犬小屋の暗殺者

ニガヨモギ

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1話

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陽射しを遮るものがない暑い山道を登りながら、テリィは山頂付近に見える屋敷の外壁を見上げていた。
彼が今向かっているのは、新興大手ペット用品メーカー・ジャハンナムの社長カロボスが自宅としている屋敷である。
ジャハンナムは数々のユニークな商品とニッチなニーズに真摯に応えると評判で、起業からわずか5年程で同業他社の売上・純利益を超えたと大きなニュースになっていた。
「全ての動物の夢を叶える」を企業理念に掲げ、家庭用ペット用品だけでなく、動物園や水族館などにも手広く事業を展開しており、動物の言葉と気持ちが理解できるのではないかと噂されるほどの人気で、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの大企業である。

しかしこの大企業の主であるカロボスという男は非常に謎の多い人物としても知られており、私生活は勿論、メディアにもほぼ顔を出さず、昨今有名人ならば誰でも持っているSNS等のアカウントも持っていない(企業の広報アカウントはあるようだが)、また他業種との提携や協力といった話も全く聞かないのである。

そうなると内心穏やかでないのが同業のライバル企業である。

彼ら彼女らは企業スパイや探偵などあらゆる手段を用いてカロボスという男の経歴や私生活、スキャンダルを調べようと奔走している、というのは裏の世界では有名は話である。
それでも一切信憑性の高い話ひとつ出てこないというのが現状らしく、さらにこちらも噂の域を出ない話ではあるが、彼の周囲を探っていた人間達がある日突然連絡が途絶え、数日後に海に浮かんでいた、などという話まである。

そんな怪しい人物の屋敷に単身向かっている少年テリィ。
彼の目的もまた、とても健全とはいえないものだった。

大手ペット用品メーカージャハンナム社長・カロボス。
彼に関する仕事の依頼は先述の身辺調査だけではない。もっと簡単に、スキャンダルなどの粗探しをしなくとも確実に存在を排除する方法。

そう、暗殺である。

テリィはこの世で最も理不尽かつ悪辣な仕事、暗殺を生業とする殺し屋である。
とはいえテリィはこの世界ではまだ若手の駆け出しであり、殺したのも今のところ3人。内2人は私怨であったため、明確に仕事として手にかけたのはまだ1人だけであった。
彼は闇夜に紛れて素早く急所を狙ったり、遠く離れた場所から相手の頭を撃ち抜くといったような芸当は一切できない。年相応かそれ以下程度の体格で、体力も筋力も人並み程度である。
そんな一見頼りない少年が、謎の男カロボスを暗殺すべくのこのこと屋敷に向かっているというのはただの向こう水にも見えるが、勿論ノープランではない。
テリィが唯一得意としている殺し方。その条件に合う千載一遇のチャンスがつい先日やってきたのである。

『ジャハンナム社長・カロボス邸使用人募集 若干名 ~条件・連絡先は下記~』

という募集広告を偶然街で見かけ、ほぼ条件反射のように連絡をした。
電話に出た低い声の男性に指定の日時に面接に来るように言われ、今まさに向かっているところである。

以前から暗殺のターゲットリストには度々名前が挙がっている人物ではあったが、彼に近づける、まして自宅の屋敷に潜入できる機会など滅多にない。
カロボスという男は周囲に森や林のない小高い山の山頂に屋敷を建て、街にある本社へ向かうのも月に2、3回程でしかも不定期で行動が読めない。
雑誌やニュースの取材アポも全て一蹴しているらしく、使用人を雇っている様子はあるものの、その募集というのも見かけたことが無かった。
故にテリィは早い者勝ちとばかりに下準備が整わないうちに連絡をしたのだ。

そして街から40分ほどの登山が終わり、ようやく目的の屋敷へとたどり着いた。
山の中腹から見ても高いと思った屋敷の外壁は、目の前でみるとさらに高く見え、砂ぼこりの多そうな場所であるにもかかわらず手入れが行き届いており、目立った汚れもない。
加えてよじ登るためのとっかかりや凹凸、周囲に高い木もないため、侵入どころか中の様子を窺うことすら難しそうだった。
テリィは外壁周りを半周し、おそらく唯一の出入り口であろう大きな門を見つけると、気持ちを落ち着ける為一度深呼吸をする。
「ふぅ…よし、…………あれ?」
意を決し呼び鈴を鳴らそうと視線をあげたテリィだったが、すぐにその頭を傾げることになる。
通常門の左右どちらかに設置されているはずの呼び鈴が無く、ドアノッカーもみあたらない。
折角緊張を振り払い面接(正確には潜入だが)に挑もうと思っていたのに気が削がれてしまった。
門を叩いたり大声をあげたりという選択肢もないことはないが、どちらもあまり行儀の良い行為ではなく、ましてこれから採用のための面接があるというのに心象を悪くするようなことはしたくない。
仕方なく外壁をもう半周し、裏口や勝手口がないかを確認しようとテリィがその場を離れようとした時、カタンと門の向こうから音が聞こえ、重厚そうな門がゆっくりと開いていく。
「こんにちは、テリィくん…だよね?」
「は、はい!先日連絡しましたテリィです!今日はよろしくお願いします!」
「時間10分前だね、感心感心、じゃあ中へどうぞ」
中から現れたのは身長2mはあろうかという大柄な男性だった。
清潔感のあるパリっとしたシックな制服に身を包み、一見した厳つさとは裏腹にのんびりとした口調をしており、電話で聞いた声と同じ人物ではあったが先日聞いた声よりさらに穏やかな印象だ。
ブラッドと名乗ったその男は、テリィを中に招くと再び門を施錠し、恭しい所作で「どうぞ」と屋敷の入り口を手で示した。
しかし声をかけられたテリィの視線はブラッドでも屋敷の入り口でもなく、屋敷の周囲、外壁で見えなかった建物の庭へと注がれていた。
荒野、と呼んでも差し支えなかった山道とは違い、屋敷の庭は美しい緑の絨毯が拡がっていた。
花壇には色とりどりの花が整然と並んで植えられており、奥にはテニスコートらしきものも見える。
あまり高くはないが枝の大きく広がった木も何本かあり、正午で日が高く、山登りで疲れた体を休めるのに丁度よさそうな木陰が出来ていた。
「綺麗なお庭ですね」
外壁の向こうからは想像もできないほどの美しい光景にテリィが目を輝かせている様子をブラッドは優し気な笑顔で見つめ返すと、ふいになにかを思い出したかのように声をあげた。
「あぁそうだテリィくん、俺からあまり離れないでね、殺されちゃうから」
「はい!…………………え?」
突然放たれた物騒な単語に、反射で返事をしたテリィの笑顔が冷や水でも浴びせられたようにみるみると真顔になっていく。
「ほら、あっちに犬がいるでしょ?」
「犬…あ、ほんとだ、可愛いですね」
なにかの聞き間違いではないかと未だ混乱しているテリィをよそに、ブラッドは気にした様子もなく庭の隅の方を指さす。
ブラッドの言葉通り、庭の隅に一匹、さらに先ほどは気付かなかったが、木の裏や花壇で死角になっていた場所にも犬がおり、寝そべりながらもテリィの方をじっと見つめていた。
毛の色や長さなどどの犬も種類が違うようで、テリィには詳しい犬種はわからなかったが大型で皆円らな瞳をしており、とても愛らしかった。
「社長さんが飼っているんですか?」
「うん、でもちゃんと番犬だからね、油断してると噛み殺されるよ」
再び浴びせられた単語を聞き、今度こそテリィの表情が固まった。
ブラッドの話では、庭には常に3匹以上の番犬が自由に徘徊しており、侵入者を決して見逃さないという。
屋敷の人間か、屋敷の人間と一緒に行動している者以外はすぐに侵入者と判断し襲い掛かり、そうなると主人であるカロボスが命令しない限り攻撃を止めることはない。
しかもそんな番犬が全部で7匹もいるとのことだった
連携も訓練されており、複数人が武装して侵入してきても返り討ちにできるほどだという。
「まぁ融通は利かないけど今言ったように俺から離れなければ大丈夫だから」
「は、はい…」
一歩間違えたら死ぬ、と宣告されて気が抜けるわけもなく、テリィは緊張のあまり肩から下げた鞄のベルトを左手で掴み、さらに無意識にもう片方の手でブラッドの制服の裾を掴んでしまう。
しかしすぐに失礼なことをしてしまったと気付き咄嗟に手を離すと、その様子を見ていたブラッドがテリィの方に向き直り、跪いて小さな手に優しく触れる。
「え…あの…?」
「手を繋いでいれば絶対安心だからね、行こうか」
子供扱いされているようで甚だ遺憾ではあったが、断ることも手を振りほどくこともできず、テリィは赤くなった顔を隠すように俯くと、「ありがとうございます…」と小さな声で呟き、笑顔のブラッドと共に屋敷の中へと入っていった。



「じゃあ来週から来てくれるかな、仕事に必要なものはこちらで用意しておくから」
「はい、よろしくお願いします」
僅か10分ほどの質疑応答が終わると、拍子抜けするほどあっさりと採用が告げられた。
住み込みで週6日勤務(内1日は半日業務)。1日9時間労働で3食休憩付き。それでいて街の平均的な仕事より2割ほど1日当たりの給料がいいというかなりの好待遇だ。
広い屋敷を少人数で回しているため仕事量は多く、また時間外であっても突発的に仕事が入ることはあるらしいがそれを差し引いても滅多にない好条件である。
ブラッドは淡々と必要な作業を進め、最後にテリィにタブレットを渡して雇用条件を再度確認するよう言って署名を促した。
念のためもう一度条件を見直し、変わった項目がないことを確認するとテリィは名前を書いてブラッドに返す。
「……うん、大丈夫だね、一応これも渡しておくから」
ブラッドももう一度タブレットに目を通すと、今しがたテリィが名前を書いたページを印刷し、綺麗に折りたたんで封筒に納めて手渡した。

(これでなんとか事前段階クリアか…)

自分を正式に雇用するという証拠が手渡され、テリィは安堵したように小さく息を吐いた。
ろくな準備もなく面接の連絡を入れ、なんとか採用までこぎつけた。
当然これで終わりではなく、テリィの目的は屋敷の主人であるカロボスの暗殺である。
だがあとは問題を起こさないように使用人の仕事をこなし、暗殺のタイミングをじっくりと探ればいいだけである。
「じゃあテリィくん、ちょっと脱いでもらえる?」
「………え?」
先ほどの庭での一件もそうだが、いちいちこの男の言動に驚かされている。
突然脱衣を求められテリィが笑顔を引きつらせていると、ブラッドはポケットからスルっとメジャーを取り出す。
「君の仕事服を発注するから、寸法図らせてもらえるかな」
なぜそれを先に言わないのかと内心つっこみたかったが、ブラッドの言葉に納得したテリィは鞄を下して下着姿になる。
「そうだごめんなさい、ここに来るまでにちょっと汗をかいちゃって…」
「ん?平気平気、今日はちょっと暑かったから大変だったでしょ」
屋敷の中は空調が効いていて適温だったが、初夏の山道を小一時間を登って来たテリィは自分がだいぶ汗ばんでいることが恥ずかしくなった。
だがブラッドは気にした様子もなく笑い飛ばすと、手慣れた手つきで採寸を終え、タブレットに数字を打ち込んだ。
「テリィくんは年のわりには少し小柄だね」
「はい、よく言われます、仕事に支障がなければいいんですが」
特に馬鹿にした様子ではなく素直な感想を漏らしたブラッドに、テリィも言われなれているので軽く笑い返して話を逸らす。
しかし先ほどブラッドに手渡したプロフィールの年齢と体格が合わないのも当然で、先ほど提示したのはテリィの実年齢より少し上である。
それというのもテリィが住んでいる地域では条例で保護者の同意や許可なく就労できる年齢が決まっているのだが、彼はまだこの年齢には至っていなかった。
既に両親は他界しており、親類縁者もいなかったため、仕方なく年齢を偽って就労をしているのだ。
勿論これは暗殺をする際に使用人として潜入する時の、いわば表の顔の問題であって、暗殺の仕事に年齢は関係ない。
今のブラッドの指摘も初めてではなく、使用人として採用される際は毎回のように言われているが、下手に誤魔化すより適当に流す方が良いと学習したのだ。

社長のカロボスや他の同僚達への顔合わせや挨拶はまた次回ということになり、その日の業務は終わりとなった。
そして帰りも離れすぎると危険と釘をさされながら門の前でブラッドに見送られ、テリィは無事潜入の為のミッションをやり遂げた。

(さて、帰って色々準備をしないとな)

住み込みということは今借りているアパートは引き払わなければならない。
元々短期で契約していたのでさほど面倒はないが(こちらも年齢を偽って契約している)、私物を纏めることと、もう一つ最も大事な下準備をしなければならないのでテリィは改めて気合を入れなおした。
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