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69『胡蝶蘭と黄色いハンカチ』
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RE.乃木坂学院高校演劇部物語
69『胡蝶蘭と黄色いハンカチ』
「遅いなあ……もう三分も遅れてる」
里沙がぼやいた。
「仕方ないよ、お誕生日祝いかさばるんだもん……」
夏鈴を弁護した。
誕生日の良き日は日曜だったので、わたしたちは病院のロビーで待ち合わせしている。
三年前に建て替えられた病院はピカピカで、吹き抜けのロビーの南側は一面のガラス張りになっていて、一月も半ば過ぎだとは思えない暖かさ。これでシートが劇場みたいでなければ、ちょっとしたリゾートホテルみたい……。
「寝るな、まどか」
「あ、ごめん、ついウトウトして(^_^;)」
「まどかは病院慣れしてるんだ」
「あ、その言い方は、ちょっと傷つくかも……」
「あ、ごめんごめん」
里沙は病院が嫌いなわけじゃない、物事が計画通りに進まないことに、ちょびっとだけイラついている。夏鈴はのんびり屋さんだし、わたしは、その中間ぐらいだし。いい組み合わせなんだ。
「あ、君たち乃木坂の……」
潤香先輩のお父さんとお母さんが並んでエレベーターから出てきた。今まで看病されていたんだろうね。
「よく来てくれているのね。紀香が言ってた。本当にありがとう」
「いいえ、潤香先輩はわたしたちの希望の星ですから!」
待っていた分、思いが募って宣言するみたいに立ち上がる里沙。あ、わたしも挨拶しなきゃ!
「今日は先輩のお誕生日なんですよね。おめでとうございます!」
少し後悔した。今年の誕生日はそんなにめでたくもないことなのに。やっぱ、わたしは口先女だ。
「覚えていてくれたのね、ありがとう!」
「いま、親子四人で、ささやかにお祝いしたとこなんだよ!」
ご両親で喜んでくださって一安心。
「さ、どうぞ上がってちょうだい。紀香も一人だから喜ぶわ」
「もう一人来ますんで、揃ってから伺います」
「そう、じゃ、わたしたち、これで失礼するけど。ゆっくりしてってちょうだいね」
夏鈴が入れ違いにやってきて、やっと潤夏先輩の病室へ。
「えー! こんなのもらっていいのぉ? 高かったでしょう?」
一抱えもある胡蝶蘭……の造花に、お姉さんは驚きの声をあげた。
「いいえ、造花ですし、お父さんの仕事関係だから安くしてもらったんです」
夏鈴が正直に答える。
「知ってるわ、ネットで検索したことがある。考えたわね、病人のお見舞いに鉢植えは禁物なんだけど、造花ならいけるもんね。おまけに抗菌作用まであるんだもん。だれが考えたの?」
「はい、わたしです!」
「まあ、夏鈴ちゃんが」
「それに、潤香先輩が良くなったら、これを小道具にしてお芝居できたら……いいなって」
「ありがとう、里沙ちゃんも」
おいしいとこを、二人にもっていかれて、わたしは言葉が出ない。
自然に潤香先輩に目がいく。
「先輩の髪の毛、また伸びましたね」
「そうよ、宝塚の男役ぐらい。もう、クソボウズなんて言えなくなっちゃった」
「先輩って、どんな髪にしても似合うんですよね。わたしなんか、頭のカタチ悪いから伸ばしてなきゃ、みっともなくって」
里沙と夏鈴が同時にうなずく。あんたたちねえ……!
「ハハ、そんなことないわよ。あなたたちの年頃って、欠点ばかり目につくものよ。どうってないことでも、そう思えちゃう。わたしも、そうだった……潤香もね」
「色の白いの気にしてたんですよね……こんなに美白美人なのに」
「なんだか……眠れるジャンヌダルクですね!」
わたしってば、ナーバスになっちゃって、自分がいま思いついてクチバシッタ言葉にウルっときちゃった。
「ジャンヌダルク……なんだか、おいしそうなスゥイーツみたい」
「人の名前だわよ。グリム童話に出てくるでしょうが!」
二人がうしろで漫才を始めた……と、そのとき、潤香先輩の左手の小指がピクリと動いた!
「……いま、指が動きましたよ!」
「え……うそ……潤香!……潤香あ!」
そのあと、お医者さんがきて脳波検査をやった。
微かだけど反応が続いた。
「実はね、昨日貴崎先生がいらっしゃったの……」
脳波計を見つめながら、紀香さんが口を開いた。
「誕生日だと、両親も来るし、あなたたちも来るかも知れないって……前日にね」
「先生……どんな様子でした?」
「先生は……普通よ、元気で明るくって……そうだ!?」
紀香さんは、ベッドの脇から一枚の黄色いハンカチを取り出した。
それは、紛れもなく、神々しいまでの貴崎イエロー!
「そう、貴崎先生がね。お祖母様のために巣鴨のとげ抜き地蔵に行ってね、洗い観音さまを洗ったハンカチ。お祖母様は腰だけど、潤香のことを思い出されてね、潤香のためにね、このハンカチで観音さまの頭を洗ってくださって……ほんの、おまじないですって置いていかれたの。で、あなたたちが来る直前に潤香、汗かいてたから、これでオデコ拭いて……でも、あなたたちも胡蝶蘭の造花持ってきてくれたわよね!」
「これは、今日の誕生花が胡蝶蘭だったから……」
「そんなに誇張して考えなくても」
また、うしろで絶好調な漫才が始まりかけた。
そこに、知らせを聞いたお父さんとお母さんが戻ってこられて、病室は嬉しい大混乱になりました。
☆ 主な登場人物
仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
坂東はるか 真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
芹沢 紀香 潤香の姉
貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
貴崎 サキ 貴崎マリの妹
大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
南 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問
まどかの家族 父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
69『胡蝶蘭と黄色いハンカチ』
「遅いなあ……もう三分も遅れてる」
里沙がぼやいた。
「仕方ないよ、お誕生日祝いかさばるんだもん……」
夏鈴を弁護した。
誕生日の良き日は日曜だったので、わたしたちは病院のロビーで待ち合わせしている。
三年前に建て替えられた病院はピカピカで、吹き抜けのロビーの南側は一面のガラス張りになっていて、一月も半ば過ぎだとは思えない暖かさ。これでシートが劇場みたいでなければ、ちょっとしたリゾートホテルみたい……。
「寝るな、まどか」
「あ、ごめん、ついウトウトして(^_^;)」
「まどかは病院慣れしてるんだ」
「あ、その言い方は、ちょっと傷つくかも……」
「あ、ごめんごめん」
里沙は病院が嫌いなわけじゃない、物事が計画通りに進まないことに、ちょびっとだけイラついている。夏鈴はのんびり屋さんだし、わたしは、その中間ぐらいだし。いい組み合わせなんだ。
「あ、君たち乃木坂の……」
潤香先輩のお父さんとお母さんが並んでエレベーターから出てきた。今まで看病されていたんだろうね。
「よく来てくれているのね。紀香が言ってた。本当にありがとう」
「いいえ、潤香先輩はわたしたちの希望の星ですから!」
待っていた分、思いが募って宣言するみたいに立ち上がる里沙。あ、わたしも挨拶しなきゃ!
「今日は先輩のお誕生日なんですよね。おめでとうございます!」
少し後悔した。今年の誕生日はそんなにめでたくもないことなのに。やっぱ、わたしは口先女だ。
「覚えていてくれたのね、ありがとう!」
「いま、親子四人で、ささやかにお祝いしたとこなんだよ!」
ご両親で喜んでくださって一安心。
「さ、どうぞ上がってちょうだい。紀香も一人だから喜ぶわ」
「もう一人来ますんで、揃ってから伺います」
「そう、じゃ、わたしたち、これで失礼するけど。ゆっくりしてってちょうだいね」
夏鈴が入れ違いにやってきて、やっと潤夏先輩の病室へ。
「えー! こんなのもらっていいのぉ? 高かったでしょう?」
一抱えもある胡蝶蘭……の造花に、お姉さんは驚きの声をあげた。
「いいえ、造花ですし、お父さんの仕事関係だから安くしてもらったんです」
夏鈴が正直に答える。
「知ってるわ、ネットで検索したことがある。考えたわね、病人のお見舞いに鉢植えは禁物なんだけど、造花ならいけるもんね。おまけに抗菌作用まであるんだもん。だれが考えたの?」
「はい、わたしです!」
「まあ、夏鈴ちゃんが」
「それに、潤香先輩が良くなったら、これを小道具にしてお芝居できたら……いいなって」
「ありがとう、里沙ちゃんも」
おいしいとこを、二人にもっていかれて、わたしは言葉が出ない。
自然に潤香先輩に目がいく。
「先輩の髪の毛、また伸びましたね」
「そうよ、宝塚の男役ぐらい。もう、クソボウズなんて言えなくなっちゃった」
「先輩って、どんな髪にしても似合うんですよね。わたしなんか、頭のカタチ悪いから伸ばしてなきゃ、みっともなくって」
里沙と夏鈴が同時にうなずく。あんたたちねえ……!
「ハハ、そんなことないわよ。あなたたちの年頃って、欠点ばかり目につくものよ。どうってないことでも、そう思えちゃう。わたしも、そうだった……潤香もね」
「色の白いの気にしてたんですよね……こんなに美白美人なのに」
「なんだか……眠れるジャンヌダルクですね!」
わたしってば、ナーバスになっちゃって、自分がいま思いついてクチバシッタ言葉にウルっときちゃった。
「ジャンヌダルク……なんだか、おいしそうなスゥイーツみたい」
「人の名前だわよ。グリム童話に出てくるでしょうが!」
二人がうしろで漫才を始めた……と、そのとき、潤香先輩の左手の小指がピクリと動いた!
「……いま、指が動きましたよ!」
「え……うそ……潤香!……潤香あ!」
そのあと、お医者さんがきて脳波検査をやった。
微かだけど反応が続いた。
「実はね、昨日貴崎先生がいらっしゃったの……」
脳波計を見つめながら、紀香さんが口を開いた。
「誕生日だと、両親も来るし、あなたたちも来るかも知れないって……前日にね」
「先生……どんな様子でした?」
「先生は……普通よ、元気で明るくって……そうだ!?」
紀香さんは、ベッドの脇から一枚の黄色いハンカチを取り出した。
それは、紛れもなく、神々しいまでの貴崎イエロー!
「そう、貴崎先生がね。お祖母様のために巣鴨のとげ抜き地蔵に行ってね、洗い観音さまを洗ったハンカチ。お祖母様は腰だけど、潤香のことを思い出されてね、潤香のためにね、このハンカチで観音さまの頭を洗ってくださって……ほんの、おまじないですって置いていかれたの。で、あなたたちが来る直前に潤香、汗かいてたから、これでオデコ拭いて……でも、あなたたちも胡蝶蘭の造花持ってきてくれたわよね!」
「これは、今日の誕生花が胡蝶蘭だったから……」
「そんなに誇張して考えなくても」
また、うしろで絶好調な漫才が始まりかけた。
そこに、知らせを聞いたお父さんとお母さんが戻ってこられて、病室は嬉しい大混乱になりました。
☆ 主な登場人物
仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
坂東はるか 真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
芹沢 紀香 潤香の姉
貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
貴崎 サキ 貴崎マリの妹
大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
南 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
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