96 / 139
96『さつき今日この頃・3』
しおりを挟む
ここは世田谷豪徳寺・
96『さつき今日この頃・3』
「それ、本物の関の孫六。触れただけで頸動脈が切れちゃうよ」
事実、恩華の首筋からは一筋の血が流れ、カットソーの襟を赤く染めている。
まるで部屋の中に揮発したガソリンが充満していくような危うさだ。ほんの身じろぎ一つで恩華の心の火が充満したそれを爆発させそう。
忠八クンは、それ以上何も言えなくなり、あたしは息をするのも苦しくなってきた。篤子さんは泰然自若として、ゆったりと立って、三人の中で、ただ一人恩華を刺激しない存在に成りおおせている。部屋の空気が爆発しないで、なんとか済んでいるのは篤子さんの茫洋とした温かさなのかもしれない。
しかし、篤子さんにしても爆発させないことが限度で、恩華の首から孫六を離させることはできないようだ。
気づくと、朝顔の匂いが微かに漂ってきた。いつの間にか窓が半分開いて、窓辺に一輪の朝顔が茎の付いたままで置かれている。
―― 忠八さん、とうとう成功しましてよ。夕方までもつ朝顔 ――
窓の外で柔らかな声がした。
人の手の平ほどの朝顔は、微かな風に花と葉っぱを揺らせ、それに魔法がかけられたようにみんなは見入ってしまった。
ほんの数秒かと思われた時間のうちに声の主は、ドアを開けて朝顔の化身のようにソヨソヨと立っている。
「このお家に来てから、ずっと探していたんです。朝顔が夕方まで枯れずにおられる気をもった場所を……それが、このお部屋の窓の下。ちょっと拝借ね」
そう言って、朝顔の化身は恩華から孫六を受け取ると、水差しの中でサラリと水切りをして、朝顔を一輪挿しに活けた。
朝顔の香りが、いっそう芳醇になってきて、気が付けば、みんなが朝顔の化身を取り囲んで、話を聞く格好になっていた。
「……というわけで、わたしは四ノ宮忠八さんの奥さんになりました」
朝顔の化身は、自分が忠八クンのお嫁さんになったいきさつを、小学生の朝顔の観察記録のような短い文節を重ねるだけで納得させてしまった。化身の名は孫文桜という。
「朝顔は朝に咲いて、お日様が顔を出したころには萎んでしまいます。それが朝顔の決められたあり方。ただ、場所や条件さえよければ、こうやって夕方ぐらいまではもたせることができるの。ね、あなた」
化身は、忠八クンに振った。
「国にも、花のような生理があるんだ。朝顔のように暑い夏に涼しそうな花を付けて終わってしまうようなもの。うまく人の手を加えると、寿命はのばせるけど、何年ももたせることはできない。でも、種はしっかり残って、来年にはまた花を咲かせる。桜は葉っぱのままの時期が一番長い。満開に花を咲かせるのは、ほんの一週間ほど」
「まあ、桜は品種や育つ場所で咲く時期や長さが違いますね。さつきさんの妹さんは、やっと咲き始め。わたしは……忠八さんの育て方次第」
朝顔の化身は、いつの間にか桜の化身になっている。
「Cという国は、ラフレシアのように巨大な花になったり、程よい大きさのいくつもの花に変わったり。でも、その両方ともCという国なんだ。そして、その境目には自分も痛むし、他の国に影響を与えることもある。でも、その大きくなったり程よく分かれたりする中で、良くも悪くも周りの国に影響を与える。それがアジアというお花畑のありようだと思うんだ。お花畑には花守がいる。ここにいるみんなも、その花守の一人だと思うんだ……いい花を咲かそうよ」
孫桜さんが窓を開けた。暑さとともに庭の花々の匂いがいっせいに押し寄せてきた。
「さあ、この香りの中には何種類の花があるでしょうか?」
いたずらっぽく言う孫桜さんは、どことなくさくらに似ていた……。
96『さつき今日この頃・3』
「それ、本物の関の孫六。触れただけで頸動脈が切れちゃうよ」
事実、恩華の首筋からは一筋の血が流れ、カットソーの襟を赤く染めている。
まるで部屋の中に揮発したガソリンが充満していくような危うさだ。ほんの身じろぎ一つで恩華の心の火が充満したそれを爆発させそう。
忠八クンは、それ以上何も言えなくなり、あたしは息をするのも苦しくなってきた。篤子さんは泰然自若として、ゆったりと立って、三人の中で、ただ一人恩華を刺激しない存在に成りおおせている。部屋の空気が爆発しないで、なんとか済んでいるのは篤子さんの茫洋とした温かさなのかもしれない。
しかし、篤子さんにしても爆発させないことが限度で、恩華の首から孫六を離させることはできないようだ。
気づくと、朝顔の匂いが微かに漂ってきた。いつの間にか窓が半分開いて、窓辺に一輪の朝顔が茎の付いたままで置かれている。
―― 忠八さん、とうとう成功しましてよ。夕方までもつ朝顔 ――
窓の外で柔らかな声がした。
人の手の平ほどの朝顔は、微かな風に花と葉っぱを揺らせ、それに魔法がかけられたようにみんなは見入ってしまった。
ほんの数秒かと思われた時間のうちに声の主は、ドアを開けて朝顔の化身のようにソヨソヨと立っている。
「このお家に来てから、ずっと探していたんです。朝顔が夕方まで枯れずにおられる気をもった場所を……それが、このお部屋の窓の下。ちょっと拝借ね」
そう言って、朝顔の化身は恩華から孫六を受け取ると、水差しの中でサラリと水切りをして、朝顔を一輪挿しに活けた。
朝顔の香りが、いっそう芳醇になってきて、気が付けば、みんなが朝顔の化身を取り囲んで、話を聞く格好になっていた。
「……というわけで、わたしは四ノ宮忠八さんの奥さんになりました」
朝顔の化身は、自分が忠八クンのお嫁さんになったいきさつを、小学生の朝顔の観察記録のような短い文節を重ねるだけで納得させてしまった。化身の名は孫文桜という。
「朝顔は朝に咲いて、お日様が顔を出したころには萎んでしまいます。それが朝顔の決められたあり方。ただ、場所や条件さえよければ、こうやって夕方ぐらいまではもたせることができるの。ね、あなた」
化身は、忠八クンに振った。
「国にも、花のような生理があるんだ。朝顔のように暑い夏に涼しそうな花を付けて終わってしまうようなもの。うまく人の手を加えると、寿命はのばせるけど、何年ももたせることはできない。でも、種はしっかり残って、来年にはまた花を咲かせる。桜は葉っぱのままの時期が一番長い。満開に花を咲かせるのは、ほんの一週間ほど」
「まあ、桜は品種や育つ場所で咲く時期や長さが違いますね。さつきさんの妹さんは、やっと咲き始め。わたしは……忠八さんの育て方次第」
朝顔の化身は、いつの間にか桜の化身になっている。
「Cという国は、ラフレシアのように巨大な花になったり、程よい大きさのいくつもの花に変わったり。でも、その両方ともCという国なんだ。そして、その境目には自分も痛むし、他の国に影響を与えることもある。でも、その大きくなったり程よく分かれたりする中で、良くも悪くも周りの国に影響を与える。それがアジアというお花畑のありようだと思うんだ。お花畑には花守がいる。ここにいるみんなも、その花守の一人だと思うんだ……いい花を咲かそうよ」
孫桜さんが窓を開けた。暑さとともに庭の花々の匂いがいっせいに押し寄せてきた。
「さあ、この香りの中には何種類の花があるでしょうか?」
いたずらっぽく言う孫桜さんは、どことなくさくらに似ていた……。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする
エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》
16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。
告白されて付き合うのは2か月後。
それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。
3人のサブヒロインもまた曲者揃い。
猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。
この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?
もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!
5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生!
※カクヨム、小説家になろうでも連載中!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる