカの顔がまぶたの裏に浮かぶ。ものすごい美少女、時代がかった口調。今まで、マリカのまわりにはいなかったタイプの女の子。
あの子はどういうわけで、マリカの名前を名乗っているんだろう? マリカをおとしいれようとしているわけじゃない──と思う。マリカより先にここにいたわけだし、マリカがここに来るなんて知らなかったはずだ。なにせマリカ自身、今朝までは、自分がここに来るなんて思ってもみなかったわけだし。
じゃあ、なんの目的が──?
「にゃー」
ぐるぐると回っていた思考を、まのぬけた鳴き声がさえぎった。ふりかえれば、あのデブ猫がいた。
今まで気づかなかったけれど、よく見れば扉に猫ドアがついていた。デブ猫はどうやら、ここを今日の寝床と決めたようだ。マリカのベッドに飛びあがり、横で身体をのばして目を細める。
近くで見ると、本当にデブだ。まるで、ボールに手足と顔をつけたような体型で、花はぺちゃっと潰れ、目は糸のように細い。
なんとなく、その身体をなでた。柔らかくって、温かい。その温もりはふしぎと、死んだパパが幼いマリカをだっこしてくれた日のことをマリカに思い出させた。
パパは言っていた。
『自分には理解できない行動をとる人でも、よく話しあってみれば、その人なりに理由があると、わかることもあるんだよ』
──リカとも、話してみたら、なにかわかるかな。
明日、リカに話しかけてみよう。そう決意すると、フッと眠気がおそってきて、マリカは猫の温もりとともに眠りについた。
翌朝は、昨夜の天気がウソのように、カラッと晴れた一日だった。焼き魚とみそ汁、のりの佃煮《つくだに》をおともに、ご飯三合をしっかりたいらげたマリカは、元気いっぱいだった。おじいちゃんやリカ、田中さんにいたるまで、なぜかみんな、ぼうぜんとマリカの食事すがたを見つめていたような気がするが、きっと気のせいだろう。
朝食の間、マリカはリカに何度も話しかけてみた。
「今日はいい天気だねぇ」
「ええ、ニセモノさんがいなければ、もっと気分がいいんですが」
「リカはごはん、おかわりしないの?」
「あいにくと、私はだれかさんとちがってレディなもので、そんなはしたないことはできかねますわ」
……まぁ、はじめはこんなものだろう。何度も話しかけていれば、きっとリカがあきらめて話をしてくれる日もあるはずだ。
さあ、ご飯も食べたし、気分を切りかえよう。
こんな日は、外に出て駆けまわり、サッカーでもしたい気分だが、あいにく、ここ夏野市にはマリカのサッカー仲間はいないし、そもそもサッカーボールもない。
それに、隠された宝を探さなければいけないのだ。
さて、とマリカは頭をひねる。もし、マリカがこの屋敷のどこかに宝を隠すとしたら、どこに隠すだろう。きっと、おいそれと人の手がとどかない場所にちがいない。そうなれば──
「木の上だ!」
そうひらめきを受けたマリカは、さっそく庭に出る。さんさんと降りそそぐ太陽の熱を、まだ涼しい朝の風がやわらげてくれていて、気持ちがいい。庭はちょっとした公園くらいに広く、さんぽするのにちょうどよかった。定期的に手入れはされているのだろうが、雑草もまばらに生えている。田中さんは、料理ほどには庭仕事に情熱を燃やしていないらしかった。植わっている木のほとんどは低木だが、中には背の高い木もあった。マリカはその中から、登りやすそうな木を探した。
宝を隠した人だって、自分が登れない木じゃ、こまるはずだもの。
はしごを使ったという可能性については、マリカの頭に浮かばなかった。
しばらく歩いて、ちょうど登りやすそうな枝ぶりの大木を見つけた。低い位置に枝があり、あちこちに足場となりそうな節《ふし》がある。
よっしゃ、と腕まくりして、マリカはその大木に挑んだ。まずは低い位置の枝を両手でつかみ、節を足場にして最初の枝に上がる。その枝を足場に、次の枝へ。くりかえすうちに、どんどん高い場所に上がっていくが、まだ頂上につかない。これは、思ったより高い木にいどんでしまったかもしれない。
やがて、一番高い枝に手が届く。が、そこが一番の難所だった。足場になりそうな節はあるが、足を思い切り上げても、届くか届かないかの高さにある。けんすいの要領で枝をつかんで体を引き上げ、同時に足をふり上げて節を踏むしか方法はなさそうだった。
下を見れば、地面が遠い。いつのまにか、ずいぶんな高さにまで登ってきたらしい。落ちたら一巻の終わりだろう。
強くなってきた日差しもあいまって、マリカのひたいには汗が浮かんだ。が、いまさらやめるわけにはいかない。もはや宝のことは忘れかけていた。これはマリカと木の一対一の戦い、幼いころから木登りの達人と呼ばれてきたプライドをかけての勝負だった。
腕に力をこめ、思い切り体を引きあげて──足を、ふり上げる!
──成功した!
足の先が節に触れ、それをしっかりと踏みしめて、腕の力といっしょに体を引き上げる。
そうしてマリカは、その木の頂上にたどり着いたのだった。
そうして周囲を見わたせば、この木が庭で一番背が高いということに気づく。やりとげたのだ、という満足感が胸を満たした。
もはや当初の目的は忘れられかけていたが──マリカの手の先に、何かが触れた。木の幹に、何かが彫られている。顔を近づけて見ると、彫刻刀か何かで彫ったのだろう。『彰一郎《しょういちろう》 参上』と書いてある。そして、その文字の近くに、小さなウロがあり、その中に何か小さな、古ぼけた紙の箱が置いてあるのが見えた。
マリカの胸が、興奮でドキドキした。
──まさか、まさか、本当に、これが宝──⁉
その日の昼食時。田中さんはマリカの茶碗に山盛りご飯を盛りつけながら、マリカとリカに聞いた。
「お嬢さまがた。宝探しのようすはいかがですかな?」
リカはツンとすました顔で、
「私は今日は、書庫を探索させていただきました。宝は見つかりませんでしたが、たいへん興味深い本ばかりで楽しかったですわ。その中でもやはり、おじいさまの著作《ちょさく》がいちばんすばらしく感じました」
と言った。リカのひざの上では、デブ猫がまどろんでいる。リカは意外にも嫌がらず、デブ猫をなでていた。
マリカは首をかしげる。
──『おじいさまの著作』? チョサクって、書いた本って意味だよね。じゃあ、おじいちゃんは、本を書く人なのか。
そう思うと、着物すがたで日中から家にいるこの浮世離れしたふんいきも納得できた。
田中とリカがマリカを見つめているのに気づいて、マリカはあわてて口を開いた。
「私は──宝、見つけちゃったかも」
「なんですって」
リカが目をつり上げる。田中はおもしろそうに、ほう、と声をあげた。
マリカはズボンのポケットに入れていた小さな紙の箱を取り出した。箱のフタを開けると、中からぶあつい紙の束を取り出した。それは、色とりどりの絵が書いてある札──メンコだ。
「とっても古そうだし、きっと、このメンコが値打ちものだったりするんじゃ……ないかと……」
リカの冷たい視線と、田中の生温かい笑顔を浴びて、マリカの言葉は尻すぼみになる。
田中がいやいや、と首をふった。
「なつかしいですな。私やだんなさまが子どもの頃は、よくメンコ遊びもしていたものです。よく、こんなに古いものを見つけられましたな──マリお嬢さまは、これをどこで?」
「庭で一番おっきい木の上です。木のウロの中に入っていたの。あ、近くに文字も彫ってあった。『彰一郎 参上』って書いてあって」
ブッ、となにかを吹きだす音がして、ふり返れば、そこにはおじいちゃんが、口を押さえてうなだれていた。どうやら、お茶を吹きだしたらしい。田中さんが優雅なしぐさで、飛びちったお茶をフキンでふいていく。
おじいちゃんは着物のたもとからハンカチを取り出して口元をぬぐい、ゴホンと咳ばらいをした。
「──私とて、子どもの頃には木登りとてしたさ」
怒ったようにそう言って、さっさと食事を終え、食堂を立ち去ってしまう。
怒らせたのかな、と不安になったマリカに、田中が笑いかける。
「照れているだけですから、気にすることはありませんよ。──いやぁ、しかしさっきのは傑作《けっさく》でした。私、笑いをこらえるのに必死で。思い出しましたよ、彰一郎様は、子どもの頃はそりゃあヤンチャなガキ大将でしてね」
……ということは、『彰一郎』というのはおじいちゃんのことなのか。あのいかめしいおじいちゃんが、かつては木登りに挑み、その戦果を意気揚々と木の幹に刻みこむような子どもだったとは。
「すごく意外。──田中さんは、そんなに昔からおじいちゃんと知り合いだったの?」
「いわゆる、おさななじみです。私の父が、彰一郎様のお父さまに仕えておりました」
「へぇぇ」
マリカと田中がそんなやり取りをしている間、リカはむずかしい顔をしていた。やがて、リカはマリカに向けて、びしっと指をつきつける。
「今ので、おじいさまの点数をかせいだとは思わないことね!」
「へ? いや、別に思ってないけど」
「木登りくらい、私だってできます。今から──」
「それはだめです」
止めたのは田中だった。
「あの木は高すぎて危険ですから。だいたいあの木は、彰一郎さまがメンコを隠したときより、ずっと背が伸びているはずですよ。マリお嬢さまも、今後は木登り禁止ですから、覚えておいてください」
優しいが有無を言わせぬ声に、マリカもリカもシュンとして、はい、と声をそろえるしかなかった。
だが、リカはすぐ立ち直り、マリカに向き直る。
「午後からです。午後から追いついてみせますわ。勝負はまだまだこれからですからね!」
「あ、そうだ。勝負といえばさ」
マリカはテーブルの上に並べたメンコを指さす。
「これ、せっかくだし遊んでみない? いっぺんやってみたかったんだよね」
それに、リカと話すきっかけになるかもしれないし。
「どうして私が、あなたと遊ばなきゃいけませんの? 私とあなたは、敵対する身だというのに」
リカはそう言って、鼻を鳴らした。マリカはがっかりして肩を落としてしまう。そんなマリカを見て、リカは少し眉を下げ、コホンと咳払いをした。
「……でも、そうですわね。これも勝負の一環ということでしたら。勝負を挑まれて逃げるのはレディのすることではないと、本にも書いてありましたし。……しかし、どうやって使うんですの? これ」
いぶかしげにメンコを取りあげたリカに、マリカはパッと顔を明るくする。だが、メンコの使い方は、マリカも知らなかった。
「なんか、とにかく床に叩きつけるらしいんだけど」
よかったら私が教えましょう、と田中が言ってくれ、田中のレクチャーのもと、午後は白熱したメンコ対決がくり広げられたのだった。
「そりゃあ!」
「負けませんわ!」
二人の少女は、全身全霊をかけて勝負に挑んだ。とにかく力技でメンコをたたきつけるマリカ。そして、手首のスナップを駆使する技巧派のリカ。田中の審判により勝負が引き分けに終わった時には、二人ともすっかり疲れきっていた。マリカはぐったりとイスにもたれかかり、大きく息をついた。
「ああ、疲れた……でも、楽しかったね」
「そうですわね……って、何を言いますの! 今のは勝負、あくまでも、私とあなたの立場をかけた勝負だったんですからね!」
リカはぷいと顔をそむけて、自分の部屋に戻ってしまった。
あ、そういえば、勝負に夢中で、全然話ができなかったな。
マリカはそう思い当たった。勝負を見守っていたデブ猫は、呆れたように
「にゃー」
と鳴いた。
田中さんはもうしわけなさそうに、
「明日からは、マリお嬢さまの分のごはんは三合炊いておきますね」
と言ってくれたが、それは今日のひもじさをいやしてはくれない。
天井を見つめる。この部屋の壁紙は、薄桃色の地に黄色い小花柄という、かわいらしいものだ。猫脚のアイアンベッドや、やはりアンティーク調の机やクローゼットもすてきだった。
こんなにお腹がへっていなければ、このかわいい部屋をもっと楽しめたのに、とマリカは思う。
今日はいろんなことがあって疲れてしまった。
目を閉じれば、あのリカの顔がまぶたの裏に浮かぶ。ものすごい美少女、時代がかった口調。今まで、マリカのまわりにはいなかったタイプの女の子。
あの子はどういうわけで、マリカの名前を名乗っているんだろう? マリカをおとしいれようとしているわけじゃない──と思う。マリカより先にここにいたわけだし、マリカがここに来るなんて知らなかったはずだ。なにせマリカ自身、今朝までは、自分がここに来るなんて思ってもみなかったわけだし。
じゃあ、なんの目的が──?
「にゃー」
ぐるぐると回っていた思考を、まのぬけた鳴き声がさえぎった。ふりかえれば、あのデブ猫がいた。
今まで気づかなかったけれど、よく見れば扉に猫ドアがついていた。デブ猫はどうやら、ここを今日の寝床と決めたようだ。マリカのベッドに飛びあがり、横で身体をのばして目を細める。
近くで見ると、本当にデブだ。まるで、ボールに手足と顔をつけたような体型で、花はぺちゃっと潰れ、目は糸のように細い。
なんとなく、その身体をなでた。柔らかくって、温かい。その温もりはふしぎと、死んだパパが幼いマリカをだっこしてくれた日のことをマリカに思い出させた。
パパは言っていた。
『自分には理解できない行動をとる人でも、よく話しあってみれば、その人なりに理由があると、わかることもあるんだよ』
──リカとも、話してみたら、なにかわかるかな。
明日、リカに話しかけてみよう。そう決意すると、フッと眠気がおそってきて、マリカは猫の温もりとともに眠りについた。
翌朝は、昨夜の天気がウソのように、カラッと晴れた一日だった。焼き魚とみそ汁、のりの佃煮《つくだに》をおともに、ご飯三合をしっかりたいらげたマリカは、元気いっぱいだった。おじいちゃんやリカ、田中さんにいたるまで、なぜかみんな、ぼうぜんとマリカの食事すがたを見つめていたような気がするが、きっと気のせいだろう。
朝食の間、マリカはリカに何度も話しかけてみた。
「今日はいい天気だねぇ」
「ええ、ニセモノさんがいなければ、もっと気分がいいんですが」
「リカはごはん、おかわりしないの?」
「あいにくと、私はだれかさんとちがってレディなもので、そんなはしたないことはできかねますわ」
……まぁ、はじめはこんなものだろう。何度も話しかけていれば、きっとリカがあきらめて話をしてくれる日もあるはずだ。
さあ、ご飯も食べたし、気分を切りかえよう。
こんな日は、外に出て駆けまわり、サッカーでもしたい気分だが、あいにく、ここ夏野市にはマリカのサッカー仲間はいないし、そもそもサッカーボールもない。
それに、隠された宝を探さなければいけないのだ。
さて、とマリカは頭をひねる。もし、マリカがこの屋敷のどこかに宝を隠すとしたら、どこに隠すだろう。きっと、おいそれと人の手がとどかない場所にちがいない。そうなれば──
「木の上だ!」
そうひらめきを受けたマリカは、さっそく庭に出る。さんさんと降りそそぐ太陽の熱を、まだ涼しい朝の風がやわらげてくれていて、気持ちがいい。庭はちょっとした公園くらいに広く、さんぽするのにちょうどよかった。定期的に手入れはされているのだろうが、雑草もまばらに生えている。田中さんは、料理ほどには庭仕事に情熱を燃やしていないらしかった。植わっている木のほとんどは低木だが、中には背の高い木もあった。マリカはその中から、登りやすそうな木を探した。
宝を隠した人だって、自分が登れない木じゃ、こまるはずだもの。
はしごを使ったという可能性については、マリカの頭に浮かばなかった。
しばらく歩いて、ちょうど登りやすそうな枝ぶりの大木を見つけた。低い位置に枝があり、あちこちに足場となりそうな節《ふし》がある。
よっしゃ、と腕まくりして、マリカはその大木に挑んだ。まずは低い位置の枝を両手でつかみ、節を足場にして最初の枝に上がる。その枝を足場に、次の枝へ。くりかえすうちに、どんどん高い場所に上がっていくが、まだ頂上につかない。これは、思ったより高い木にいどんでしまったかもしれない。
やがて、一番高い枝に手が届く。が、そこが一番の難所だった。足場になりそうな節はあるが、足を思い切り上げても、届くか届かないかの高さにある。けんすいの要領で枝をつかんで体を引き上げ、同時に足をふり上げて節を踏むしか方法はなさそうだった。
下を見れば、地面が遠い。いつのまにか、ずいぶんな高さにまで登ってきたらしい。落ちたら一巻の終わりだろう。
強くなってきた日差しもあいまって、マリカのひたいには汗が浮かんだ。が、いまさらやめるわけにはいかない。もはや宝のことは忘れかけていた。これはマリカと木の一対一の戦い、幼いころから木登りの達人と呼ばれてきたプライドをかけての勝負だった。
腕に力をこめ、思い切り体を引きあげて──足を、ふり上げる!
──成功した!
足の先が節に触れ、それをしっかりと踏みしめて、腕の力といっしょに体を引き上げる。
そうしてマリカは、その木の頂上にたどり着いたのだった。
そうして周囲を見わたせば、この木が庭で一番背が高いということに気づく。やりとげたのだ、という満足感が胸を満たした。
もはや当初の目的は忘れられかけていたが──マリカの手の先に、何かが触れた。木の幹に、何かが彫られている。顔を近づけて見ると、彫刻刀か何かで彫ったのだろう。『彰一郎《しょういちろう》 参上』と書いてある。そして、その文字の近くに、小さなウロがあり、その中に何か小さな、古ぼけた紙の箱が置いてあるのが見えた。
マリカの胸が、興奮でドキドキした。
──まさか、まさか、本当に、これが宝──⁉
その日の昼食時。田中さんはマリカの茶碗に山盛りご飯を盛りつけながら、マリカとリカに聞いた。
「お嬢さまがた。宝探しのようすはいかがですかな?」
リカはツンとすました顔で、
「私は今日は、書庫を探索させていただきました。宝は見つかりませんでしたが、たいへん興味深い本ばかりで楽しかったですわ。その中でもやはり、おじいさまの著作《ちょさく》がいちばんすばらしく感じました」
と言った。リカのひざの上では、デブ猫がまどろんでいる。リカは意外にも嫌がらず、デブ猫をなでていた。
マリカは首をかしげる。
──『おじいさまの著作』? チョサクって、書いた本って意味だよね。じゃあ、おじいちゃんは、本を書く人なのか。
そう思うと、着物すがたで日中から家にいるこの浮世離れしたふんいきも納得できた。
田中とリカがマリカを見つめているのに気づいて、マリカはあわてて口を開いた。
「私は──宝、見つけちゃったかも」
「なんですって」
リカが目をつり上げる。田中はおもしろそうに、ほう、と声をあげた。
マリカはズボンのポケットに入れていた小さな紙の箱を取り出した。箱のフタを開けると、中からぶあつい紙の束を取り出した。それは、色とりどりの絵が書いてある札──メンコだ。
「とっても古そうだし、きっと、このメンコが値打ちものだったりするんじゃ……ないかと……」
リカの冷たい視線と、田中の生温かい笑顔を浴びて、マリカの言葉は尻すぼみになる。
田中がいやいや、と首をふった。
「なつかしいですな。私やだんなさまが子どもの頃は、よくメンコ遊びもしていたものです。よく、こんなに古いものを見つけられましたな──マリお嬢さまは、これをどこで?」
「庭で一番おっきい木の上です。木のウロの中に入っていたの。あ、近くに文字も彫ってあった。『彰一郎 参上』って書いてあって」
ブッ、となにかを吹きだす音がして、ふり返れば、そこにはおじいちゃんが、口を押さえてうなだれていた。どうやら、お茶を吹きだしたらしい。田中さんが優雅なしぐさで、飛びちったお茶をフキンでふいていく。
おじいちゃんは着物のたもとからハンカチを取り出して口元をぬぐい、ゴホンと咳ばらいをした。
「──私とて、子どもの頃には木登りとてしたさ」
怒ったようにそう言って、さっさと食事を終え、食堂を立ち去ってしまう。
怒らせたのかな、と不安になったマリカに、田中が笑いかける。
「照れているだけですから、気にすることはありませんよ。──いやぁ、しかしさっきのは傑作《けっさく》でした。私、笑いをこらえるのに必死で。思い出しましたよ、彰一郎様は、子どもの頃はそりゃあヤンチャなガキ大将でしてね」
……ということは、『彰一郎』というのはおじいちゃんのことなのか。あのいかめしいおじいちゃんが、かつては木登りに挑み、その戦果を意気揚々と木の幹に刻みこむような子どもだったとは。
「すごく意外。──田中さんは、そんなに昔からおじいちゃんと知り合いだったの?」
「いわゆる、おさななじみです。私の父が、彰一郎様のお父さまに仕えておりました」
「へぇぇ」
マリカと田中がそんなやり取りをしている間、リカはむずかしい顔をしていた。やがて、リカはマリカに向けて、びしっと指をつきつける。
「今ので、おじいさまの点数をかせいだとは思わないことね!」
「へ? いや、別に思ってないけど」
「木登りくらい、私だってできます。今から──」
「それはだめです」
止めたのは田中だった。
「あの木は高すぎて危険ですから。だいたいあの木は、彰一郎さまがメンコを隠したときより、ずっと背が伸びているはずですよ。マリお嬢さまも、今後は木登り禁止ですから、覚えておいてください」
優しいが有無を言わせぬ声に、マリカもリカもシュンとして、はい、と声をそろえるしかなかった。
だが、リカはすぐ立ち直り、マリカに向き直る。
「午後からです。午後から追いついてみせますわ。勝負はまだまだこれからですからね!」
「あ、そうだ。勝負といえばさ」
マリカはテーブルの上に並べたメンコを指さす。
「これ、せっかくだし遊んでみない? いっぺんやってみたかったんだよね」
それに、リカと話すきっかけになるかもしれないし。
「どうして私が、あなたと遊ばなきゃいけませんの? 私とあなたは、敵対する身だというのに」
リカはそう言って、鼻を鳴らした。マリカはがっかりして肩を落としてしまう。そんなマリカを見て、リカは少し眉を下げ、コホンと咳払いをした。
「……でも、そうですわね。これも勝負の一環ということでしたら。勝負を挑まれて逃げるのはレディのすることではないと、本にも書いてありましたし。……しかし、どうやって使うんですの? これ」
いぶかしげにメンコを取りあげたリカに、マリカはパッと顔を明るくする。だが、メンコの使い方は、マリカも知らなかった。
「なんか、とにかく床に叩きつけるらしいんだけど」
よかったら私が教えましょう、と田中が言ってくれ、田中のレクチャーのもと、午後は白熱したメンコ対決がくり広げられたのだった。
「そりゃあ!」
「負けませんわ!」
二人の少女は、全身全霊をかけて勝負に挑んだ。とにかく力技でメンコをたたきつけるマリカ。そして、手首のスナップを駆使する技巧派のリカ。田中の審判により勝負が引き分けに終わった時には、二人ともすっかり疲れきっていた。マリカはぐったりとイスにもたれかかり、大きく息をついた。
「ああ、疲れた……でも、楽しかったね」
「そうですわね……って、何を言いますの! 今のは勝負、あくまでも、私とあなたの立場をかけた勝負だったんですからね!」
リカはぷいと顔をそむけて、自分の部屋に戻ってしまった。
あ、そういえば、勝負に夢中で、全然話ができなかったな。
マリカはそう思い当たった。勝負を見守っていたデブ猫は、呆れたように
「にゃー」
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