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45『プロモのロケハン』
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真夏ダイアリー
45『プロモのロケハン』
プロモ撮影の初日は十三日の日曜だった。
ほんとうは土曜からのはずだったんだけど、サッカー部の練習試合が入っているので、一日日延べになった。
その分、土曜はロケハンに使われた。
ちなみにロケハンとはロケーションハンティングの略で、あらかじめロケ場所を見ておいて、カメラの撮り方や、撮影のコンテ=カットのイメ-ジ画なんかを決めて、必要な機材の決定もおこなわれる。
このロケハンから、例の仁和さんが加わった。
仁和さんは、やっぱし仁和正弘さんだった。黄色のソバージュに大きめのハンチングで、校舎や、グラウンドのあちこちを見て回った。わたしたちは、案内役として側に控えてた。
「ここが、渡り廊下と新館のつなぎ目で、カメラをパンさせるとなかなか良い絵が撮れますよ……この警備員室からだったら、坂の上の景色とグラウンドの平面のコントラストが立体的で……」
知ってるだけの知識を総動員して、自分なりに絵になりそうなところを説明した。
「真夏さんは、立体構成については、良いセンスしてるわね。やっぱり、ここは乃木坂だから、坂の絵からパンして校舎を舐めるのが最初かな……」
「分かりました」
ディレクターの黒羽さんが答える。どうやら、今度のプロモはかなりのところ、仁和さんの意見が反映されるようだ。これも光会長のご意向のようだと、わたしは思った。
「黒羽さん、校舎はできるだけ写さないようにして、グラウンドと坂を中心にいきましょう」
校舎の中のあれこれを下調べしておいたわたしは、少し凹んだ。
「ごめんね、真夏さん」
表情に出したつもりはないんだけど、気持ちはすぐに読まれてしまった。
「いいえ、そんな。わたしは、案内役ですから」
「フフ……あなたたち乃木高生は、坂の上の乃木坂学院にコンプレックス持ってるようだけど、それって愛校心の裏返し。いいことだと思うわよ。でも……校舎は死んでるわね」
「死んでる!?」
声がひっくり返ってしまった。
「安出来のリゾートみたい。まだ改築して間がないこともあるけど、まだ学校としての命を宿していないわ……どうしてファサード(建物の正面)を金魚鉢みたいなガラス張りにするんだろ。まだ前の……いいえ、戦争前の女学校の時の校舎の意志が強くて、わたしには、そっちのイメージが強く感じられる。でも、カメラには、そんなもの写らないものね。でもグラウンドは、ほとんど昔のまま……このサッカー部の試合、乃木坂が勝つわよ。黒羽さん掛けようか?」
「乃木坂、押され気味ですけどね」
ちなみに、乃木高のサッカー部は弱い。今日の相手の麹町高校は格上。わたしの目からも、負けは明らかなように見えた。
「グラウンドが力をくれるわ。乃木高が勝ったら、お昼は、わたし指定のお店。お勘定はそっち持ちってことで」
「ハハ、いいですよ。じゃ、わたしが勝ったら?」
黒羽さんが、振った。
「そちらが用意してくださった赤坂のホテルで大人しくいただくわ」
それから、仁和さんは、校庭の木々をゆっくりと見て回った。そして、何本かの桜にリボンでシルシを付けさせた。
「この桜たちは、この学校が出来る前から、ここにあった桜。撮るんなら、この桜越しに校庭を撮りましょう……これね、連理の桜」
「はい、あたしたちが見つけました!」
玉男が、顔を赤くして手を上げた。その手を見て、仁和さんが言った。
「あなた、お料理が好きでしょう。手を見れば分かるわ」
「あ、ども、恐縮です!」
「いい時代に生まれたわね。あなたみたいなキャラは、わたしたちの時代じゃ人間扱いしてもらえなかったわよ」
「あ、はい。頑張ります!」
「何を頑張るのよ?」
由香に混ぜっ返される。
「そ、そりゃ……」
「いろいろよね。そういうとこがはっきりしないのが青春よ……黒羽さん」
「はい」
「この連理の桜……造花でいいから花を付けてあげて。この桜は命があることを誇らしく思っているから……」
「はい、造花で飾ろうというのは会長からも言われています」
「さすがミツル君、そのへんのところはよく分かっているみたいね……それから、当日は、お塩とお酒の用意を」
「なにか憑いていますか?」
「そんなんじゃないけど、ここを頼りにしている人が沢山いるから」
「特別、区の名木にも指定はされておりませんが」
事務長さんが答えた。
「亡くなった人たち。主に戦争被災者の人たちだけど……玉男君たちには悪いけど、これを見つけたのは、あなたたちじゃなくて、この桜が、あなたたちに見つけさせたのよ」
妙に納得した。
省吾の馬鹿力でも、ここまで飛ばすのはむつかしい。それに、ゆいちゃんがたまたまこの桜の前に立っていたのも偶然すぎる。なにより、ほんの十センチほど開いていたゆいちゃんの足の間にボールが落ちたのは奇跡に近い。
「ほうら、わたしの勝ちよ」
みんなロケハンに熱中して、サッカー部の試合なんか忘れていたけど、サッカー部はPK戦の果てに麹町高校を下していた。
で、お昼は、乃木坂一つ越えた通りの「玉屋」という大衆食堂を借り切った。ご主人に聞くと、もう五代目のお店で、明治の頃は、行合坂の茶店で通っていて、乃木大将も時おり来たことがあるそうだった。
45『プロモのロケハン』
プロモ撮影の初日は十三日の日曜だった。
ほんとうは土曜からのはずだったんだけど、サッカー部の練習試合が入っているので、一日日延べになった。
その分、土曜はロケハンに使われた。
ちなみにロケハンとはロケーションハンティングの略で、あらかじめロケ場所を見ておいて、カメラの撮り方や、撮影のコンテ=カットのイメ-ジ画なんかを決めて、必要な機材の決定もおこなわれる。
このロケハンから、例の仁和さんが加わった。
仁和さんは、やっぱし仁和正弘さんだった。黄色のソバージュに大きめのハンチングで、校舎や、グラウンドのあちこちを見て回った。わたしたちは、案内役として側に控えてた。
「ここが、渡り廊下と新館のつなぎ目で、カメラをパンさせるとなかなか良い絵が撮れますよ……この警備員室からだったら、坂の上の景色とグラウンドの平面のコントラストが立体的で……」
知ってるだけの知識を総動員して、自分なりに絵になりそうなところを説明した。
「真夏さんは、立体構成については、良いセンスしてるわね。やっぱり、ここは乃木坂だから、坂の絵からパンして校舎を舐めるのが最初かな……」
「分かりました」
ディレクターの黒羽さんが答える。どうやら、今度のプロモはかなりのところ、仁和さんの意見が反映されるようだ。これも光会長のご意向のようだと、わたしは思った。
「黒羽さん、校舎はできるだけ写さないようにして、グラウンドと坂を中心にいきましょう」
校舎の中のあれこれを下調べしておいたわたしは、少し凹んだ。
「ごめんね、真夏さん」
表情に出したつもりはないんだけど、気持ちはすぐに読まれてしまった。
「いいえ、そんな。わたしは、案内役ですから」
「フフ……あなたたち乃木高生は、坂の上の乃木坂学院にコンプレックス持ってるようだけど、それって愛校心の裏返し。いいことだと思うわよ。でも……校舎は死んでるわね」
「死んでる!?」
声がひっくり返ってしまった。
「安出来のリゾートみたい。まだ改築して間がないこともあるけど、まだ学校としての命を宿していないわ……どうしてファサード(建物の正面)を金魚鉢みたいなガラス張りにするんだろ。まだ前の……いいえ、戦争前の女学校の時の校舎の意志が強くて、わたしには、そっちのイメージが強く感じられる。でも、カメラには、そんなもの写らないものね。でもグラウンドは、ほとんど昔のまま……このサッカー部の試合、乃木坂が勝つわよ。黒羽さん掛けようか?」
「乃木坂、押され気味ですけどね」
ちなみに、乃木高のサッカー部は弱い。今日の相手の麹町高校は格上。わたしの目からも、負けは明らかなように見えた。
「グラウンドが力をくれるわ。乃木高が勝ったら、お昼は、わたし指定のお店。お勘定はそっち持ちってことで」
「ハハ、いいですよ。じゃ、わたしが勝ったら?」
黒羽さんが、振った。
「そちらが用意してくださった赤坂のホテルで大人しくいただくわ」
それから、仁和さんは、校庭の木々をゆっくりと見て回った。そして、何本かの桜にリボンでシルシを付けさせた。
「この桜たちは、この学校が出来る前から、ここにあった桜。撮るんなら、この桜越しに校庭を撮りましょう……これね、連理の桜」
「はい、あたしたちが見つけました!」
玉男が、顔を赤くして手を上げた。その手を見て、仁和さんが言った。
「あなた、お料理が好きでしょう。手を見れば分かるわ」
「あ、ども、恐縮です!」
「いい時代に生まれたわね。あなたみたいなキャラは、わたしたちの時代じゃ人間扱いしてもらえなかったわよ」
「あ、はい。頑張ります!」
「何を頑張るのよ?」
由香に混ぜっ返される。
「そ、そりゃ……」
「いろいろよね。そういうとこがはっきりしないのが青春よ……黒羽さん」
「はい」
「この連理の桜……造花でいいから花を付けてあげて。この桜は命があることを誇らしく思っているから……」
「はい、造花で飾ろうというのは会長からも言われています」
「さすがミツル君、そのへんのところはよく分かっているみたいね……それから、当日は、お塩とお酒の用意を」
「なにか憑いていますか?」
「そんなんじゃないけど、ここを頼りにしている人が沢山いるから」
「特別、区の名木にも指定はされておりませんが」
事務長さんが答えた。
「亡くなった人たち。主に戦争被災者の人たちだけど……玉男君たちには悪いけど、これを見つけたのは、あなたたちじゃなくて、この桜が、あなたたちに見つけさせたのよ」
妙に納得した。
省吾の馬鹿力でも、ここまで飛ばすのはむつかしい。それに、ゆいちゃんがたまたまこの桜の前に立っていたのも偶然すぎる。なにより、ほんの十センチほど開いていたゆいちゃんの足の間にボールが落ちたのは奇跡に近い。
「ほうら、わたしの勝ちよ」
みんなロケハンに熱中して、サッカー部の試合なんか忘れていたけど、サッカー部はPK戦の果てに麹町高校を下していた。
で、お昼は、乃木坂一つ越えた通りの「玉屋」という大衆食堂を借り切った。ご主人に聞くと、もう五代目のお店で、明治の頃は、行合坂の茶店で通っていて、乃木大将も時おり来たことがあるそうだった。
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