漆黒のブリュンヒルデ

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
20 / 84

020『集金さん』

しおりを挟む

漆黒のブリュンヒルデ

020『集金さん』 

 

 

 ピンポ~~ン

 ドアホンが鳴ったので、いいところに差し掛かった文庫にしおりを挟んで通話ボタンを押す。

 
 はい。

『こんにちは、赤旗の集金です』

 定年後十年はたったであろう、白髪交じりの元教師という感じの集金さんがモニターに映っている。

「いま、いきます」

 そう返事して、月間購読料の入った封筒を持って門まで出る。

「ご苦労さまです、えと……3497円ですね」

「はい……たしかに。領収書です」

「たいへんですね、だいぶ寒くなってきましたから」

「いえいえ、武笠さんはお変りもなく?」

 わたしも武笠さんなのだが、集金さんは祖父母の事を聞いているのだ。

「はい、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、あの齢でも仕事に恵まれて楽しそうです」

「そうですか、人間、仕事をやっているのが一番ですからね。あ、えと……じゃ」

 不器用な笑顔を残して集金さんは去っていった。先月は自転車で周っていたのに、今日は徒歩だ。遠ざかる後姿が微妙にギクシャク。

 脚を痛めて、自転車を控えているんだ。

 集金ぐらい祖父自身が出ればいいと思う。まあ、孫娘のわたしを間に立てることでプライドを支える一助になっているし、集金の相手をすることで孫娘の社会性を培っているという意識もあるのだろう。

「お向かいの敬ちゃんもあんなだしね」

 向かいの啓介が引きこもっていることを引き合いに出して正当化する。微妙な優越感がしのばれる、微苦笑することで返事に替える。

 門の脇に貼ってある『安倍政治を許さない』がはがれかけている。陳腐この上ないポスターなんだけど、祖父母のアイデンテティーオブジェの一つなので、画びょうを取りに行って補強する。

 お尻のあたりに視線を感じる……振り返ると、向かいの窓に啓介の片眼。

 バーカバーカ バーーカ

 口の形だけで言ってやる。

 チ、引っ込んじまいやがった。

 ん?

 電柱の陰に人影……どうやら赤旗の集金さんを追っている。

 で、こいつ……人の姿はしているが、妖だ。

 カーキ色の国民服、帽子を目深に被って、足音も立てずに集金さんが集金を終えると、同じだけ距離を取って身を隠す。

 
 集金さんが五件目の集金を終えたところで呼び止めた。

 
「それぐらいにしておけ」

「お、おまえは」

「おまえが付けてると、集金さんは、ますます体を悪くする」

「おまえは、あいつの正体を知っているのか?」

「赤旗の集金さんだ、うちも古くからの付き合いだ」

「共産党だぞ」

「そういうあんたは?」

「とっこうだ」

「ああ、飛行機に爆弾積んで敵艦にぶちあたる」

「その特攻じゃない」

「知ってるよ、特別高等警察」

「おそれいったか」

「そんなものに興味はない。お前の名前、言ってみろ」

「そんなもの、人に明かせるか」

「いつも特高で済ませてるから、忘れたんだろ、自分の名前」

「バカ言え、オレは……その手に乗るか」

「忘れたんだな」

「おまえごときに言う必要は無い(;'∀')」

「おまえは、伊地知虎雄だ」

「う……」

 一声唸ったかと思うと、伊地知は、隠れていた電柱の影に溶け込むように消えてしまった。

 
 集金さんは五件目の集金を終えると、普通に歩きだした。自分でも不思議なようだが、心も軽くなったのが後姿でも分かった。

 今年も残すところ三日だ。

 帰って文庫の続きを読もう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

処理中です...