21 / 95
21『ドラマフェスタ』
しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月
21『ドラマフェスタ』
その週末は『ドラマフェスタ』の通し券をタロくん先輩から借りて、お芝居を観に行った。
由香も誘ったんだけど、土日はお店が忙しく、家事は由香の仕事である。
頼めば大学生のお姉さんもやってくれるらしいんだけど、この日は就活のガイダンスでアウト。
「ごめん、タイミング悪うて。また誘ぅてな」
スマホの向こうで洗濯機の音がした。
通し券では一人しか入れない。二人となると、一人分の当日精算券をワリカンにしなくてはならない。
いくらになるのかなあと、当日精算の受付を横目で見る……。
え、三千五百円! ワリカンで千七百五十円……映画の学割より高いよ。
由香を誘えなくてよかったかも。今度由香と遊びに行くときは映画にしよう。
土曜のマチネーで混んでいたけど、一人なのでなんとか座れた。
演目は、ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』
「へえ、ブレヒトか……」という大橋先生から、本を貸してもらって読んだり、ネットでブレヒトを調べたりと下準備してから観に行った。
迫力はあった。大勢でいっぺんに同じ台詞をしゃべったり、突然大阪弁の漫才みたくなったり……ああ、これが「異化効果」なのかと思ったりしたが、正直「それでどうなのよ」である。
その前は、タイトルは忘れたけど「イジメと自殺」のお芝居。
上手いんだけど。こんなことで自殺する?
で、その子の遺書にイジメた子の名前が書いてあって、その親たちが責任のなすり合い。最後に親たちが和解してカタルシス。
ああ、最初にこのカタルシスがあって、そのカタルシスのために組み立てたストーリーだな……と思った。
正直イジメはある。
東京にいたころもあったし、大阪に来るときは、自分自身のこととして心配もした(現にクラスの何人かからはシカトされてもいる)
でも、死んだりしない。死なないで苦しんでいるのが大多数だ。
わたしなら、いじめられて、泣いたり、いじけたり、ときには戦ってボロボロになっていくところを書く。そこにこそドラマがあるからだ。
和解のカタルシスのために、その子を死なせるのは、やっぱ変だと思った。
その前は『西遊記』をもじったコメディーだった。とても上手い人と下手くそな人がいた。
でも、なんで上手く、また下手くそに感じるのか、説明はできない……。
そんなことを思っているうちに、ブレヒト芝居はカーテンコール。満場われんばかりの大拍手。白けてんのはわたしひとり。
やっぱ、わたしって、芝居には向いていないのかなあ……さっき思い出したお芝居も、けっこうお客さんたちは喜んだり感動したりしていた。やっぱ、わたしって演劇オンチ?
劇場を出て駅に向かう。ケータイの着メロ。
「あ、吉川裕也……」
――今どこにいる?――
どこったって、説明なんかできないよ。大阪の地理なんて、まだよく分かんない。
仕方がないので、「T駅へ向かう途中」……とメールを打ったら、打たれた。
肩を軽くポンポンと。
「あ」
振り向くと、吉川裕也がニコニコとイケメン顔で立っていた。
「もう、側にいるんだったら直接声かけてくださいよ」
「だって、怖い顔して歩いてんだもん。声かけづらくってサ」
「考え事してたから……ヘヘ」
急場しのぎのホンワカ顔になる。
「デートしようぜ」
「デート!? 今から!?」
「うん、今から。だって前から言ってただろう」
「う、うん」
「それとも、なんか先約でもあるのか?」
「ないない、ありませんけど……」
「じゃあ、決まり。これから大阪の原点を見にいこう」
「大阪の原点?」
21『ドラマフェスタ』
その週末は『ドラマフェスタ』の通し券をタロくん先輩から借りて、お芝居を観に行った。
由香も誘ったんだけど、土日はお店が忙しく、家事は由香の仕事である。
頼めば大学生のお姉さんもやってくれるらしいんだけど、この日は就活のガイダンスでアウト。
「ごめん、タイミング悪うて。また誘ぅてな」
スマホの向こうで洗濯機の音がした。
通し券では一人しか入れない。二人となると、一人分の当日精算券をワリカンにしなくてはならない。
いくらになるのかなあと、当日精算の受付を横目で見る……。
え、三千五百円! ワリカンで千七百五十円……映画の学割より高いよ。
由香を誘えなくてよかったかも。今度由香と遊びに行くときは映画にしよう。
土曜のマチネーで混んでいたけど、一人なのでなんとか座れた。
演目は、ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』
「へえ、ブレヒトか……」という大橋先生から、本を貸してもらって読んだり、ネットでブレヒトを調べたりと下準備してから観に行った。
迫力はあった。大勢でいっぺんに同じ台詞をしゃべったり、突然大阪弁の漫才みたくなったり……ああ、これが「異化効果」なのかと思ったりしたが、正直「それでどうなのよ」である。
その前は、タイトルは忘れたけど「イジメと自殺」のお芝居。
上手いんだけど。こんなことで自殺する?
で、その子の遺書にイジメた子の名前が書いてあって、その親たちが責任のなすり合い。最後に親たちが和解してカタルシス。
ああ、最初にこのカタルシスがあって、そのカタルシスのために組み立てたストーリーだな……と思った。
正直イジメはある。
東京にいたころもあったし、大阪に来るときは、自分自身のこととして心配もした(現にクラスの何人かからはシカトされてもいる)
でも、死んだりしない。死なないで苦しんでいるのが大多数だ。
わたしなら、いじめられて、泣いたり、いじけたり、ときには戦ってボロボロになっていくところを書く。そこにこそドラマがあるからだ。
和解のカタルシスのために、その子を死なせるのは、やっぱ変だと思った。
その前は『西遊記』をもじったコメディーだった。とても上手い人と下手くそな人がいた。
でも、なんで上手く、また下手くそに感じるのか、説明はできない……。
そんなことを思っているうちに、ブレヒト芝居はカーテンコール。満場われんばかりの大拍手。白けてんのはわたしひとり。
やっぱ、わたしって、芝居には向いていないのかなあ……さっき思い出したお芝居も、けっこうお客さんたちは喜んだり感動したりしていた。やっぱ、わたしって演劇オンチ?
劇場を出て駅に向かう。ケータイの着メロ。
「あ、吉川裕也……」
――今どこにいる?――
どこったって、説明なんかできないよ。大阪の地理なんて、まだよく分かんない。
仕方がないので、「T駅へ向かう途中」……とメールを打ったら、打たれた。
肩を軽くポンポンと。
「あ」
振り向くと、吉川裕也がニコニコとイケメン顔で立っていた。
「もう、側にいるんだったら直接声かけてくださいよ」
「だって、怖い顔して歩いてんだもん。声かけづらくってサ」
「考え事してたから……ヘヘ」
急場しのぎのホンワカ顔になる。
「デートしようぜ」
「デート!? 今から!?」
「うん、今から。だって前から言ってただろう」
「う、うん」
「それとも、なんか先約でもあるのか?」
「ないない、ありませんけど……」
「じゃあ、決まり。これから大阪の原点を見にいこう」
「大阪の原点?」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる