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090『四月一日の始まり始まり!』

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巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記

090『四月一日の始まり始まり!』   





 四月一日というのは元日と並んでお目出度い。

 なんか――始まり始まり!――って感じがする。

 ほら、保育所とかで紙芝居とか人形劇とか観たじゃない、あの時、先生が「シィーー」とか言って、みんなを静かにさせて「それでは〇〇〇の始まり始まり~」っていう感じ。

 電車に乗ると真っ新な制服着た新入生がいっぱい。半分くらいは付き添いの、たいていはお母さんが付いていて、そのお母さんたちのお化粧の匂いとかもして独特のお目出度さと緊張感。

 外国は9月から新年度というのが多いらしいけど、4月1日、いよいよ春本番に合わせて始まる方がいいと思う。

 その新入生たちの流れとは商店街に入ってお別れ。

 4月1日の今日はバイトで、そのまま須之内写真館。

 写真館のウィンドウは、卒業や謝恩会の写真から造花の桜に彩られた入学記念的なのに替わってる。
「おはようございます」の挨拶もそこそこに出発準備、機材一式をホンダZに積んで結婚式場へ。

「今日は4組もあるからね、気合い入れていくわよ!」

 そう言うと、ハンドル握りながら総菜パンをくれる直美さん。

「お向かいの新製品、見本の写真撮ってあげたらお礼にくれた」

 パクつくと令和の時代よりも味付けが濃い。

「ちょっと急いでたから、リスト見て機材チェックしてくれる」

 あっという間にパンを食べ終わるとバインダーのリストを渡される。

 いつもは積み込む前に一通りのチェックをする、問題なんて一回も無いんだけど、仕事のルーチンは省略しない。

 チェックが終わって程なく公民館が見えてくる。玄関わきに『本日の御式』の札が四つ並んでいる。最大で五つ並ぶようにできてるんだけど、五つなんて絶対無理。

 守衛さんに「おはようございます」の挨拶して職員入り口から入る。

 守衛室の脇を通って廊下の十字路。後ろは出入り口だけど三方は会館それぞれの持ち場というかセクションに繋がっていて、職員や業者やバイトやらが華燭の典をあげる四組の新郎新婦のために立ち働いている気配がする。

 スタジオ近くまで来ると、式場と新婦控室のあたりから、普段とはちがう気配。話し声が聞こえるわけじゃないんだけど、人の動きや流れが滞っている感じ。電車に乗ろうとして駅の階段上がってると電車が延着してる時に似ている。

「なにかあった?」

 馴染みの職員さんを掴まえて直美さんが聞く。

「新婦さんがね……」「ああ……」

 ゴニョゴニョ話して、戻って来ると「とりあえず、準備だけはしておこう」とスタジオに入る。

「なんかあったんですか?」

「マリッジブルー」

「え?」

「たまにあるのよ、式の土壇場になって尻込みしちゃうお嫁さん」

「ああ……」

「あっと……ひょっとしたら二組目の方が早くなるかも……人数どうだったかな……」

「あ、ちょっと様子伺ってきます」

「悪いね、前後で人数倍ほど違うから」

 時間的に一番影響のあるのは配膳だから、式場横の配膳準備室の方に向かう。

 あれ?

 廊下を曲がったところでビジョンが浮かんできた……というより、その先の新婦控室の様子が壁を透かして見えてきた。

 あとは打掛を着たら仕上がりという状態で新婦さんが椅子に掛けて俯いて、お母さんらしい黒留袖の女の人が膝をついて覗き込むようにして説得している。

 声はくぐもって意味はとれないんだけど、母親らしく優しく、でも、微妙にあきらめの口調で話をしている。
 もう一つ向こうの壁も素通しになって、控室のドアの外では紋付の男の人が三人腕組みしてる。たぶん新婦の父親と親類の人。

「ああ……(-_-;)」って感じでお母さんが俯いてしまった。万策尽きたって感じ。

 すると、向こうの廊下を巫女さんがやってきて、男性二人に頭を下げると、控室に入って、お母さんに一言声をかけて交代した。

 あ、御神楽さんだ。

 御神楽さんはお母さんが部屋を出ていくのを待って、お母さんと同じように跪き、新婦さんの膝に手を置いて――これを見て――という感じで部屋の真ん中あたりを示した。

 え……ええ!?

 そこには、若い女の人が幸せそうに赤ちゃんを抱っこして、人の良さそうな男の人が寄り添っている。

 あ、新婦さんと新郎さんだ。

 抱っこしている赤ちゃんは女の子で、生命保険のCMみたいに秒単位で成長して、三十秒ほどすると新婦さんによく似た女性になった。

 わたしに見えたのはそこまでだったけど、その直後壁の向こうが活気づいた。

 それからは、チョー忙しかったけど、式は四組とも無事にお開きになって、『始まり始まり』は『めでたしめでたし』になった。

 しかし、御神楽さんて何者なんだぁ?

 


☆彡 主な登場人物

時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校一年生
時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
滝川                志忠屋のマスター
ペコさん              志忠屋のバイト
猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
宮田 博子(ロコ)         1年5組 クラスメート
辻本 たみ子            1年5組 副委員長
高峰 秀夫             1年5組 委員長
吉本 佳奈子            1年5組 保健委員 バレー部
横田 真知子            1年5組 リベラル系女子
加藤 高明(10円男)       留年してる同級生
藤田 勲              1年5組の担任
先生たち              花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀  音楽:峰岸  教頭先生  倉田(生徒会顧問)
須之内直美             証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
御神楽采女             結婚式場の巫女
時司 徒 (いたる)         お祖母ちゃんの妹        
その他の生徒たち          滝沢(4組) 栗原(4組) 牧内千秋(演劇部 7組) 上杉(生徒会長)
灯台守の夫婦            平賀勲 平賀恵  二人とも直美の友人  
   
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