銀河太平記

武者走走九郎or大橋むつお

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042『扶桑城大手門』

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銀河太平記

042『扶桑城大手門』ヒコ   

 

 
 扶桑国の首都は扶桑府と呼ばれる。

 国家なのだから、首都は都(と・みやこ)と呼ばれるべきなのだろうけど、建国以来『府』の呼称で通している。

 都とは帝(みかど)の所在地を示す呼称だ。

 扶桑国の元首は征夷大将軍なので都という呼称にはしなかったのだ。

 旧宗主国の日本では「扶桑府? じゃ、首都はどこなの?」と聞かれる。

 聞かれた時は、今のように答えるのが一般的だ。

 
 さらに突っ込まれると、以下のように答える。

 
 扶桑の政体は幕府で、元首は征夷大将軍。そして、将軍職は旧扶桑宮家である扶桑氏の世襲だ。

 初代の扶桑一仁(かずひと)様は『古来、征夷大将軍に任ぜられた者が皇統に復帰したことは無い』ことを強調された。

 つまり、宗主国である日本で皇統を巡る争いごとが起こっても、扶桑将軍家の者が関与することはあり得ないということを宣言したに等しい。

 大和朝廷の昔から、天皇に就けるのは五世孫までとされている。つまり五世代遡れば皇位に就けるという意味でもある。五世代と言えば、時間的には100年から150年の幅になるだろう。

 だれも、100年や150年先のことは予見もできないし責任も持てない。

 歴史的には、第二十五代武烈天皇の没後、血統が途絶えてしまい、はるばる越の国から応神天皇の五世孫を迎え入れて継体天皇としている。国家分裂の危機にはならなかったが、かなり悶着があったようで、継体天皇は長く都である飛鳥の地を踏むことができず、没後の陵も飛鳥どころか奈良でさえない摂津の高槻に造営されている。先代である武烈天皇は歴代天皇の中でも最も悪逆非道な天皇ということにされて、継体天皇の即位がいたし方のないことであったと強調されている。

 日本書紀に書かれた武烈天皇の伝説に以下のようなものがある。

 死刑を宣告された罪人の爪を剥がして、素手で穴を掘らせる。罪人は、穴を掘ることで罪を軽減してもらええると、血だらけになって穴を掘るが、堀終わったところで、改めて死罪を言い渡して、自ら掘った穴に投げ込まれる。

 罪を犯した者を木に登らせ、天皇自ら矢を射かけて殺してしまう。

 ある日「赤ん坊というのは、腹の中ではどんな様子なのか?」という疑問を持ち、飛鳥の村から臨月間近の村娘を連れてこさせ、生きたまま腹を切り裂いて胎児の様子を見た。当然母子ともに、その場で亡くなった。

 むろんでっち上げだ。

 かくも、悪逆な天皇であったので、血統が絶えて、継体天皇を迎えたことは致し方のないことだったということにしたかったのだ。

 そういう悲劇や騒乱が起こさないために、一仁さまは、火星の植民地を幕府という政体にして、自分と、その子孫が宗主国の皇位争いに巻き込まれないようにしたのだ。

 宗主国の日本は、令和の昔から何度か女系天皇の成立を取りざたされ、じっさい今上陛下は、2800年の皇統の中、初めての女系女性天皇として即位された。

 とたんに、天狗党などの不穏な者たちのテロ活動が起こり始めた。

 僕たちの修学旅行中に靖国ご参拝の陛下の車列が襲われたことなど記憶に新しい。ミクのパスポートが盗まれたり、学園艦が破壊されたことなども、その余波と言って差し支えないだろう。

 しかし、現状で扶桑国や扶桑将軍が巻き込まれていないのは、初代一仁さまがお創りになった扶桑幕府の国家的な性格にあることは疑いが無い。

 
 扶桑国の幕府的性格は、制度だけに留まらない。

 大臣は老中、長官は若年寄と呼称する、あるいは奉行という呼称にもあらわれているし、目の前に迫りつつある扶桑城も幕府そのものだ。

 規模こそは江戸城の1/4に過ぎないが、五層の天守閣は建国以来扶桑の街のシンボルだ。創建当初は扶桑将軍のアナクロニズムだと日本では揶揄されたが、国の内外に扶桑国の有りようを明確に示している。

 
「フワ~~~~ ヒコ、それぐらいでいいだろ」

 ダッシュがノドチンコまで見えそうな大あくびをしながら苦情を言う。

「ヒコの気持ちは分かるけど、そんなお堅い動画、見るやつ居るのかねえ」

「いいじゃないか、取りあえずだ。取りあえずサイトにアップしておけば、あとは修正していけばいいんだ。まずは行動を起こすことだ」

 火星に戻ってから、僕たちなりに記録を残すことにした。

 半分で切り上げざるを得なかった修学旅行だったけど、地球と火星を巻き込んで大きく歴史が動き始めたという実感がある。なにができるというものでもないけど、取りあえずは記録に残すことだ。

 そう思い立って、お城に呼ばれたことを好機に『扶桑通信(仮称)』という動画を作ることにして、大手門の前でミクとテルを待ちながらハンベを回している。

「お、ミクたち来たぞ」

 大手筋の一丁前の角を曲がって自転車が走って来るのが見えた。

 心理的麻酔が切れているだろうから、ちょっと心配はしたんだけれど、砂埃を上げて驀進してくる自転車を見る限り、その心配は杞憂であったようだ。

「ごめーーーん、待たせちゃったあ!?」

「いや、動画撮るんで早めに来てたんだ。二人とも元気そうでなによりだ」

「あったりまえよ、上様のお呼びもかかってるのに、しけた顔してられねえちゅうのよ!」

「うん、ミクの胸揉んで元気絞りだしてきたしい(^▽^)/。まだ足りないよ―なら、君たちも揉んでいいのよしゃ!」

「それじゃ、遠慮なく」

「くんな、変態!」

「よいではないか、よいではないか~(#^0^#)」

「おい、おまえら」

 面白そうだが、止めざるを得ない。

 大手門から若年寄さまが秘書を伴って出てきた。

「扶桑三高の生徒だな」

「はい、扶桑第三高校の穴山彦です」

「同じく、大石一です」

「同じく、緒方未来です」

「同じく、平賀照でしゅ」

「よし、上様は馬場で馬に乗っておられる、自転車のまま参るようにとおっしゃっている、そのままで行きなさい」

「了解しました……お父さん」

「控えろ、ここでは若年寄と高校生だ」

「下城されるんでしょ、ここは大手門の外でもありますし」

「勤務中だ。昼飯を買いにコンビニに行く途中だ」

「失礼しました」

「うむ」

 父が歩き出すと秘書の石田さんが耳打ちしてくれる。

「わざとですよ」

「うん、ありがとう」

 分かっている、公私の区別にうるさい父だ、一昨日から勤番の父は、こうでもしないと息子の顔も見に来れないんだろう。

 いや、ひょっとしたら、これも上様のお気遣いなのかもしれない。

 僕たちは、規則通りに自転車を押して二の丸の馬場を目指した。

 

※ この章の主な登場人物
•大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
•穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
•緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
•平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
•姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
•児玉元帥
•森ノ宮親王
•ヨイチ               児玉元帥の副官
•マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
•アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項
•扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
•カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
•グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略

 
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