1 / 106
1『序章 事故・1』
しおりを挟む
RE.乃木坂学院高校演劇部物語
1『序章 事故・1』
ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!
タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げて、大道具は転げ落ちた。
一瞬みんながフリ-ズした。
「あっ!」
思わず声が出た。
講堂「乃木坂ホール」の外。十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ている。
「潤香先輩!」
思わず駆け寄って大道具を持ち上げる! 頑丈に作った大道具はビクともしない!
「何やってんの、みんな手伝って!」
フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。
「潤香!」
「潤香先輩!」
ズサッ!
皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。
「潤香……だめ、息してない!」
マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。
「きゅ、救急車呼びましょうか……」
蚊の泣くような声しか出ない。
「呼んで!」
マリ先生は厳しくも冷静に命じ、わたしは弾かれたように中庭の隅に飛んで携帯をとりだした。
一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴(かりん)の姿が見えて……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この事故現場を照らし出していた。
ロビーの時計が八時を指した。
病院の時計だから、時報の音が鳴ったわけじゃない。心配でたまらない私たちは、病院の廊下の奥を見ているか、時計を見ているしかなかった。
ロビーには、わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。
あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。
外に出た何人かは、そのままエントランスのアプローチあたりから中の様子を窺っている気配。
ついさっきも部長の峰岸さんからメールが入ったところだ。
わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているんだ。
時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、潤香先輩のお母さんとマリ先生、教頭先生がやってきた。
「なんだ、まだいたのか」
バーコードの教頭先生の言葉はシカトする。
「潤香先輩、どうなんですか?」
マリ先生は許可を得るように教頭先生とお母さんに目を向けて、それから答えてくれた。
「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」
ハンカチで涙を拭うお母さん。
「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにが……ですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」
「よ、よかった……」
里沙がつぶやいた。
「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」
お母さんは、里沙に安堵の顔を向ける。
「ですね、今年の春だって自分で怪我をねじ伏せた感じだったし。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」
マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。
ウワーーン(;´༎ຶ༎ຶ`)!!
夏鈴が爆発した。
夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめた。それに驚いて、夏鈴は一瞬泣きやんだが、すぐに、自販機とのデュオになり、みんなはクスクスと笑い出した。
1『序章 事故・1』
ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!
タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げて、大道具は転げ落ちた。
一瞬みんながフリ-ズした。
「あっ!」
思わず声が出た。
講堂「乃木坂ホール」の外。十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ている。
「潤香先輩!」
思わず駆け寄って大道具を持ち上げる! 頑丈に作った大道具はビクともしない!
「何やってんの、みんな手伝って!」
フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。
「潤香!」
「潤香先輩!」
ズサッ!
皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。
「潤香……だめ、息してない!」
マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。
「きゅ、救急車呼びましょうか……」
蚊の泣くような声しか出ない。
「呼んで!」
マリ先生は厳しくも冷静に命じ、わたしは弾かれたように中庭の隅に飛んで携帯をとりだした。
一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴(かりん)の姿が見えて……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この事故現場を照らし出していた。
ロビーの時計が八時を指した。
病院の時計だから、時報の音が鳴ったわけじゃない。心配でたまらない私たちは、病院の廊下の奥を見ているか、時計を見ているしかなかった。
ロビーには、わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。
あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。
外に出た何人かは、そのままエントランスのアプローチあたりから中の様子を窺っている気配。
ついさっきも部長の峰岸さんからメールが入ったところだ。
わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているんだ。
時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、潤香先輩のお母さんとマリ先生、教頭先生がやってきた。
「なんだ、まだいたのか」
バーコードの教頭先生の言葉はシカトする。
「潤香先輩、どうなんですか?」
マリ先生は許可を得るように教頭先生とお母さんに目を向けて、それから答えてくれた。
「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」
ハンカチで涙を拭うお母さん。
「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにが……ですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」
「よ、よかった……」
里沙がつぶやいた。
「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」
お母さんは、里沙に安堵の顔を向ける。
「ですね、今年の春だって自分で怪我をねじ伏せた感じだったし。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」
マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。
ウワーーン(;´༎ຶ༎ຶ`)!!
夏鈴が爆発した。
夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめた。それに驚いて、夏鈴は一瞬泣きやんだが、すぐに、自販機とのデュオになり、みんなはクスクスと笑い出した。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる