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216『請願巡査・1』
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魔法少女マヂカ
216『請願巡査・1』語り手:マヂカ
高坂侯爵邸は原宿にある。
原宿が竹下通りを中心におしゃれの街・若者の街として発展するのは昭和も半ば過ぎての事で、大正の末年では、ようやく完成した明治神宮最寄りの原宿駅の駅前として賑わいの芽が出始めたところである。
江戸の昔は、大小の大名屋敷が並んでいた。明治神宮そのものが、元は譜代大名井伊家の別邸があったところで、維新後は、その大名屋敷も消えていき、唯一、その名残が残っているのが侯爵、高坂家であった。
高坂家も、さまざまな経緯があったあと、昭和に入って東郷神社が建つことになるのだが、それは、まだ十数年後の事である。
真智香さまと典子さまがいらっしゃってから、霧子お嬢様はお変わりになったと、高坂家の人間は言う。
我々がやってくるまでは、元気だけは有り余っているが、気難しいお天気屋という評判。自室に引き籠るようになって、当たり散らされるのは、屋敷の中でも傍近くで世話をする二三人になったが、数が減った分『当たり散らし』の密度は高くなっていたという。
それが、西郷家から派遣されてきたわたしたちが半使用人的なご学友として接するようになって人変わりした。
めたら人に当たり散らすことが無くなり、明るさと快活さはそのままに、思いやりのあるお嬢様になったと、原宿界隈では、裏路地の野良猫まで噂し合っているという。
「高くついたんじゃないかしら……」
糊の香も新しい壁紙を見て、霧子はため息をついた。
「いえいえ、知れたものでございますよ。これで、おしまいでございますから」
さすがは執事長、意味深にうまいことを言う。
十日続いた修理作業がおしまい。霧子の乱暴がおしまい。高坂家の人々の忍耐もおしまい。
様々の『おしまい』が込められている。
「おしまいって、どういう意味よ!?」
ちょっと前の霧子なら、目を三角にして田中執事長の胸ぐらをつかんでいただろう。
田中執事長も、霧子に揚げ足を取られるような物言いはしなかったはずだ。
「これって、壁ごとリフォームしたんとちゃう!?」
ノンコが壁を触って驚いた。
霧子の部屋と、部屋の前の廊下は、度重なる霧子の狼藉で穴だらけになっていた。初めて霧子に会った時も、長刀で切りかかられ、憶えているだけでも廊下の壁に八つは穴をあけているはずだ。
「アハハ、もう、心配はいりませんからね」
含蓄のある言い回しに、霧子は顔を赤くして俯いた。
「こ、これからは気を付けるから……」
「そのような意味で申し上げたのではありません。高坂家は武人の家系であります、これからも快活、明朗な姫君でいてください。二三日なら屋敷の者も安心ですが、ずっとそのままでは、かえって心配になります」
「うん、分かった……」
アハハハ
霧子の変貌を暖かく笑っていると、霧子付きのメイド、クマさんがやってきた。
「執事長、新しい請願巡査が着任したとメイド長からの伝言です」
「おう、さっそく……霧子様、ごいっしょに面接していただけますか」
「請願巡査が……」
「そんなに驚くこと?」
思わず聞いてしまった。
高坂家ほどの華族なら請願巡査が居ることは不思議ではない。
請願巡査とは、企業や華族、いささかの財を成した者であれば、給与など必要経費を自弁することを条件に警察が派遣してくれる警察官のことだ。
高坂邸にも正門脇に守衛室に似た詰め所が設置されている。そこが無人であるのは、震災直後のことで、警察も余裕がなくなって引き上げてしまっていたのかと思っていたのだ。
霧子や田中執事長の様子を見ていると、どうやら、請願巡査の不在は、霧子がいろいろやらかした結果……。
面白そうだから、あとでゆっくり聞いてみようと、ノンコと目配せした。
「お二人も、いっしょに来てください。クマ、ご案内を」
「はい、どうぞ、こちらに」
クマさんに先導されて前庭を望む玄関先まで出る。
車寄せの向こう、詰所の前に制帽を目深に被った巡査が休めの姿勢で立っている。
「ホワ~かっこいい……」
ノンコが正直にため息をつく。
その巡査は、顔こそ制帽の陰だけど、がっしりと背が高くて足が長い。
我々の姿に気付いて、ハッシと敬礼。
制帽の下で光った瞳は、ブリンダのように青かった……。
※ 主な登場人物
渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
春日 高坂家のメイド長
田中 高坂家の執事長
虎沢クマ 霧子お付きのメイド
松本 高坂家の運転手
新畑 インバネスの男
請願巡査
216『請願巡査・1』語り手:マヂカ
高坂侯爵邸は原宿にある。
原宿が竹下通りを中心におしゃれの街・若者の街として発展するのは昭和も半ば過ぎての事で、大正の末年では、ようやく完成した明治神宮最寄りの原宿駅の駅前として賑わいの芽が出始めたところである。
江戸の昔は、大小の大名屋敷が並んでいた。明治神宮そのものが、元は譜代大名井伊家の別邸があったところで、維新後は、その大名屋敷も消えていき、唯一、その名残が残っているのが侯爵、高坂家であった。
高坂家も、さまざまな経緯があったあと、昭和に入って東郷神社が建つことになるのだが、それは、まだ十数年後の事である。
真智香さまと典子さまがいらっしゃってから、霧子お嬢様はお変わりになったと、高坂家の人間は言う。
我々がやってくるまでは、元気だけは有り余っているが、気難しいお天気屋という評判。自室に引き籠るようになって、当たり散らされるのは、屋敷の中でも傍近くで世話をする二三人になったが、数が減った分『当たり散らし』の密度は高くなっていたという。
それが、西郷家から派遣されてきたわたしたちが半使用人的なご学友として接するようになって人変わりした。
めたら人に当たり散らすことが無くなり、明るさと快活さはそのままに、思いやりのあるお嬢様になったと、原宿界隈では、裏路地の野良猫まで噂し合っているという。
「高くついたんじゃないかしら……」
糊の香も新しい壁紙を見て、霧子はため息をついた。
「いえいえ、知れたものでございますよ。これで、おしまいでございますから」
さすがは執事長、意味深にうまいことを言う。
十日続いた修理作業がおしまい。霧子の乱暴がおしまい。高坂家の人々の忍耐もおしまい。
様々の『おしまい』が込められている。
「おしまいって、どういう意味よ!?」
ちょっと前の霧子なら、目を三角にして田中執事長の胸ぐらをつかんでいただろう。
田中執事長も、霧子に揚げ足を取られるような物言いはしなかったはずだ。
「これって、壁ごとリフォームしたんとちゃう!?」
ノンコが壁を触って驚いた。
霧子の部屋と、部屋の前の廊下は、度重なる霧子の狼藉で穴だらけになっていた。初めて霧子に会った時も、長刀で切りかかられ、憶えているだけでも廊下の壁に八つは穴をあけているはずだ。
「アハハ、もう、心配はいりませんからね」
含蓄のある言い回しに、霧子は顔を赤くして俯いた。
「こ、これからは気を付けるから……」
「そのような意味で申し上げたのではありません。高坂家は武人の家系であります、これからも快活、明朗な姫君でいてください。二三日なら屋敷の者も安心ですが、ずっとそのままでは、かえって心配になります」
「うん、分かった……」
アハハハ
霧子の変貌を暖かく笑っていると、霧子付きのメイド、クマさんがやってきた。
「執事長、新しい請願巡査が着任したとメイド長からの伝言です」
「おう、さっそく……霧子様、ごいっしょに面接していただけますか」
「請願巡査が……」
「そんなに驚くこと?」
思わず聞いてしまった。
高坂家ほどの華族なら請願巡査が居ることは不思議ではない。
請願巡査とは、企業や華族、いささかの財を成した者であれば、給与など必要経費を自弁することを条件に警察が派遣してくれる警察官のことだ。
高坂邸にも正門脇に守衛室に似た詰め所が設置されている。そこが無人であるのは、震災直後のことで、警察も余裕がなくなって引き上げてしまっていたのかと思っていたのだ。
霧子や田中執事長の様子を見ていると、どうやら、請願巡査の不在は、霧子がいろいろやらかした結果……。
面白そうだから、あとでゆっくり聞いてみようと、ノンコと目配せした。
「お二人も、いっしょに来てください。クマ、ご案内を」
「はい、どうぞ、こちらに」
クマさんに先導されて前庭を望む玄関先まで出る。
車寄せの向こう、詰所の前に制帽を目深に被った巡査が休めの姿勢で立っている。
「ホワ~かっこいい……」
ノンコが正直にため息をつく。
その巡査は、顔こそ制帽の陰だけど、がっしりと背が高くて足が長い。
我々の姿に気付いて、ハッシと敬礼。
制帽の下で光った瞳は、ブリンダのように青かった……。
※ 主な登場人物
渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
春日 高坂家のメイド長
田中 高坂家の執事長
虎沢クマ 霧子お付きのメイド
松本 高坂家の運転手
新畑 インバネスの男
請願巡査
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