銀河太平記

武者走走九郎or大橋むつお

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148『及川軍平走る』

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銀河太平記

148『及川軍平走る』及川軍平 




 舐められている!

 グチャ


 口には出さないが、電信文を握りつぶした手には力が籠りすぎている。

「お、お預かりします」

 手を差し伸ばした通信員の目は困惑している。

 漢明の攻撃を予想して、三日前から災害対策本部を設置している。軍事攻撃を受けても自治体が設置できる司令部は『災害対策本部』の名称しか付けられない。地方自治法に明記されているからだ。数千、数万の犠牲者が出る軍事攻撃を受けても、日本国政府は地震や台風と同じ『災害』という名称しか使わせない。

 砲弾やミサイルやパルス波が飛び交い、本部が血まみれの特設救急病院(世界の常識では野戦病院)を兼ね、五分おきに死者や再生不能のロボットが出ても、戦争と戦争を思わせる名称は使えない。

 元来が通産官僚だったから、役所の杓子定規や前例主義には慣れている。

 しかし、現実に敵に上陸され蹂躙の限りを尽くされ、この三日で万余の犠牲者を出しても、日本政府の対応は変わらない。

―― 繰り返し、政府は遺憾の意を表明し、漢明政府との折衝を重ねつつあり。西之島開発特例法によって島の警備警察権は一義的に西之島自治政府の属すところである。貴職にあっては自治政府特別市の市長職として島の安全と掌握に務められることを望む。重傷者の移送、救援物資の搬入については漢明政府と引き続き折衝中につき、貴職において単独に漢明軍、漢明政府との交渉協議は控えられたし。――

 切望していた救援軍派遣要請については黙殺された――西之島開発特例法によって島の警備警察権は一義的に西之島自治政府の属すところである――と毎回書いているのは――国としては島の防衛には関わらないという意味だ。

 パルス鉱の採掘と販売に関して島の独立性を、あの手この手で勝ち取ってきたことの日本政府の意趣返しだ。

 ひょっとしたら、島のパルス鉱についても、日本政府と漢明政府との間には密約があるのかもしれない。

「市長、附則です……」

 通信係りが、もう一枚の通信紙を差し出す。

―― 戦傷者、戦死者の表記は不適、被災者、災害関連死者(略称・死者)とされたし ――

「くそ!」

 さらに力を加えて通信紙を握りつぶす。

 通信係りは、それを丁寧に伸ばして日報に綴じていく。

 日ごろの通信はデジタルデバイスを使ってインタフェイスに表示する。

 しかし、三日前からは、それに合わせてアナログの通信文を残すように指示した。モミクチャに握りつぶした痕や、血や涙やヨダレの痕がリアルに残せるからだ。通信というのは、その内容以外に、どんな気持ちで、それに接したかということが重要だと思ったからだ。

 子どもの頃、父に連れられてアメリカの戦争博物館に行ったことがある。アメリカらしく、功績の有った戦車や軍用機をピカピカにして並べていて、兵器の新旧など分からない子供には大きなおもちゃの展示場で、「わースゲー!」「かっこいい!」を連発していた。

 ショックだったのは、文書資料室だ。

 文書の中身はデジタルでいくらでも検索できるが、200年前に書かれたメモや日記、通信文が訴えかけてくる力は圧倒的だった。汗や血にまみれ、変色し、あるいは千切れ、あるいはシワクチャにヨレた姿は、記載された内容よりも雄弁だった。どこから手に入れたのか、事故で沈没した日本の潜水艇の艇長が死の直前まで書き綴った手帳が展示されていた。薄れゆく意識、酸欠の苦しさの中で、艇長は艇内の状況、事故原因の推測などを細かく記載していた。最後の一ページは、もう文字の体裁を成しておらず、内容も不明だったが、前頁で最も雄弁だった。

 翻って日本の文書保管は無機質だ。

 ネットでのアーカイブ検索が主流だ。むろん、三度に渡る大戦のアナログ資料を検索することもできるが、数を当るのにはデジタルのアーカイブだ。だから、この西之島がどうなろうとも、アナログの記録を残そうと決心した。 



「南に行ってくる」



「市長!」

 助役が顔色を変える、他の職員もこちらを向いたり、思わず作業の手が停まったりしている。

 敵弾飛び交う中を、市役所のシェルターから出ることさえ無謀なのだ。最前線の南(カンパニーの略称)に行くなど、ほとんど自殺行為だ。

「写真を撮ります」

 通信係が、通信文の綴りを置いてカメラ機能にしたハンベを向ける。

「ああ、そうだった。ありのままに撮ってくれたまえ」

 通信文だけではない、折に触れて本部の写真を残している。わたしが行動を起こす時は、必ずわたし一人の写真を撮る。

 意味は通信文と同じだ。

 カシャ

「いつも笑顔のピースサインなんですね……」

「これ以外は、証明写真用の仏頂面しかできなくてね」

「お気をつけて」

「大丈夫さ。四年前、ナバホ村のインディアンに追いかけまわされたことを思えば(100『及川軍平の遭難』)なんでもない」

「インディアン?」

 採用二年目の通信係は市議会議長のマヌエリトが、めちゃくちゃ怖いナバホの酋長だったことを知らない。

「いや、なんでもないさ」



 本部のみんなに手を振って、徒歩で南に向かう。



 途中、分隊ぐるみ壊滅させられた敵の遺棄死体や残骸を見る。水浸しの上に大きな岩石がいくつも転がっている。

 自然ながけ崩れではないだろう、ナバホ村かカンパニーか、いや、フートンの水滸伝好きたちか。仲間たちは、まだまだ意気軒高だ。その意気のまま、敵の攻撃を受けることも無くカンパニーのシェルターに着くことができた。


「氷室社長! いや、睦仁王殿下! 義軍徴募の令旨を出してください!」


 わたしの大時代な要請に秋宮空子(ときのみやそらこ)内親王殿下の玄孫は目を丸くした。



 ☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
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