銀河太平記

３０７『殿下の隠れ家と上海の吉野パイセンと』

銀河太平記

３０７『殿下の隠れ家と上海の吉野パイセンと』　ツナカン




　殿下の隠れ家は大連の南だったっス。

　大連は黄海に突き出た海亀の横顔みたいで、その顎のところにあるっス。顎のところは丘とか山で市街地からは離れてるっス。あたりは自然公園に指定されていて、所どころに金持ちの別荘が建っていて、隠れ家は、そういう別荘の一つ、中くらいの洋館っス。

　北京の中南海じゃ、殿下の姿を見た嬉しさにいきなり飛び出しちまって騒ぎになっちまったんで、今度は慎重にやるっス。

　とりあえず、洋館の周囲を周っておおよその構造、間取り、警備のレベルを調べたっス。

　踏み込むのは簡単っス。ただ、殿下は記憶を無くしてるみたいで無理は禁物っス。木の上や他の別荘とかに潜り込んで様子を見ること三日っス。

　殿下は、時おり散歩する以外は、ハンベや屋敷のモニターで排日運動の様子を見ているっス。

　たぶん……記憶が戻りかけてるっス。

　少なくとも、自分が日本に関わりの深い人間で、排日運動の高まりに胸を痛めているって感じっス。
　お付きの女士官は人柄もいいようで、親身にお世話、それも過剰にならないように気を付けているみたいで、取りあえずは安心。

　殿下のハンベに自分のを同期させて、ほぼほぼ同じのを見るっス。

　上海、南京、重慶なんかで盛り上がってるっス、その中でも特に上海。

　我が先輩の吉野さん、南朝は後醍醐天皇の子孫であるとぶち上げて、残留日本人を取りまとめてるっス。


『八尾さん、まだ日本政府は救援には来れんのか！？』

『あかん、漢明政府と折衝ばっかりやっとる。殺生な話や』

『洒落とる場合か。食料も水も半月も持たん、日本への移動時間も考えたら心もとにゃーのじゃにゃーか』

『そうやけどなあ……』

『シミャールカンパニーの力でどうにかならんのか。今は、なんとか持ちこてゃーとるけど、こんど力攻めにされたらもたんぞ』

『会社の名前、訛っとるで』

『殿下、ご報告！』

　なんだ、あのオッサンは？　

　ひとり言を言うと、AIが反応して「上海領事館の三枝二等書記官、領事館が襲われて逃げて来た男です。ちなみに領事は行方不明、現地採用の職員と雇員が三名殺されました」と教えてくれたっス。

『なんでゃー、三枝二等書記官？』

　肩書付きで質問する吉野パイセン――領事館も日本政府もしっかりしろ！――の気持ちが籠ってるっス。

『寧波（ニンポー）から３０人脱出してきて合流を希望しております』

　ガチャ！

　吉野さん椅子を蹴って立ち上がったっス。

『寧波の避難所はなにもしとらんのか！？』

『てんでバラバラになったようです。一部は海に逃げたようですが詳細は分かりません』

『殿下、ご報告！』

　別のオッサンが来たと思ったらAIが武漢避難民代表田中何某と教えてくれるっス。

『武漢でもなにかあったのきゃー？』

『いえ、武漢はなにも』

『おとついから音信不通と聞いとるけど』

『武漢のことはええ、それより用件を言いさらせ！』

　八尾さん河内弁丸出し。

『二番ゲートに青島の避難民が……８００あまり』

『青島もアカンのきゃー！？』

　青島は大連のある遼東半島の向かい、山東半島の一級都市っス、シマイルサイダーも作ってるっス。あそこがダメなら、かなりの人数がこの大連にも来るっス。大人数が避難するには飛行機よりも船が向いてるっス！

『８００も引き受ける余裕はにゃーぞ、寧波の３０人ならまだしもよー』

『いえ……』

『なんやねん、二等書記官どの』

『３０というのは、さっき確認した人数で、後続の人数までは……』

『もぉお……吉野尊治、自分の目で確かめにいくでぇ。みんな付いて来るように！』

『吉野はん！？』

『営業は自分の足で、シミャールカンパニーのモットーじゃあらせんかぁ、八尾さん』

『せやけど』

　八尾さんの心配はよく分かるっス。この不穏な状況、なにが起こるか分からねえっス。

『殿下が視察にお出ましじゃ！　お車をお出ししろ！』

　二等書記官がエラソーに外の人間に命じるっス。

『いや、ケッタマシンで行きゃーす、お気遣いのう』

『ケッタマシン？』

　八尾さん以外は、みんな『？』っス。

　自分は分かるっス、ケッタマシンとはチャリンコのことっす！　自転車のことっス！

　押しつけ親王殿下をやらされながらも、シマイルカンパニー営業職の誇りを持っていやがるっス、吉野パイセン！　なんか、目頭が熱くなってくるっス！

　AIカメラは吉野、八尾両パイセンをフォロー、その後をポンコツのやつらが付いていくっス。

　ケッタマシンの列は古北エリアの水城南路を西に進むっス、困った者は人でもロボットでも野良猫でも見過ごしはしないのがシマイルカンパニーっス。どこかうちの船長とも重なっちまって、涙が止まらねえっス。

　これは、はるか昔、この自分の首にナイフを突きつけながらケツの温もりを感じさせてくれた宇宙海賊メアリ・アン・アルルカンと同じっス！

　この任務が無かったら、今すぐにでも上海に飛んで行きたかったっス！

　そして、吉野パイセン一行は第二ゲートの上に着いたっス。

　万歳！　万歳！　万歳！　尊治親王殿下万歳！

　歓呼の声が上がるっス。

　吉野パイセン、こんな扱いは望んでないっス。

　吉野パイセンは、ツナカンにとっても神さまっス。でも、南朝末裔の親王殿下なんかじゃないっス。

　吉野パイセンは、営業の神さまっス！　それを在留日本人を危機から救うために真偽あやふやなまま親王になったっス。

　思わずツナカンはアカシアの木の上から敬礼を送ったっス(''◇'')ゞ！

　パンパン

　え？

　乾いた音がしたかと思うと、吉野パイセンはゲートの上から落ちて行ったっス。

　
　え……え…………ええ(;゜□゜)！！？

　


☆彡主な登場人物

大石　一　（おおいし　いち）　　　　扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山　彦　（あなやま　ひこ）　　　　扶桑幕府北町奉行所与力　扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
緒方　未来（おがた　みく）　　　　 ピタゴラス診療所女医、　一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀　照　（ひらが　てる）　　　　　扶桑科学研究所博士　
加藤　恵　　　　　　　　　　　　　天狗党のメンバー　　緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ（あねざきすみれ）　　　　扶桑第三高校の教師、四人の担任　じつは山野勘十郎　月で死亡
扶桑　道隆　　　　　　　　　　　　 扶桑幕府将軍
本多　兵二（ほんだ　へいじ）　　　　 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶　　　　　　　　　　　　　　　　小姓頭
児玉元帥（児玉隆三）　　　　　　　　 地球に帰還してからは越萌マイ
孫　悟兵（孫大人）　　　　　　　　　 児玉元帥の友人　乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない　JR東と西のオーナー　
テムジン　　　　　　　　　　　　　　モンゴル草原の英雄、孫大人の古い友人　　　　　　
森ノ宮茂仁親王　　　　　　　　　　　心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ　　　　　　　　　　　　　　　児玉元帥の副官
マーク　　　　　　　　　　　　　　　ファルコンZ船長　他に乗員（コスモス・越萌メイ　バルス　ミナホ　ポチ）
アルルカン（メアリ・アン・アルルカン）　　　銀河系一の賞金首のパイレーツクィーン
氷室（氷室　睦仁）　　　　　　　　　 西ノ島 　氷室カンパニー社長（部下＝シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平）　島守を称す（270から）
村長（マヌエリト）　　　　　　　　　 西ノ島　ナバホ村村長
主席（周　温雷）　　　　　　　　　　 西ノ島　フートンの代表者
及川　軍平　　　　　　　　　　　　　西之島市市長
須磨宮心子内親王（ココちゃん）　　　 今上陛下の妹宮の娘
劉　宏　　　　　　　　　　　　　　　漢明国大統領　満漢戦争の英雄的指揮官　PI後　王春華のボディ
王　春華　　　　　　　　　　　　　　漢明国大統領付き通訳兼秘書　JR西のボディー　劉宏にPI
胡　盛媛　中尉　　　　　　　　　　　胡盛徳大佐の養女
栗　尊宅（りつそんたく）　　　　　　 輸送船の船長　　大統領府参与
朱　元尚　少将　　　　　　　　　　　ホトケノザ採掘基地の責任者　胡盛徳大佐の部下だった

※　重要事項

扶桑政府　　　　　火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ　　　　　　扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略　　百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信　　　　　修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島　　　　　　硫黄島近くの火山島　パルス鉱石の産地
パルス鉱　　　　　２３世紀の主要エネルギー源（パルス　パルスラ　パルスガ　パルスギ）
氷室神社　　　　　シゲがカンパニーの南端に作った神社　御祭神＝秋宮空子内親王
ピタゴラス　　　　月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地　他にパスカル・プラトン・アルキメデス
奥の院　　　　　　扶桑城啓林の奥にある祖廟