犬小屋の暗殺者

ニガヨモギ

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8話

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「…ん……」
温かさと暗闇の中でテリィは目を覚ました。
まだ夢うつつ、半覚醒の頭で思考をめぐらせ、すぐに自分たちがしていたことを思い出す。

(しちゃったんだ…ご主人様と…)

思い出しただけでも全身の血が沸騰しそうなほどの恥ずかしさに見舞われ、テリィはきゅうっと体を丸くする。
そして体を動かしたことでベッドの中、すぐ目の前にいる人物に気が付く。
暗闇に少し目が慣れてきたこともあり、テリィは少し視線をあげてその人物の顔を覗き見る。
自分と同じ性別だとは思えないほど男らしい端正な顔つきと通った鼻筋。
背中に回された腕は逞しく、こんな腕に抱かれてしまえばどんな人間でも危険を忘れて堕とされてしまいそうな安心感。
目を閉じ、静かな寝息をたてているこの男と自分は…
顔を見つめていると、先ほどのまでの行為がより鮮明に思い出されてしまい、テリィは目を逸らすように顔を伏せた。
ベッドの中ではまだお互いに何も身に纏っておらず、体温を直に感じ取れる。
自分がいつ頃睡魔に負けたのかは思い出せないが、体は綺麗にされており主人であるカロボスに世話を焼かせてしまったと赤面する。
恥ずかしさと情けなさでテリィはベッドの中で蹲りながら、もう一度カロボスの顔に視線を移す。
怒った顔、怖い顔、馬鹿にしたような顔、いやらしさを纏った顔、優しく笑う顔。
この一週間自分が見てきたカロボスの色々な表情を思い出し、テリィはその大きな体に身を寄せる。

死ななくて良かった。

自分で毒を盛り暗殺しようとしておいて何を身勝手なことを言っているのだと、聞く人が聞けば怒りだしそうな話だし、テリィ自身も滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。
もう自分はどんな死に方をしても文句が言えないほどの罪を犯しているというのに、今はこの人とこの人の周りの人達を不幸にせずにすんだことを心の底から安堵した。
「……起きたのか?」
「ご主人様、…申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」
自分が身動ぎしたせいで目を覚ましてしまったと思い、テリィはすぐに謝罪をするが、カロボスは特に気にした様子もなく、自分に体を寄せているテリィの体を抱きしめ返した。
「あー…なんかすげぇ寝ちまったな、今何時だ?」
言われてベッドサイドの卓上時計をみると既に短針は11時をまわっており、日付変更までもう30分もなかった。
「夕食の時間、過ぎちゃいましたね」
「ん、…まぁハスクならなんか作っといてくれてるだろ、後で小言もついてくるだろうけど」
冗談めかして言うカロボスにつられ、テリィもふふっと声を漏らすように笑った。
そして僅かな時間沈黙が流れた後、テリィは意を決して起き上がり、裸のまま居住まいを正しシーツの上に正座をしてしっかりとカロボスに向き直った。
「ご主人様、お願いがあります」
「んー?」
まっすぐな視線を向け、真面目な声と態度をとっているにも関わらず、カロボスは気の抜けた声でスマートフォンを弄り出す。
「どうか…どうか俺に罰を与えてください」
「はぁ?」
テリィが言い放った言葉を聞いて、カロボスはようやく視線をテリィに移す。
結果的に毒は効かず命を落とさなかったとはいえ、テリィが殺し屋でカロボスの命を狙っていたことには変わりがない。
カロボスは命のやりとりは大した問題ではないと言っていたが、テリィは自分自身を許すことができなかった。
「勿論警察に言って全てを話せとおっしゃるならそうします、なのでどうかご主人様のご随意に俺の罰を決めてください、贖いきれるものではありませんが、どんな償いでもします!」
力強い言葉で全裸のまま土下座をするテリィを見て、カロボスは心底面倒くさそうに視線を外すが、やがて仕方ないといった様子で起き上がり、こちらも裸のままテリィを正面から見据える。
「まぁどうしてもっていうなら考えておいてやるけど…取り敢えず警察はこっちも面倒だからやめとけ」
なにやらこの屋敷やカロボス周りにはあまり触れない方がよさそうな闇が多くあるようで、テリィは言葉に詰まる。
「一先ず罰を思いつくまでは毎日仕事の後に俺の部屋に来い、仕事じゃないから無給だけどな」
「は、はい!よろしくお願いします!」
無給の時間外労働など問題発言甚だしいが、テリィは自分がしたことへの報いならばと受け入れ元気よく返事をする。
カロボスはいつの間にか持っていたテリィのインカムでなにやらブラッドと話をし、起き上がって服を着なおすと、「飯でも食うか」と声をかけた。
テリィも返事をしてすぐに服を着ようと先ほど服を置いた脱衣所へ向かおうとするが、カロボスはあの完全な掃除スタイルで来た時のことを思い出してすぐに制止した。
「あれはいいから、取り敢えずこれ着とけ」
カロボスはクローゼットから綺麗にアイロンがけされた自分のシャツを取り出し羽織らせる。
当然体格差がありすぎるせいで、カロボスのサイズのシャツを着たテリィは襟から肩が出てしまっていた。
しかしテリィはその恰好がどういう意味を持つのか知らず、隠すべきところは隠せているからいいかと考えカロボスと共に寝室を出た。
自分の手を掴むカロボスの大きな手が力強く温かで、テリィはこれくらいのことでこんなにドキドキするのかと自身の心境の変化に驚く。
父が亡くなり、復讐のために人の命を奪い、だれかの幸せのためになるならばと言い訳をして罪を重ねた。
幸せになる資格などとうにないものだと思っていたのに、いまはこの体温を感じることがなにより幸せだ。

食堂に着くと、いつもは見ない髪をおろしたラフな格好のブラッドが2人分の食事を用意して待っていた。
ブラッドはテリィと目が合うといつもの穏やかな笑顔を見せ、「お疲れ様」と声をかけた。
ハスクは時間外労働は完全にお断りらしく、温めればすぐに食べられる2人分の食事を用意し部屋に戻ったそうだ。
パンとサラダとスープ、そしてパンに挟むための薄切りのハムという簡単なものだったが、空腹と散々喘がされたせいで喉の渇きをおぼえていたテリィはいつも以上の勢いで食事を平らげた。
そして食べ終えた食器を片付けようとすると、ブラッドがごく自然な仕草で食卓から食事の済んだ皿を片付け始めた。
「ブラッドさん、そこまでしていただくわけには…」
「大丈夫だよ、それより社長の相手大変だったでしょ?早く休んだ方がいいよ、なんなら明日休みか半休にする?」
「い、いえ!体はなんともありません!仕事もできます!」
ブラッドの提案にテリィはそんなに甘やかさなくても大丈夫だとばかりに、慌てて首を横に振った。
正直体は少し重くて気怠さや、特に下半身にはまだ微妙な違和感はあったが、一晩寝れば大丈夫そうだと判断した。
「そう?じゃあ明日もよろしくね、あぁ、それと…」
「?」
手早く洗いものを済ませたブラッドは手に着いた水を振るい落とし、タオルで手を拭きながら目線をテリィと合わせ耳元でささやく。

そこでテリィは聞かされる。
自分が今している、カロボスのぶかぶかのシャツを着ているのがどういう意味なのか。
暗い部屋では気付かなかったが、自分の体に無数に付けられている赤い痕がどういう意味なのか。

「っっっ!!!」

テリィは自分の胸元を確認し、大量につけられた赤いマークを凝視しすぐにカロボスに視線を向ける。
食後のお茶を飲んでいたカロボスはその視線に気付き、同時に自分がどういう目で見られる状態なのかを理解したテリィに気付き、にやにやと口元を歪ませた。
「し、しししし失礼します!!」
ゆでだこの様に耳まで真っ赤にしたテリィは居たたまれなくなり、大急ぎで食堂を飛び出した。
そしておぼつかない足取りで自室に飛び込むと、そのまま部屋のドアを背にずるずると座り込む。

明日から…毎日するのかな…

さきほどはあまり深く考えずに返事をしたカロボスの毎日俺の部屋に来いという命令。
しかしその命令と、所有印とばかりにつけられた大量の痕の意味を関連付け、テリィは自分の口元を手で覆う。
そして明日からは今日のような、いや、今日以上のことをするようになるのかと想像してしまい、思考回路が働かなくなる。
自分に触れる手や唇、耳に残る声、優しい眼差し。
そのどれもが思い出しただけで心臓が高鳴り出す。
父にも誰にも、今まで抱いたことのない感情。

テリィがその自身に芽生えた感情を正体を理解するのは、もう少し先のこと。

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