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045『臨時のアルバイト』

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巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記

045『臨時のアルバイト』   




 ああ、ピッタリだねえ!


 着替えたわたしを見て、直美さんは喜んでくれた。

「ストッキングなんて穿いたことないから、ちょっと変です(^_^;)」

「まあ、今日一日だから辛抱してね」

「あ、はい、それは大丈夫です。これも経験ですから」

「そうね、何事も明日への投資よぉ! レッツゴー!」

 機材を担いで、いつものホンダに乗り込む。

 日ごろの制服と違って膝丈のタイトスカート、ちょっと足さばきが難しい。

「今日は結婚式じゃないからね、笑顔は禁物だよ」

「は、はい、承知してます」

 返事も硬くなってしまう。直美さんのホンダN360も心なしゆっくりと走っている。



 今日は写真館の臨時、いや緊急のアルバイト。



 写真館の主なアルバイトは結婚式の写真で、もう五回やったので慣れてきた。

 たいていは希望が丘の公民館。令和の今は老朽化して解体を待つばかり。昭和45年の公民館は、まだ出来立てでピカピカだったけど、もう見る影も無かった。

 こないだ、自転車で散歩していて53年の歴史を経た公民館に行き当たって、しみじみしてしまった。偶然にも最初のバイトで撮影した花嫁さんが結婚式の写真を持ってきていてビックリした。新郎の方はお亡くなりになって、新婦のお婆さんが、まだ体が動くうちにと杖を突いてやって来られていたんだ(037『再びの希望が丘』)。

 結婚式の写真は撮る方もニコニコしていなくちゃならない。

 初めてのバイトだったし、緊張したら仏頂面間違いなしのわたし……どうしようかと思ったけど心配なかった。

 昭和の結婚式は令和の倍くらいに明るかった。

 緊張でガチガチの新郎新婦もいたけど、周囲の人たちがめちゃくちゃ明るくって幸せそうで、記念写真を撮るころにはちゃんと笑顔になっていた。

 その幸せのおこぼれにあずかって、こちらも自然に幸せな気分になっていくもんね。



 でも、今日は違う。

 今日はお葬式。



 亡くなったのは82歳のお爺さん。

 なんでも、戦時中は師団長っていうのをやっていて、終戦のあとは、部下が全員復員するまでは収容所を出なかったという人らしい。

「笑顔厳禁、よろしくね」

「はい!」

 式場は、宮之森市内の大きなお寺。

 口にこそ出なかったけど、ビックリした。

 お寺の前、左右50メートルほどにはズラリと、お葬式のディスプレーが並んでる。

 黒白の布を掛けられた木がずらりと並んでる。

「樒っていうのよ、白黒の幕はクジラ幕。式場に入ったら、なるべく喋らないでね。必要な時は傍まで寄ってヒソヒソ話してね」

「はい」

「じゃ、行くよ」

 機材を担いでいなければ、参列者と変わらない。大人しく続いていく。

「あ、直美ちゃん」

 受付に向かっていると、ちょうどお寺の門から黒服の男の人が出てきて直美さんに声をかける。

「あ、ケンちゃん」

 どうやらお知り合い。

「おじさんが来るのかと思った」

「都合悪くって、今日はわたし」

「妹さん?」

「あ、助手してもらってるの、時司さん」

 アルバイトとは云わないんだ。たぶん、言っちゃいけないんだろうね。

「よろしく」

 ペコリと頭を下げるだけにしておく。

「そっちもケンちゃんが?」

「まさか、親父は中で打合せ。庫裏の方にうちの控室があるから、そこ使って」

「要領はいちおう聞いて来てるんだけど、こんな感じ?」

「……うん、これでいいと思う」



 葬式の写真て、どう撮るんだろうと思ってたけど、基本は式次第に従って邪魔にならないように、いろいろ撮るらしい。

 一般参列者の人が撮っちゃいけないという決まりは無いんだけど、やっぱり憚りがあるし、式場の雰囲気も損なってしまう。そこで、写真館の者が出張して代わりに撮る。

「むかし、ちょっと揉めたことがあってね、それ以来写真館が撮るようになったの。まあ、宮之森以外じゃ、あまりやってないかなあ」

 直美さんの手際は見事だった。

 撮影の前と後では、必ず一礼。むろん最後に祭壇に向かって一礼。

「あの遺影は、直美さんのところで?」

「うん、戦時中の写真を修復してね。もと部下の人たちや軍関係の人たちも参列されるんで、あんな感じにね」

 遺影は、軍人の割には温厚な笑顔で写った軍服姿。

 式場には五十代六十代のおじさんがいっぱい。中にはくたびれた人も居るけど、お焼香の時やご出棺の見送りの時には背筋が伸びてキビキビしている。

 もと軍人さんの御葬儀なので軍服とかの人も居るんじゃないかと思ったけど。全員ふつうの喪服だった。

 わたしの時代には、軍服着て靖国にいく人とかいるけど、あれはサバゲーのコスみたいで、個人的には好きじゃない。

 でもね、出棺の時、ラッパを持ったオジサンが二人出て門の脇で葬送ラッパを吹いたのは良かった。

 そして、誰かが号令をかけたわけでもないのに、棺が本堂から出され霊柩車に乗せられ、角を曲がるまで、きれいに敬礼で決めた。

「写真屋さん、集合写真お願いできますか」

 弔辞を読んだ元部下のお爺さんが来られて、つつましい笑顔で申し出られた。

「はい、承ります」

「おい、みんな集まれ」

 本堂の階段に並んび、真ん中には故人の遺影。

 わたしはライトとレフ板持って直美さんの後ろに。

「では、撮ります」

 ビシ

 音がするんじゃないかってくらい、姿勢が決まって、直美さんがシャッターを切った。



 終わると、どっと汗が噴き出す。やっぱ、八月の喪服はめちゃくちゃ暑い。

 

☆彡 主な登場人物

時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校一年生
時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
滝川                志忠屋のマスター
ペコさん              志忠屋のバイト
猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
宮田 博子(ロコ)         1年5組 クラスメート
辻本 たみ子            1年5組 副委員長
高峰 秀夫             1年5組 委員長
吉本 佳奈子            1年5組 保健委員 バレー部
横田 真知子            1年5組 リベラル系女子
加藤 高明(10円男)       留年してる同級生
藤田 勲              1年5組の担任
先生たち              花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀
須之内直美             証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。

 

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