ここは世田谷豪徳寺

武者走走九郎or大橋むつお

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96『さつき今日この頃・3』

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ここは世田谷豪徳寺・

96『さつき今日この頃・3』         




「それ、本物の関の孫六。触れただけで頸動脈が切れちゃうよ」

 事実、恩華の首筋からは一筋の血が流れ、カットソーの襟を赤く染めている。

 まるで部屋の中に揮発したガソリンが充満していくような危うさだ。ほんの身じろぎ一つで恩華の心の火が充満したそれを爆発させそう。

 忠八クンは、それ以上何も言えなくなり、あたしは息をするのも苦しくなってきた。篤子さんは泰然自若として、ゆったりと立って、三人の中で、ただ一人恩華を刺激しない存在に成りおおせている。部屋の空気が爆発しないで、なんとか済んでいるのは篤子さんの茫洋とした温かさなのかもしれない。

 しかし、篤子さんにしても爆発させないことが限度で、恩華の首から孫六を離させることはできないようだ。

 気づくと、朝顔の匂いが微かに漂ってきた。いつの間にか窓が半分開いて、窓辺に一輪の朝顔が茎の付いたままで置かれている。

―― 忠八さん、とうとう成功しましてよ。夕方までもつ朝顔 ――

 窓の外で柔らかな声がした。

 人の手の平ほどの朝顔は、微かな風に花と葉っぱを揺らせ、それに魔法がかけられたようにみんなは見入ってしまった。

 ほんの数秒かと思われた時間のうちに声の主は、ドアを開けて朝顔の化身のようにソヨソヨと立っている。

「このお家に来てから、ずっと探していたんです。朝顔が夕方まで枯れずにおられる気をもった場所を……それが、このお部屋の窓の下。ちょっと拝借ね」

 そう言って、朝顔の化身は恩華から孫六を受け取ると、水差しの中でサラリと水切りをして、朝顔を一輪挿しに活けた。

 朝顔の香りが、いっそう芳醇になってきて、気が付けば、みんなが朝顔の化身を取り囲んで、話を聞く格好になっていた。

「……というわけで、わたしは四ノ宮忠八さんの奥さんになりました」

 朝顔の化身は、自分が忠八クンのお嫁さんになったいきさつを、小学生の朝顔の観察記録のような短い文節を重ねるだけで納得させてしまった。化身の名は孫文桜という。

「朝顔は朝に咲いて、お日様が顔を出したころには萎んでしまいます。それが朝顔の決められたあり方。ただ、場所や条件さえよければ、こうやって夕方ぐらいまではもたせることができるの。ね、あなた」

 化身は、忠八クンに振った。

「国にも、花のような生理があるんだ。朝顔のように暑い夏に涼しそうな花を付けて終わってしまうようなもの。うまく人の手を加えると、寿命はのばせるけど、何年ももたせることはできない。でも、種はしっかり残って、来年にはまた花を咲かせる。桜は葉っぱのままの時期が一番長い。満開に花を咲かせるのは、ほんの一週間ほど」

「まあ、桜は品種や育つ場所で咲く時期や長さが違いますね。さつきさんの妹さんは、やっと咲き始め。わたしは……忠八さんの育て方次第」

 朝顔の化身は、いつの間にか桜の化身になっている。

「Cという国は、ラフレシアのように巨大な花になったり、程よい大きさのいくつもの花に変わったり。でも、その両方ともCという国なんだ。そして、その境目には自分も痛むし、他の国に影響を与えることもある。でも、その大きくなったり程よく分かれたりする中で、良くも悪くも周りの国に影響を与える。それがアジアというお花畑のありようだと思うんだ。お花畑には花守がいる。ここにいるみんなも、その花守の一人だと思うんだ……いい花を咲かそうよ」

 孫桜さんが窓を開けた。暑さとともに庭の花々の匂いがいっせいに押し寄せてきた。

「さあ、この香りの中には何種類の花があるでしょうか?」

 いたずらっぽく言う孫桜さんは、どことなくさくらに似ていた……。
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