7 / 95
7『ハシクレ』
しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月
7『ハシクレ』
ここで、ちょっと説明。
目の前で、アッケラカンとパソコンを叩いている坂東友子。つまり、わたしの母は、つい一週間前に離婚したばかり。
一週間前までは伍代友子だった。
離婚の理由はややこしすぎるというか、長年夫婦の間に蓄積されてきたものだから、説明不能。
でも、離婚に踏み切れた訳の一つがこのパソコンであることは確かなんだ。
わたしが、まだお母さんのお腹の中にいたころに暇にまかせて書いた小説モドキが、ちょっとした文学賞をとっちゃって、以来、この人は作家のはしくれ。
ほんとハシクレ。
「ハシっこのほうで、クレかかってるんだよね」
そう言って、怖い目で見られたことがある。
だって、本書きたって年に二百万くらいしか収入がないんだもん。
最初はよかったの。
だって、お父さんはIT関連の会社を経営していて、お家だって成城にあって、住み込みのお手伝いさんなんかもいたし……。
でも、わたしが五歳のときに会社潰れちゃった。
で、お父さんは実家の印刷会社の専務……っても、従業員三人の町工場。
でもでも、それでもよかった……いや、そのへんからかなあ。お母さんが稼ぐ二百万が、我が家にとって無視できない収入源になってきて……あとは、世間によくある夫婦の間のギスギス。
で、かくして夫婦仲の限界は、先週臨界点を超えてしまい、きっちり四十五分で決裂。
なんで四十五分って分かるかというと、大河ドラマの録画したのを、わたしが自分の六畳に見にいったときに始まり。終わってリビングにもどってみると、
「ようくわかったわ。はるか、明日この家出るから、寝る前に用意しときなさい」
……だったから。
二人の最後の夫婦げんかは、明日の天気予報を確認するように粛々と終わっていた。
わたしも子どもじゃないから、ヤバイなあ……くらいの認識はあったんだけど、そんな簡単に飛躍するとは思っていなかった。
お母さんが飛躍しちゃったのは(本人は、当然の結果だと思っているようだけど)この二百万円……でも、これじゃ、母子二人は食べていけないから、で、友だちの紹介でパートに出たわけ。
でも、まさか大阪までパートに来るとはね……。
作家というのは意表をつくものなんですなあ、御同輩……って、タキさんもなんか書いてる!?
「ああ、これか……おっちゃんも、お母さんと同業……かな」
「タキさんは、映画評論だもん。ちょっと畑がちがう……」
カシャカシャカシャと、ブラインドタッチ。
「せやけど……それだけでは食えんという点ではいっしょやなあ……」
シャカ、シャカ……と、老眼鏡に原稿用紙……アナログだぁ!
「おれは、どうも電算機ちゅうもんは性に合わんのでなあ」
ロバート・ミッチャムはポニーテールってか、チョンマゲをきりりと締め直した。
店を見回すと、壁のあちこちに映画のポスターやら、タキさん自筆のコメント。
さらにたまげたことには、ふりかえったカウンター席の後ろの壁は、常連さんに混じって、わたしでも知っているタレントさんや役者さんのサインやコメントで埋まっていた。
「へー、すごいんだ。これ壁ごとお宝ですね!」
「店たたむときは、これだけで、不動産価値があがる」
「タキさんて、えらいんだ!」
「身体がなぁ、もうアラ還やさかい、あちこちガタがきとる」
「そんな、ご謙遜。こんなに有名人のサインがあるのに」
「近所にラジオの放送局があるんでなあ、スタッフがゲスト呼んだときに連れてきよる」
「そうなんだ」
「この店やったら安いさかいなあ……ところで、はるか、学校はどないやった? もう友だちはできたみたいやけど……」
百年の付き合いのような気安さで、タキさんが聞いた。
「うーん……ボロっちくって、暗い感じ。でも人間はおもしろそう。今日会ったかぎりではね」
「どんな風にボロっちかった?」
原稿用紙を繰りながら、横目でタキさん。
「了見の狭い年寄りって感じ。ほら、こめかみに血管浮かせて、苦虫つぶしたみたいな」
「ハハハ、ええ表現や。たしか真田山やったな?」
「あ、わたし演劇部に連れてかれちゃった」
「え、はるか、演劇部に入んの!?」
お母さんが真顔で目を剥いた。
7『ハシクレ』
ここで、ちょっと説明。
目の前で、アッケラカンとパソコンを叩いている坂東友子。つまり、わたしの母は、つい一週間前に離婚したばかり。
一週間前までは伍代友子だった。
離婚の理由はややこしすぎるというか、長年夫婦の間に蓄積されてきたものだから、説明不能。
でも、離婚に踏み切れた訳の一つがこのパソコンであることは確かなんだ。
わたしが、まだお母さんのお腹の中にいたころに暇にまかせて書いた小説モドキが、ちょっとした文学賞をとっちゃって、以来、この人は作家のはしくれ。
ほんとハシクレ。
「ハシっこのほうで、クレかかってるんだよね」
そう言って、怖い目で見られたことがある。
だって、本書きたって年に二百万くらいしか収入がないんだもん。
最初はよかったの。
だって、お父さんはIT関連の会社を経営していて、お家だって成城にあって、住み込みのお手伝いさんなんかもいたし……。
でも、わたしが五歳のときに会社潰れちゃった。
で、お父さんは実家の印刷会社の専務……っても、従業員三人の町工場。
でもでも、それでもよかった……いや、そのへんからかなあ。お母さんが稼ぐ二百万が、我が家にとって無視できない収入源になってきて……あとは、世間によくある夫婦の間のギスギス。
で、かくして夫婦仲の限界は、先週臨界点を超えてしまい、きっちり四十五分で決裂。
なんで四十五分って分かるかというと、大河ドラマの録画したのを、わたしが自分の六畳に見にいったときに始まり。終わってリビングにもどってみると、
「ようくわかったわ。はるか、明日この家出るから、寝る前に用意しときなさい」
……だったから。
二人の最後の夫婦げんかは、明日の天気予報を確認するように粛々と終わっていた。
わたしも子どもじゃないから、ヤバイなあ……くらいの認識はあったんだけど、そんな簡単に飛躍するとは思っていなかった。
お母さんが飛躍しちゃったのは(本人は、当然の結果だと思っているようだけど)この二百万円……でも、これじゃ、母子二人は食べていけないから、で、友だちの紹介でパートに出たわけ。
でも、まさか大阪までパートに来るとはね……。
作家というのは意表をつくものなんですなあ、御同輩……って、タキさんもなんか書いてる!?
「ああ、これか……おっちゃんも、お母さんと同業……かな」
「タキさんは、映画評論だもん。ちょっと畑がちがう……」
カシャカシャカシャと、ブラインドタッチ。
「せやけど……それだけでは食えんという点ではいっしょやなあ……」
シャカ、シャカ……と、老眼鏡に原稿用紙……アナログだぁ!
「おれは、どうも電算機ちゅうもんは性に合わんのでなあ」
ロバート・ミッチャムはポニーテールってか、チョンマゲをきりりと締め直した。
店を見回すと、壁のあちこちに映画のポスターやら、タキさん自筆のコメント。
さらにたまげたことには、ふりかえったカウンター席の後ろの壁は、常連さんに混じって、わたしでも知っているタレントさんや役者さんのサインやコメントで埋まっていた。
「へー、すごいんだ。これ壁ごとお宝ですね!」
「店たたむときは、これだけで、不動産価値があがる」
「タキさんて、えらいんだ!」
「身体がなぁ、もうアラ還やさかい、あちこちガタがきとる」
「そんな、ご謙遜。こんなに有名人のサインがあるのに」
「近所にラジオの放送局があるんでなあ、スタッフがゲスト呼んだときに連れてきよる」
「そうなんだ」
「この店やったら安いさかいなあ……ところで、はるか、学校はどないやった? もう友だちはできたみたいやけど……」
百年の付き合いのような気安さで、タキさんが聞いた。
「うーん……ボロっちくって、暗い感じ。でも人間はおもしろそう。今日会ったかぎりではね」
「どんな風にボロっちかった?」
原稿用紙を繰りながら、横目でタキさん。
「了見の狭い年寄りって感じ。ほら、こめかみに血管浮かせて、苦虫つぶしたみたいな」
「ハハハ、ええ表現や。たしか真田山やったな?」
「あ、わたし演劇部に連れてかれちゃった」
「え、はるか、演劇部に入んの!?」
お母さんが真顔で目を剥いた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる