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結局、マリカと里香は、まだいっしょに彰明館に残っている。
マリカの母からは、いまだにLINEの既読がつかない。相当浮かれているのか、電波も届かないほどへんぴな島に行っているのか、どっちかだろう。おじいちゃんはひどく怒って、
「あのバカ娘、戻ってきたら、十五年分の説教をかましてやる」
と言っている。でも、本当の本当は、ただ心配なのだろうとマリカは思う。
里香は、電話で両親と大げんかしていた。里香は母方のおばあちゃんの家に行くとウソをついて彰明館に来たのだが、里香の両親はおばあちゃんに一回も連絡せず、いままでウソがバレていなかったらしい。今やすべてを知った里香が、
「おじいさまの遺作の印税は、絶対、おとうさまとおかあさまの好きにはさせませんから!」
とどなれば、怒った父親から
「頭が冷えるまで帰ってくるな!」
とどなり返され、言質《げんち》は取ったとばかりに、堂々と彰明館に滞在している。
ちなみに、里香のレディへのこだわりは、死洞霊夜の代表作『鮮血令嬢』シリーズの主人公のマネらしく、マリカにも読むようしつこく勧めてくるのだが、怖いのが苦手なマリカはまだ読めていない。
おじいちゃんと田中さんは、実のところ、最初から二人の正体が分かっていたという。
「紫藤は酔うといつも、孫娘の写真を見せては自慢してきたからな」
「マリカお嬢さまは、亡くなった奥さまにうりふたつでいらっしゃいますしねぇ。疑いようもありませんでした」
しかし、里香については何か深い事情があるのだろうと見守ることとし、そんな里香のために、後から来たマリカと、二人ともを孫として扱うこととしたのだという。
そんなおじいちゃんと田中さんは、結局のところ、似た者同士の変人だと、マリカは思う。
田中さんは書庫へ行って、おじいちゃんの分厚い著書の奥に隠された一冊の本を取り出した。
それは、アルバムだった。嘘がバレていることが里香にバレてはいけないから(ややこしい)、隠しておいたそうだ。
アルバムを開けば、まだ若いおじいちゃんと、まだ若いおばあちゃんが仲良く寄り添っている写真が、いくつも並んでいた。やがて赤ん坊が生まれ、それはママ──美しいが、里香にはちっとも似てない──の顔になっていく。
「おばあちゃん、本当に、私そっくり……!」
「そうでしょう、そうでしょう。そしてね、『藤の花』を読まれたならご存知でしょうが、だんなさまは、奥さまを本当に愛しておられました。奥さまにそっくりなマリカお嬢さまのことも、最初に見た時から、そりゃあもう可愛く思われているんですよ」
マリカはそれを聞いて、照れて真っ赤になってしまった。
田中さんは『彰明館』の名前の由来も教えてくれた。おじいちゃんの名前、『彰一郎』と、おばあちゃんの名前、『明子』の名前から一文字ずつ取ったそうで、洋館にあこがれていたおばあちゃんの趣味で建てられたそうだ。どおりで、あちこちインテリアが女性好みだと思った。
そう、まるで、あのドールハウスを本物にしたみたいに──。
そう思ったとき、マリカは、もうこれ以上、宝を見つけたことを隠す必要がないことに気づいた。
田中さんに向かって、大いばりで胸を張る。
「田中さん。私、宝物を見つけたんだよ!」
「ほう、今度はなんですかな? けん玉ですか?」
田中さんは、まったく期待していない口ぶりで言った。マリカは腹を立てて、腰に手を当ててどなった。
「ドールハウスだよ! 屋根裏部屋の!」
田中さんはしばし目をパチパチしていたが、やがて、思い出したようにうないた。
「ああ、そんなものもありましたねぇ。あれは、奥さまが英国から輸入されて、大事にされていたものでしたなぁ。奥さまが亡くなって以来、屋根裏部屋に入ることもありませんでしたので、忘れておりました」
ガーン、と頭をぶったたかれたような気分になった。
それじゃあ、あのドールハウスは田中さんの言う『宝物』ではなかったのだ。
「じゃあ、本物の宝物って……?」
「それは、これから探せばよろしいのではないでしょうか? ねぇ? 里香お嬢さま」
振り向けば、そこには里香が立っていた。腕組みをして、挑発するような笑みをマリカに向けている。そして里香は、マリカに向けて、びしっと指を突きつける。
「むろんですわ、田中さん。宝を先に見つけるのは、この私です。勝負ですよ、マリカ!」
「えっ⁉ まだ勝負するの⁉ もう目的ははたしたんでしょ⁉」
「あたりまえです。勝負は勝負。決着がつくまで終わりはしません!」
里香は胸を張ってそう言う。マリカは思わず笑ってしまった。
「──うん、そうだね、たくさん遊ぼう!」
今の里香にとって、勝負とはきっと、そういう意味なのだから。
さて、宝物とはなんだったのか?
マリカと里香は、まだ知らない。
里香が幼いころ、里香のパパは里香の猫、ミケを保健所に連れて行こうとしたが、ミケは逃げ出した。ミケはしばらくみじめな野良生活をし、ガリガリにやせてしまった。だがやがて、里香のおじいちゃんが、ミケを見つけてくれた。里香のおじいちゃんは、孫娘のためにミケを探しまわっていたのだった。
だが、里香のおじいちゃんは、ひと目見て、ミケの価値に気づいた。三毛猫のオスは非常にめずらしく、二千万円の値がついた例もある。家に連れて帰れば、里香のパパがそれに気づいて、ミケを売りはらってしまうだろう。だから、信頼する友人のもとにミケをあずけた。
そうしてミケは、この彰明館にやってきて、毎日田中さんの手料理を腹いっぱい食べ、りっぱなデブ猫になったのだ。
だがきっと、その全部を知ったところで、マリカと里香が、ミケをどこかに売ろうなんて気を起こすはずがなかった。
だって、愛情より価値のある宝物があるはずがないのだから。
デブ猫のミケは、それを知っている。そして、今日も木の上であくびをするのであった。
マリカと里香の夏休みは、まだまだ続いている。
マリカの母からは、いまだにLINEの既読がつかない。相当浮かれているのか、電波も届かないほどへんぴな島に行っているのか、どっちかだろう。おじいちゃんはひどく怒って、
「あのバカ娘、戻ってきたら、十五年分の説教をかましてやる」
と言っている。でも、本当の本当は、ただ心配なのだろうとマリカは思う。
里香は、電話で両親と大げんかしていた。里香は母方のおばあちゃんの家に行くとウソをついて彰明館に来たのだが、里香の両親はおばあちゃんに一回も連絡せず、いままでウソがバレていなかったらしい。今やすべてを知った里香が、
「おじいさまの遺作の印税は、絶対、おとうさまとおかあさまの好きにはさせませんから!」
とどなれば、怒った父親から
「頭が冷えるまで帰ってくるな!」
とどなり返され、言質《げんち》は取ったとばかりに、堂々と彰明館に滞在している。
ちなみに、里香のレディへのこだわりは、死洞霊夜の代表作『鮮血令嬢』シリーズの主人公のマネらしく、マリカにも読むようしつこく勧めてくるのだが、怖いのが苦手なマリカはまだ読めていない。
おじいちゃんと田中さんは、実のところ、最初から二人の正体が分かっていたという。
「紫藤は酔うといつも、孫娘の写真を見せては自慢してきたからな」
「マリカお嬢さまは、亡くなった奥さまにうりふたつでいらっしゃいますしねぇ。疑いようもありませんでした」
しかし、里香については何か深い事情があるのだろうと見守ることとし、そんな里香のために、後から来たマリカと、二人ともを孫として扱うこととしたのだという。
そんなおじいちゃんと田中さんは、結局のところ、似た者同士の変人だと、マリカは思う。
田中さんは書庫へ行って、おじいちゃんの分厚い著書の奥に隠された一冊の本を取り出した。
それは、アルバムだった。嘘がバレていることが里香にバレてはいけないから(ややこしい)、隠しておいたそうだ。
アルバムを開けば、まだ若いおじいちゃんと、まだ若いおばあちゃんが仲良く寄り添っている写真が、いくつも並んでいた。やがて赤ん坊が生まれ、それはママ──美しいが、里香にはちっとも似てない──の顔になっていく。
「おばあちゃん、本当に、私そっくり……!」
「そうでしょう、そうでしょう。そしてね、『藤の花』を読まれたならご存知でしょうが、だんなさまは、奥さまを本当に愛しておられました。奥さまにそっくりなマリカお嬢さまのことも、最初に見た時から、そりゃあもう可愛く思われているんですよ」
マリカはそれを聞いて、照れて真っ赤になってしまった。
田中さんは『彰明館』の名前の由来も教えてくれた。おじいちゃんの名前、『彰一郎』と、おばあちゃんの名前、『明子』の名前から一文字ずつ取ったそうで、洋館にあこがれていたおばあちゃんの趣味で建てられたそうだ。どおりで、あちこちインテリアが女性好みだと思った。
そう、まるで、あのドールハウスを本物にしたみたいに──。
そう思ったとき、マリカは、もうこれ以上、宝を見つけたことを隠す必要がないことに気づいた。
田中さんに向かって、大いばりで胸を張る。
「田中さん。私、宝物を見つけたんだよ!」
「ほう、今度はなんですかな? けん玉ですか?」
田中さんは、まったく期待していない口ぶりで言った。マリカは腹を立てて、腰に手を当ててどなった。
「ドールハウスだよ! 屋根裏部屋の!」
田中さんはしばし目をパチパチしていたが、やがて、思い出したようにうないた。
「ああ、そんなものもありましたねぇ。あれは、奥さまが英国から輸入されて、大事にされていたものでしたなぁ。奥さまが亡くなって以来、屋根裏部屋に入ることもありませんでしたので、忘れておりました」
ガーン、と頭をぶったたかれたような気分になった。
それじゃあ、あのドールハウスは田中さんの言う『宝物』ではなかったのだ。
「じゃあ、本物の宝物って……?」
「それは、これから探せばよろしいのではないでしょうか? ねぇ? 里香お嬢さま」
振り向けば、そこには里香が立っていた。腕組みをして、挑発するような笑みをマリカに向けている。そして里香は、マリカに向けて、びしっと指を突きつける。
「むろんですわ、田中さん。宝を先に見つけるのは、この私です。勝負ですよ、マリカ!」
「えっ⁉ まだ勝負するの⁉ もう目的ははたしたんでしょ⁉」
「あたりまえです。勝負は勝負。決着がつくまで終わりはしません!」
里香は胸を張ってそう言う。マリカは思わず笑ってしまった。
「──うん、そうだね、たくさん遊ぼう!」
今の里香にとって、勝負とはきっと、そういう意味なのだから。
さて、宝物とはなんだったのか?
マリカと里香は、まだ知らない。
里香が幼いころ、里香のパパは里香の猫、ミケを保健所に連れて行こうとしたが、ミケは逃げ出した。ミケはしばらくみじめな野良生活をし、ガリガリにやせてしまった。だがやがて、里香のおじいちゃんが、ミケを見つけてくれた。里香のおじいちゃんは、孫娘のためにミケを探しまわっていたのだった。
だが、里香のおじいちゃんは、ひと目見て、ミケの価値に気づいた。三毛猫のオスは非常にめずらしく、二千万円の値がついた例もある。家に連れて帰れば、里香のパパがそれに気づいて、ミケを売りはらってしまうだろう。だから、信頼する友人のもとにミケをあずけた。
そうしてミケは、この彰明館にやってきて、毎日田中さんの手料理を腹いっぱい食べ、りっぱなデブ猫になったのだ。
だがきっと、その全部を知ったところで、マリカと里香が、ミケをどこかに売ろうなんて気を起こすはずがなかった。
だって、愛情より価値のある宝物があるはずがないのだから。
デブ猫のミケは、それを知っている。そして、今日も木の上であくびをするのであった。
マリカと里香の夏休みは、まだまだ続いている。
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