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5『筑波第二コーナーのクラッシュ』
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真夏ダイアリー
5『筑波第二コーナーのクラッシュ』
「しまった!」
思ったときは遅かった。
車は第二コーナーを曲がり損ねて、大きくコースの外側に出てしまった。慌ててハンドルを左いっぱいにきってセーフティーゾーンの砂地から抜け出ようとした。
筑波の第二コーナーは、第一コーナーを曲がって直ぐに緩いシケイン(ギザギザ道)だ。慣れていればフルスロットルで路肩を踏みながら抜けきれる。
問題は、その直後の第二コーナー、直ぐにスピードを六十キロぐらいに抑えなければ外に飛び出してしまう。わたしは昔の勘で二周目のホームストレッチで、先頭のミニク-パを抜いて、余裕で三周目をトップで走っていた。
調子に乗っていたわけじゃないけど、タイヤはノーマルのままなので、グリップが弱い。そんなこと分かっていたから、二周目までは五十キロぐらいまで落として無難にクリアしていた……でも、やっぱ油断。コースアウト。
なんとかコースに戻ると、後続のミニクーパーがやってきて、わたしの日産マーチのドテッパラにぶち当たり、クラッシュ……!
「クソ!」
わたしはハンドルを叩いて悔しがった。
「よかったじゃん、怪我しなくって」
「するわけないじゃん。ゲームなんだから」
「あんまりのめり込むんじゃないわよ。まだまだテストはあるんだから。一昨日の化学みたいに失敗しないでね」
「なんで、化学の失敗知ってんの!?」
「ハハ、昨日自分で言ってたじゃない。じゃ、お仕事行ってきまーす」
そう言うとお母さんは、コートをひっかけて出かけていった。
わたしは、ゲームのセーブだけやって(なんたって、一時間で国内B級ライセンス取っちゃった)自分の部屋に戻った。
「勉強だって、ちゃんとやるんだからね」
窓辺のエリカに宣言。
むろん、このエリカは返事はしない。ジャノメエリカってお花だもんね。
でも、このエリカは、一昨日の夜に夢の中に現れた。少し寂しげだけど、暖かい眼差しの女の子だった。夢の中でも、自分の名前しか言わない。
「花って、一方的に愛情をくれるの」
花屋のオバサンの言葉が蘇る。大爆発したわたしの心も癒してくれたような気がする。癒しすぎて、くたびれているんじゃないかと思ったけど、元気に薄桃色の蕾はほころび始めている。
「さあ、とっかかるか!」
明日は現代社会がある。「国際関係の中の日本」なんてムツカシイ単元だけど、エスノセントリズムという言葉には興味があった。日本語では「自民族優越主義」という。人に例えれば「自己中」 周りにいっぱいそういう奴はいる。我が親も含めて……おっと、昨日ねじ伏せ、蓋をしたマグマが噴火してきそう。
やっと集中し、頭に八分がた入ってきたところで、スマホの着メロ。
省吾からだ。
「なによ省吾?」
「ひょっとして、お勉強とかしてた?」
「うん、十六番ホールのティーショットってとこ」
「アハ、真夏、『みんゴル』とかやってただろう!?」
「やってない(やってたのは『グランツーリスモ』『みんゴル』はお母さん。十六番ホールのダブルボギーで投げだしていた)で、そのお勉強中になによ?」
「昨日観た『デルスウザーラ』よかったら、感想文とか書いてよ。枚数制限無し、締め切りは冬休み一杯ぐらいでいいから」
「なんで、わたし? 文芸部でもないのにさ」
「お母さん、編集の仕事やってんだろ。だから娘の真夏にもそのDNAがあるんじゃないかと思って。ま、よろしく!」
「あ、省吾……ち、切っちまいやんの」
――やるわけないじゃん!
即メールを返したけど、頭のスイッチが入ってしまった。
『デルスウザーラ』
良い映画だった……ロシアの探検家アルセーニエフは、当時ロシアにとって地図上の空白地帯だったシホテ・アリン地方の地図製作の命を政府から受け、探検隊を率いることとなった。先住民ゴリド族の猟師デルス・ウザーラが、ガイドとして彼らに同行することになる。シベリアの広大な風景を背景に、二人の交流を描く。
帰ってから、検索した映画のアラスジ。わたしは、デルスがご先祖のような気がした。天然痘で村も家族も失い、森の掟というか、自然の摂理というか、そういうものに従って生きている。単純だけど、嘘が無く、ピュアで、野太い姿に圧倒された。
目が悪くなって、デルスはハバロフスクのアルセーニエフの家に引き取られるけど、都会の生活に馴染めない。水売りのオッサンが悪党に見える「水売って、金取る、悪いこと!」 薪をとろうと公園の木を切り警察に捕まる。「木はみんなのモノ、なんで悪い!?」 そして四角い箱のような家には住むことができず、アルセーエフの許を去る。アルセーエフは目の悪くなったデルスを、そのまま出すことが忍びなく。最新式の銃を渡す。
しかし、これが仇となって、デルスは銃目当ての強盗に殺されてしまう。
映画の中盤、デルスとアレセーニエフが再会する。
「デルスー!」
「カピターン(隊長さん)!」
二人の言葉が耳について離れなかった……。
気が付いたら、スマホに、デルスへの想いを書き連ねていた。
「ただいまあ……まあ、真夏、熱心に勉強を……あ?」
お母さんの言葉で気が付いた。わたしの試験勉強は、三週目の第二コーナーでクラッシュしてしまっていた……。
お母さんのあきれ顔。ブスっとするわたし(ブスって意味じゃないからね)。
ジャノメエリカが、困ったように笑った気がした……。
5『筑波第二コーナーのクラッシュ』
「しまった!」
思ったときは遅かった。
車は第二コーナーを曲がり損ねて、大きくコースの外側に出てしまった。慌ててハンドルを左いっぱいにきってセーフティーゾーンの砂地から抜け出ようとした。
筑波の第二コーナーは、第一コーナーを曲がって直ぐに緩いシケイン(ギザギザ道)だ。慣れていればフルスロットルで路肩を踏みながら抜けきれる。
問題は、その直後の第二コーナー、直ぐにスピードを六十キロぐらいに抑えなければ外に飛び出してしまう。わたしは昔の勘で二周目のホームストレッチで、先頭のミニク-パを抜いて、余裕で三周目をトップで走っていた。
調子に乗っていたわけじゃないけど、タイヤはノーマルのままなので、グリップが弱い。そんなこと分かっていたから、二周目までは五十キロぐらいまで落として無難にクリアしていた……でも、やっぱ油断。コースアウト。
なんとかコースに戻ると、後続のミニクーパーがやってきて、わたしの日産マーチのドテッパラにぶち当たり、クラッシュ……!
「クソ!」
わたしはハンドルを叩いて悔しがった。
「よかったじゃん、怪我しなくって」
「するわけないじゃん。ゲームなんだから」
「あんまりのめり込むんじゃないわよ。まだまだテストはあるんだから。一昨日の化学みたいに失敗しないでね」
「なんで、化学の失敗知ってんの!?」
「ハハ、昨日自分で言ってたじゃない。じゃ、お仕事行ってきまーす」
そう言うとお母さんは、コートをひっかけて出かけていった。
わたしは、ゲームのセーブだけやって(なんたって、一時間で国内B級ライセンス取っちゃった)自分の部屋に戻った。
「勉強だって、ちゃんとやるんだからね」
窓辺のエリカに宣言。
むろん、このエリカは返事はしない。ジャノメエリカってお花だもんね。
でも、このエリカは、一昨日の夜に夢の中に現れた。少し寂しげだけど、暖かい眼差しの女の子だった。夢の中でも、自分の名前しか言わない。
「花って、一方的に愛情をくれるの」
花屋のオバサンの言葉が蘇る。大爆発したわたしの心も癒してくれたような気がする。癒しすぎて、くたびれているんじゃないかと思ったけど、元気に薄桃色の蕾はほころび始めている。
「さあ、とっかかるか!」
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やっと集中し、頭に八分がた入ってきたところで、スマホの着メロ。
省吾からだ。
「なによ省吾?」
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「うん、十六番ホールのティーショットってとこ」
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「やってない(やってたのは『グランツーリスモ』『みんゴル』はお母さん。十六番ホールのダブルボギーで投げだしていた)で、そのお勉強中になによ?」
「昨日観た『デルスウザーラ』よかったら、感想文とか書いてよ。枚数制限無し、締め切りは冬休み一杯ぐらいでいいから」
「なんで、わたし? 文芸部でもないのにさ」
「お母さん、編集の仕事やってんだろ。だから娘の真夏にもそのDNAがあるんじゃないかと思って。ま、よろしく!」
「あ、省吾……ち、切っちまいやんの」
――やるわけないじゃん!
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帰ってから、検索した映画のアラスジ。わたしは、デルスがご先祖のような気がした。天然痘で村も家族も失い、森の掟というか、自然の摂理というか、そういうものに従って生きている。単純だけど、嘘が無く、ピュアで、野太い姿に圧倒された。
目が悪くなって、デルスはハバロフスクのアルセーニエフの家に引き取られるけど、都会の生活に馴染めない。水売りのオッサンが悪党に見える「水売って、金取る、悪いこと!」 薪をとろうと公園の木を切り警察に捕まる。「木はみんなのモノ、なんで悪い!?」 そして四角い箱のような家には住むことができず、アルセーエフの許を去る。アルセーエフは目の悪くなったデルスを、そのまま出すことが忍びなく。最新式の銃を渡す。
しかし、これが仇となって、デルスは銃目当ての強盗に殺されてしまう。
映画の中盤、デルスとアレセーニエフが再会する。
「デルスー!」
「カピターン(隊長さん)!」
二人の言葉が耳について離れなかった……。
気が付いたら、スマホに、デルスへの想いを書き連ねていた。
「ただいまあ……まあ、真夏、熱心に勉強を……あ?」
お母さんの言葉で気が付いた。わたしの試験勉強は、三週目の第二コーナーでクラッシュしてしまっていた……。
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