漆黒のブリュンヒルデ

武者走走九郎or大橋むつお

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037『琥珀浄瓶・4』

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漆黒のブリュンヒルデ・037

『琥珀浄瓶・4』 

 

 

 東京全域で携帯電話が使えなくなった!

 
 71カ所ある携帯基地局の電源が全て落ちたからだ。

 すぐに全基地局の点検が行われた。携帯が使えないのはライフラインが止まったことと同義で、管理会社の作業車は都内全域から駆り出されたパトカーに先導されて現場に急行した。

 しかし、電源を落としたのはスクネとヒルデ。どちらも神である。

 神の御業は人の目や知識では認識不能だ。

「どこにも異常はありません!」

 基地局を周った担当者からは同じ答えが送信される。携帯以外の通信システム(固定電話、電信、パソコンなど)は生きているのだ。

 もう一つ異変が起こった。

 急性記憶障害に陥った者が、都内で数千人現れたのだ。

 自分の名前が分からなくなってしまい、ひとに呼ばれても返事をしなくなった。

 テレビやラジオのアナウンサーが番組の初めに名乗りを上げられずに立ち往生したり、銀行や病院で順番を待っていて、呼ばれても返事が出来ない者、宅配便が来て「~さん、宅配便です」と呼びかけられても分からない者、ご近所の人の挨拶されても返せない人などが続出。学校は武漢ウiルスで休校になっているところが多いので問題化することは少なかったが、携帯の不通とともに混乱をもたらした。

 その二つの問題に比べれば、ほとんど問題にはならなかったが、東京の上空に現れた七色に輝く雲が不気味がられた。
 雲の上に太陽が昇ってくると、太陽光は雲を通して照射されるので、地上は七色のマーブル模様にに照らされて、異様な雰囲気になる。
 太陽が雲の上を通過してしまうと、普通の日照りになるので、人々は「不気味だなあ」呟き、インスタ映えがすると言っては写真を撮るが、それを人に送って見せびらかすこともできないので、ちょっと詰まらないと舌を鳴らしたりため息をつくくらいであった。

 
 ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 
 その妖雲を見上げては盛大にため息をついているのがスクネとヒルデの二人の神さまだ。

 二人は世田谷八幡の拝殿の屋根に、武装も解かず、腕を組んで思案にふける。

「『寿限無』もダメでござったなあ」

 琥珀浄瓶は人の名を喰らうので、日本一長い名前とされている『寿限無』を食らわせてみたところだったのだ。『寿限無』にたどり着くまでには『死』とか『災』『悪』『毒』『傾』『倒』など縁起の悪い文字を含む名前を食らわせてみたが、ことごとく不発だった。

「狙いは悪くない、もっと奴の体を悪くするような名前を食らわせば、きっと中毒を起こす」

「しかし、もう種が……」

「大丈夫か、スクネ老人」

「かたじけない、少し立ち眩みがしたまでのこと」

 ヒルデは、老人を鰹木を枕にして寝かせてやった。

 
「あ、そんなところに居たニャ!」

 
 声がしたかと思うと、鳥居の所からねね子がジャンプしてきた。

「探したニャ、ここ三日ほど姿が見えなかったニャ……その姿は、戦闘モードなのかニャ?」

「実はな……」

 これまでの事情を説明してやると、ねね子はぶっ飛んだ!

「フニャーー! そんなことが起っていたのニャアアア!?」

「あと二十四時間で琥珀浄瓶を成敗しないと、おきながさんも戻ってこられなくなってしまう……」

「じゃ、じゃ、ねね子の名前を使うといいニャ!」

「ねね子の名前は、ね・ね・子。たった三文字じゃないか」

「違うのニャ!」

「どう違うんだ?」

「ねね子は、いまの名前ニャ」

「他にも名前があるのか、ハンドルネームとか、源氏名とか?」

「違うニャ、ネコは百万回生まれかわるのニャ」

「おまえ、百万回生まれかわったネコなのか!?」

 スクネ老人も驚いた。

「そうなのニャ、そういう猫でなければ、豪徳寺のボスは張っていられないのニャ」

 そうだ、先日、豪徳寺の境内を訪れた時に見た招き猫の怪異、あれのトリに現れたのはねね子だった。

「ねね子の他にも豪徳寺の猫を総動員すれば、一億とか二億とかになるニャ!」

 そう言うと、ねね子は印を結び鰹木の上に飛び乗ったかと思うと空中三回転ジャンプ!

 
 ニャニャニャニャニャニャニャニャニャア!

 
 線路を挟んだ豪徳寺の境内から数百、数千、数万の招き猫が飛んできて、ねね子を中心に旋回。やがて、招き猫の群れの中から蛍のようなものが無数に抜け出て、上空の妖雲目がけて飛んで行った。

「あれが、猫たちの名前なんだな……」

「そうなのニャ、中には野良も混じってるんだけどニャ……」

「野良猫には、名前は無かろう?」

「ううん、野良には名前を表す鳴き方があるニャ『ニャウ』とか『ミュー』とか『ニャン』とか、字面は同じでもアクセントとか音の高さとかが違って、すごい数になるニャ」

 そう言えば、立ち上っていく猫の名前たちは『なめるにゃー』と叫んでいるようにも聞こえる。

「あ、停まった!」

 琥珀浄瓶の妖雲は、ギクシャクした動きをしたかと思うと、二三回、ピクリとして動きを停めてしまった。

 
 数分の間、拝殿の屋根の上で妖雲を睨んでいた三人。

 その眼力も幸いしたのか、琥珀浄瓶は完全に静止した。

 ねね子が振り返って、自分を指さした。

「わ、わたしって、誰だったのかニャ(;'∀')?」

 完全に自分の名前を忘れている。

「「ヤッターーー!!」」

 呆然とするねね子を尻目に、喜びを分かち合う二人の神さまであった……。

 
 
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