漆黒のブリュンヒルデ

武者走走九郎or大橋むつお

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001『我が名はブリュンヒルデなるぞ!』

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漆黒のブリュンヒルデ

001『我が名はブリュンヒルデなるぞ!』 

 

 

 主神オーディンの娘にしてヴァルキリアの主将! 堕天使の宿命を背負いし漆黒の姫騎士! 

 我が名はブリュンヒルデなるぞ!

 
 佩刀オリハルコンを抜き放ち、天をも貫く勢いで大上段に構えられると、かくも雄々しく姫は名乗りを上げられました。たちまちのうちに雷鳴響き稲妻が走ると御佩刀オリハルコンにまとい付き、姫の憤怒を荘厳いたします。姫の憤怒は、もはや御身の内に留まること能わず、御身に負われた数十の傷口から血と共に噴き出し、雷に短絡せしめられ、御身の周りに血の虹を現出為さいます。

 姫の従者となって幾百年の年月を経ましたが、かように荒ぶり、かくも凄惨なお姿を拝するのは初めてでございます。

 凄惨ではございますが、そのお姿は鬼神でさえ、その凄絶な美しさにため息を漏らしたでありましょう。

 端女(はしため)の身は、むろんのこと、そのお姿を目にして息をすることさえ忘れるほどでございます。

 思えば、あの時、我が身の内の乏しい勇気を振り絞ってでもお停めすべきでありました。むろん、事がここに至ってしまった今になって思う後知恵にすぎないのではございます、辺境の魔王一匹助けたとて姫の運命は変わらなかったのかもしれません。わたくし自身、姫の凄絶な美しさに身を震わせていたのですから、姫の美しさは罪であります、いいえ、罪などと申すは言い訳と申すにも畏れ多く、ついには、姫を、この窮地に立たせてしまったのですから、この罪は万死に値します。

 
 グオーーーーー!!

 
 魔王が雄たけびを上げ、戦死者の骸を砂塵のように蹴散らして姫に切りかかりました。

 闘志からではありません、魔王は、姫の美しさに耐え切れなくなったのでございます。

 ブオン!!

 魔王の剣は虚しく空を切りました。

 むろん魔王は、正しく姫の正中を両断しておりましたが、それは虚しい残像でありました。姫は鬼神の勢いに勝る敏捷さで舞い上がり、刹那の後に魔王を切り伏せました。

 魔王は数十歩駆け抜けたところで二つ身になり、はるかバルハラからでも見えようほどの血潮を噴き上げて倒れてしまいました。

 わたしは、やっと、わななきながらも立ち上がり、エルベの水を満たした革袋を差し出しました。

 

「エルベの水をお持ちいたしました……」

 

「すまぬ、血まみれで最後の戦いに臨みたくないというのは見栄であったかもしれぬ。あまりの憤怒から古傷からも血を噴き出させてしまった」

「お身を清めさせていただきます」

「ああ、頼む。もう立っているのもやっとなのだ……」

「お寛ぎを」

「うむ……」

 膝をおつきになった姫の甲冑を解き、戦衣を寛げます。露わになったお体をエルベの水で清めて差し上げます。わたしが使える魔法は癒しの水を灌ぐここだけ。革袋に満たせば解呪するまで灌ぐことができよう、エルベの水は最高の効能があるのだから。魔王との戦いに間に合わせようと、それが、少し遅れてしまった。戦いが早くなってしまったためと……もう一つの理由。

「レイアの手は優しいなあ……母上の顔など憶えては居らぬが、きっと、このようなものでこそあったのであろうなあ……」

「身に余る例えに恐縮いたしますが、お喋りになっては、傷に障りますよ」

「いいのだ、レイアの声はエルベの水同様に身を癒してくれる。幼子のお喋りと許してくれ……これで、討ち死にした者たちも、無事に彼岸にたどり着いてくれるだろう、そう思うと少しは楽になる……こたびは2531人を送った。世界の魔を屠るためとはいえ……いや、こうやって戦いを重ねて行けばラグナロクは起こらない、父上もおっしゃった。『ブリュンヒルデが戦死者を選ぶのはけして無駄なことではない、おまえに選ばれれば、彼岸への往生は間違いないのだから』と……しかし、今度は一人子を320人も逝かせてしまった……レイアと仲の良かったアロヤも、やっと彼女ができたロイルも……お調子者のルイラも……」

「それぐらいになさいませ、これ以上お喋りになられるのなら、ムクゲの花で眠らせてしまいますよ」

「子どものころに、よくやられたなあ……気持ちよく眠れるが、三日も目覚めぬのではなあ……いや、それもいいか、こたびの戦は……堪えたからなあ」

「はい」

 いつもの五倍ほどの傷を負っておられた。傷口を塞ぐだけでも八倍の水を灌いでいる……早くしなければ。

「レイア」

「なんでございましょう」

「この水……なにか、語り掛けてくるぞ」

 

 不覚にも手が止まってしまいました……。

 

 
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