真夏ダイアリー

武者走走九郎or大橋むつお

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35『最初の任務・駐米日本大使館・1』

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真夏ダイアリー

35『最初の任務・駐米日本大使館・1』   



 気が付いたら、ワシントンD・Cのマサチューセッツアベニューに、ボストンバッグを提げて立っていた。

 西にポトマック川と川辺の緑地帯が見える。

 関東大震災救援のお礼に日本から送られた桜が並木道に寒々と並んでいる。12月では致し方のない光景だが、いきなり1941年の12月……いくら基本的な情報はインストールされているとはいえ、感覚がついてこない。

 向こうに見えるネオ・ジョージアンスタイルの建物が、日本大使館だと見当はついたが、気後れが先に立ち、なかなか足が進まない。

 紺のツーピースの上に、ベージュのコート。我ながらダサイファッションだと思ったが、これが当時のキャリア女性の平均的なものなのだから仕方がない。

「道に迷ったのかい……?」

 後頭部から声が降ってきた。

 振り返ると、アーノルド・シュワルツェネッガーのようにいかつい白人の警察官る。

「日本大使館に行くところなんですなんです」
「ほう……で、用件は?」
「新任の事務官です」

「パスポートを見せてもらっていいかな?」

 言い方は優しげだが、十二分な威圧感がある。いつものわたしならビビッてしまうところだけど、こういう場合の対応の仕方もインストールされているようで、平気で言葉が出てくる。

「荒っぽく扱うと、中からサムライが刀抜いて飛び出してくるわよ」

「優しく扱ったら、芸者ガールが出てくるかい?」

「それ以上のナイスガールが、あなたの前にいるわよ」

 わたしは、帽子を取って、真っ正面からアーノルド・シュワルツェネッガーを見上げてやった。紅の豚のフィオが空賊のオッサンたちと渡り合っているシーンが頭に浮かんだ。

「へえ、キミ二十二歳なのかい!?」
「日本的な勘定じゃ、二十三よ」
「ハイスクールの一年生ぐらいにしか見えないぜ。それもオマセでオチャッピーのな」
「お巡りさんは、まるで生粋の東部出身に見えるわ」
「光栄だが……まるでってのが、ひっかかるな」
「お巡りさん、ポーランド人のクォーターでしょ」

「なんだと……」

「出身は、シカゴあたり」

「おまえ……」

「握手しよ。わたしのお婆ちゃんも、ポーランド系アメリカ人」
「ほんとかよ?」
「モニカ・ルインスキっての」
「え、オレ、ジョ-ジ・ルインスキだぜ!」
「遠い親類かもね? もう、行っていい、ジョ-ジ?」
「ああ、いいともマナツ。そこの白い建物がそうだ」
「うん、分かってる。新米なんで緊張しちゃって……」
「だれだって最初はそうさ。オレもシカゴ訛り抜けるのに苦労したもんさ。でも今は……ハハ、マナツには見抜かれちまったがな」
「ううん、なんとなくの感じよ。同じ血が流れてるんだもん」
「そうだな、じゃ、元気にやれよ!」
「うん!」

 ジョージは、明るく握手してくれた。気の良い人だ……そう思って大使館の方に向いた。その刹那、イタズラの気配を感じた。

「BANG!」

 ジョージは、おどけて手でピストルを撃つ格好をした。わたしは、すかさず身をかわし反撃。

「BANG!」

「ハハ、オレのは外されたけど、マナツのはまともに当たったぜ!」
「フフ、わたしのハートにヒットさせるのは、なかなかむつかしいわよ」
「マナツの国とは戦争したくないもんだな」
「……ほんとね」

 さっきの自分のやりとりが信じられなかった。完全なアメリカ東部の英語をしゃべり、ポーランド系アメリカ人のお巡りさんと仲良くなってしまった。完全に口から出任せだったんだけど、妙な真実感があった。

 大使館の控え室の鏡を見て、少し驚いた。わずかだけど顔が違う……クォーターだという設定はインストールされたものだと直感した。

 その時、ドアがノックされ、アメリカ人職員のオネエサンが入ってきた。

「おまたせ、ミス・フユノ、大使が直接会われるそうよ」
「は、はい」

 オネエサンに案内されて、大使の控え室に通された。

「失礼します」
「ああ、待たせたね……」

 野村大使が、ゆっくりと顔を上げた……。
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