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1[黎明の時・1]
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宇宙戦艦三笠
1[黎明の時・1]
ほんとだってば!
例年になく早い木枯らしをも吹き飛ばす勢いで天音が叫んだ。窓ガラスのガタピシは天音の叫びで一瞬のフォルテシモになった。
「だれも天音がウソ言ってるなんて……」
あとの言葉を続ける気力がなかった。天音は、オレがいい加減に聞いているとしか思わないだろう。
「だったら、ちゃんと聞けって!」
予想通りの反応だ。
オレとしては樟葉にふってほしかったんだけど、こういう時は樟葉は得だ。投げ出してボンヤリしていると、樟葉は一見クソまじめに見える。樟葉とは保育所の頃からいっしょだからよくわかる。きれいな足を揃えて腕組みした姿は、ひどく冷静に考えているように見える。だから天音は正直にボンヤリしているオレに突っかかってくる。
「だからさぁ、黒猫と白猫が路地から出てきたと思ったら茶色の猫が出てきて、トドメに三毛猫が出てきたって言うんだろ?」
「ちがう! 白猫が先で黒猫は後!」
「ああ、わりー、逆だったっけ。でもさ、そんなのブンケン(横須賀文化研究部)の研究成果として……発表できる?」
「ツカミだツカミ。あとは適当に、この秋に新装開店したお店の開店ご挨拶とかクーポンとかコピペして貼っときゃ分かんないだろ!」
「ああ、もう、そんな段階じゃないんだよ。明日、ここ軽音に明け渡さなきゃなんないんだからさ」
「最後に、ドバってかましてみようぜ。ネットなんて、一晩でヒットするかもしれないんだからさ!」
「宝くじ買うより確率低い……」
「もういい、あたし一人でやる!」
天音は、一人パソコンに向かってエンターキーを押した。
カチャカチャカチャカチャ……
で、数十秒後。
「……な、なんで、ブンケンのホームページ出てこんのだ!?」
「閉鎖したんだ。パソコンも初期化しちゃったし。それより、そろそろ時間。ロッカーの資料運ぶ。手伝って」
樟葉が立ち上がった。手にはスマホ。どうやら兄貴あたりに車を頼んでいたようだ。
バーン!!
ヒッ!
必要以上の力でロッカーを閉める。樟葉も、それなりに頭にはきているようだ。
ロッカーには、20年分のブンケンのアナログ資料がある。油壷マリンパーク、城ケ崎灯台、城ケ島、海軍カレー名店、ヴェルニー公園、三笠公園……そしてブンケンの発足時代の横須賀ドブ板通りの資料。
もともとは、前世期の終わりに出た横須賀を舞台にしたRPGにハマった先輩たち、それが、今で言う聖地巡礼みたいにして始めのがブンケン。
だから、初期の資料はハンパじゃない。ゲームが流行っていたころはテレビ局が取材に来たこともあったらしい。このアナログな資料は、きちんと整理すれば、オタクの間ではかなり貴重なお宝もあるとか。それで、これだけは一括して樟葉が保管して、みんなの気力が戻ったら処分して、パーッと一騒ぎしようということになっている。
だが、ここまで落ち込んじゃ、そんな気力が卒業までに湧くかどうか。
「じゃ、家のガレージに置いとくから、いつでも見に来いよ」
樟葉の兄貴が、運転席から手だけ振って車を出した。
車が坂下の角を曲がるまで俺たちは口を開かなかった。
「……トシ最後まで来なかったな」
「トシなら三本向こうの電柱の陰」
天音とそろって首を向けると、トシ(昭利)が白い息を盛大に吐きながら、自転車で駆け去った。トシはブンケンの部員だけど、ずっと引きこもりで学校そのものに来ていない。
「学校の傍まで来たんだから、トシくんにしちゃ進歩じゃないかな……ま、ここで解散しよう。わたし部室の鍵返してくるから、先に帰って。このさい連れションみたく列組むのはよそうね。はい、元気に一本締め……いくよ!」
パン!
締めだけはきまったけど、たった三人じゃ意気上がらないことおびただしい。ま、今さら意気挙げてどーするってこともある。
天音は、サッサと駅に向かった。
樟葉は――ここで解散――と背中で念を押してカギを返しにいく。
俺は木枯らしの空を一瞥、首をすくめてチンタラ歩きだす。足早に校内に戻った樟葉の気配は消えて、天音の姿はすでに視界の中には無い。
せめて胸張って歩きたかったけど、朝の暖かさに油断してマフラーを忘れた。背中が丸いのは、気の早い木枯らしのせいで、落ち込んでるわけじゃない……。
そう思ってみても、背中を丸めていると、ひどく湿気って落ち込んだ気分になってくる。
やがて、天音が三匹の猫を見たというドブ板の横丁まで来た。
すると、黒い猫が道を横切り、続いて白い猫、そして茶色の猫……でもって、次に三毛猫が横断している。
ニャー
猫語で挨拶してみる。
『元気出してニャ』
「お、おう」
え、喋…………った? 猫が?
ミャー
今度は猫語で返して、尻尾を一回だけ振って行ってしまった。
猫が喋るわけねえし……錯覚、錯覚。
思いなおして前を向こうとしたら、路地に入ったばかりの猫たちが戻ってきて、後足で直立したかと思うと、ビシッと敬礼を決め、思わず答礼すると、ニコッと笑って行ってしまった。
え…………?
木枯らしの合間に気の早いジングルベルがさんざめいて年の瀬の予感。
ひょっとしたら、このとき、それはもう始まっていたのかも知れない……。
☆彡 主な登場人物
修一 横須賀国際高校二年
樟葉 横須賀国際高校二年
天音 横須賀国際高校二年
トシ(昭利) 横須賀国際高校一年
1[黎明の時・1]
ほんとだってば!
例年になく早い木枯らしをも吹き飛ばす勢いで天音が叫んだ。窓ガラスのガタピシは天音の叫びで一瞬のフォルテシモになった。
「だれも天音がウソ言ってるなんて……」
あとの言葉を続ける気力がなかった。天音は、オレがいい加減に聞いているとしか思わないだろう。
「だったら、ちゃんと聞けって!」
予想通りの反応だ。
オレとしては樟葉にふってほしかったんだけど、こういう時は樟葉は得だ。投げ出してボンヤリしていると、樟葉は一見クソまじめに見える。樟葉とは保育所の頃からいっしょだからよくわかる。きれいな足を揃えて腕組みした姿は、ひどく冷静に考えているように見える。だから天音は正直にボンヤリしているオレに突っかかってくる。
「だからさぁ、黒猫と白猫が路地から出てきたと思ったら茶色の猫が出てきて、トドメに三毛猫が出てきたって言うんだろ?」
「ちがう! 白猫が先で黒猫は後!」
「ああ、わりー、逆だったっけ。でもさ、そんなのブンケン(横須賀文化研究部)の研究成果として……発表できる?」
「ツカミだツカミ。あとは適当に、この秋に新装開店したお店の開店ご挨拶とかクーポンとかコピペして貼っときゃ分かんないだろ!」
「ああ、もう、そんな段階じゃないんだよ。明日、ここ軽音に明け渡さなきゃなんないんだからさ」
「最後に、ドバってかましてみようぜ。ネットなんて、一晩でヒットするかもしれないんだからさ!」
「宝くじ買うより確率低い……」
「もういい、あたし一人でやる!」
天音は、一人パソコンに向かってエンターキーを押した。
カチャカチャカチャカチャ……
で、数十秒後。
「……な、なんで、ブンケンのホームページ出てこんのだ!?」
「閉鎖したんだ。パソコンも初期化しちゃったし。それより、そろそろ時間。ロッカーの資料運ぶ。手伝って」
樟葉が立ち上がった。手にはスマホ。どうやら兄貴あたりに車を頼んでいたようだ。
バーン!!
ヒッ!
必要以上の力でロッカーを閉める。樟葉も、それなりに頭にはきているようだ。
ロッカーには、20年分のブンケンのアナログ資料がある。油壷マリンパーク、城ケ崎灯台、城ケ島、海軍カレー名店、ヴェルニー公園、三笠公園……そしてブンケンの発足時代の横須賀ドブ板通りの資料。
もともとは、前世期の終わりに出た横須賀を舞台にしたRPGにハマった先輩たち、それが、今で言う聖地巡礼みたいにして始めのがブンケン。
だから、初期の資料はハンパじゃない。ゲームが流行っていたころはテレビ局が取材に来たこともあったらしい。このアナログな資料は、きちんと整理すれば、オタクの間ではかなり貴重なお宝もあるとか。それで、これだけは一括して樟葉が保管して、みんなの気力が戻ったら処分して、パーッと一騒ぎしようということになっている。
だが、ここまで落ち込んじゃ、そんな気力が卒業までに湧くかどうか。
「じゃ、家のガレージに置いとくから、いつでも見に来いよ」
樟葉の兄貴が、運転席から手だけ振って車を出した。
車が坂下の角を曲がるまで俺たちは口を開かなかった。
「……トシ最後まで来なかったな」
「トシなら三本向こうの電柱の陰」
天音とそろって首を向けると、トシ(昭利)が白い息を盛大に吐きながら、自転車で駆け去った。トシはブンケンの部員だけど、ずっと引きこもりで学校そのものに来ていない。
「学校の傍まで来たんだから、トシくんにしちゃ進歩じゃないかな……ま、ここで解散しよう。わたし部室の鍵返してくるから、先に帰って。このさい連れションみたく列組むのはよそうね。はい、元気に一本締め……いくよ!」
パン!
締めだけはきまったけど、たった三人じゃ意気上がらないことおびただしい。ま、今さら意気挙げてどーするってこともある。
天音は、サッサと駅に向かった。
樟葉は――ここで解散――と背中で念を押してカギを返しにいく。
俺は木枯らしの空を一瞥、首をすくめてチンタラ歩きだす。足早に校内に戻った樟葉の気配は消えて、天音の姿はすでに視界の中には無い。
せめて胸張って歩きたかったけど、朝の暖かさに油断してマフラーを忘れた。背中が丸いのは、気の早い木枯らしのせいで、落ち込んでるわけじゃない……。
そう思ってみても、背中を丸めていると、ひどく湿気って落ち込んだ気分になってくる。
やがて、天音が三匹の猫を見たというドブ板の横丁まで来た。
すると、黒い猫が道を横切り、続いて白い猫、そして茶色の猫……でもって、次に三毛猫が横断している。
ニャー
猫語で挨拶してみる。
『元気出してニャ』
「お、おう」
え、喋…………った? 猫が?
ミャー
今度は猫語で返して、尻尾を一回だけ振って行ってしまった。
猫が喋るわけねえし……錯覚、錯覚。
思いなおして前を向こうとしたら、路地に入ったばかりの猫たちが戻ってきて、後足で直立したかと思うと、ビシッと敬礼を決め、思わず答礼すると、ニコッと笑って行ってしまった。
え…………?
木枯らしの合間に気の早いジングルベルがさんざめいて年の瀬の予感。
ひょっとしたら、このとき、それはもう始まっていたのかも知れない……。
☆彡 主な登場人物
修一 横須賀国際高校二年
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