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073『利根4号機・2』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
073『利根4号機・2』
艦橋には艦長をはじめ副長、航海長、砲術長、飛行長が居並び、その周囲には空と海を警戒する対空・対水上見張り員が控え、ほとんど戦闘配置と変わらない。中央の小机でデバイスを構えて鉛筆を走らせているのは当直の航海士だろう。
ポキ
小さな音がして、三人ほどが半身だけ振り返る。
海図に書き込みをしていた航海士が鉛筆を折ってしまったのだ。手元にスペアが無いのか、航海士の目は小机の上を彷徨う。
「肩の力を抜け」
大尉の階級章を付けた航海士が、自分の鉛筆を渡してやっている。
「ありがとうございます」
それだけのやり取りがあって、艦橋の中は平時に穏やかな海を行く客船のブリッジのような落ち着きを取り戻した。
艦長が落ち着いているのだ。
ゆったりと腕を組み、腰を柔軟にして揺れをいなしている。
予想される大海戦を目前にして、艦隊の大方が気負っている。特に利根は、ついさっきカタパルトが故障して、予定していた索敵機が飛ばせなくなってしまって、いら立ちが他の艦よりも大きい。
艦橋が動揺すれば、艦全体に広がってしまって、さらに失敗を重ねるかもしれず、艦長は自分が悠然と構えることで収めようとしている。
副長以下の幹部もそれに倣って悠然としているが、若い士官たちは程度の差はあるがあがっている。
「旗艦赤城より発光信号、『索敵機発艦ノ見通シハイカナルヤ』」
左舷の見張り員が旗艦の苛立ちを伝える。
「飛行長、見通しは?」
「は、三十分ほどと思われます」
「よし、四十分と答えておけ」
「艦長」
「そう言って三十分であがれば士気も上がるだろう、ほかに十機以上索敵に上がっているんだ、どっしりと構えればいいさ」
「は、四十分と返答します」
飛行長は左舷の通信士に指令して赤城に送らせた。
なかなかの艦長だ。兵の緊張をほぐしてやるのは指揮官の大事な務め。状況は違うが、わたしも開戦の前には気を配ったものだ。
「副長、戦闘配食を早くするように言ってくれんか、こういう時は飯を食ったほうがいい」
「は」
「航海長、ちょっと腰を揉んでくれんか。真珠湾からこっち、腰の具合がいまいちでな」
「ここらへんですか……」
「もう少し取り舵……よーそろ……おお、効くぅ……」
プウ~~~
「お、すまん」
「艦長、今朝はラッキョウを食いましたなあ」
まともに喰らった副長が真面目に言うので、艦橋はドッと笑いに包まれた。
わたしもいろいろやったが、兵たちの前で放屁するアイデアは無かった。
よし、艦橋は大丈夫だろう。
カタパルトを直してやろうと、後部の飛行甲板に向かった。
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