24 / 95
24『著者校正』
しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月
24『著者校正』
お母さんは原稿こそはパソコンだけど、校正は一度紙にしないとおさまらない。
受賞したころは、まだアナログな原稿用紙だったから、その名残ってか、験担ぎ。パソコンに打ち直した後は紙くずになるんだけどね。
「ああ、ゲラか……」
「そう、著者校正」
「もうできてんじゃないの?」
「なんだけどね、なんだか今イチ……これかなあって言葉使っても、時間置いて読むと、しっくりこない。表現を変えると、ただ長ったらしい文章になるだけ。思い悩んでるうちに、これだって思っていたものが、いつの間にかドライアイスみたく消えて無くなっちゃう……ああ、スランプ!」
「簡単に言わないでよね。このために離婚までしたんでしょ」
「グサ!」
お母さんはテーブルに突っ伏した……ちょっと言い過ぎたかな。
「……お母さん?」
「そっちこそ、簡単に言わないでよね。このために離婚したのか、離婚したためにここまでやってるのか、二択で答えられるようなことじゃないわよ」
「それって……」
開き直り……という言葉を飲み込んだ。
「だめだ、はるかに八つ当たりするようじゃ坂東友子も、たそがれか……」
バサリ……とゲラの束をテーブルに投げ出した。
勢いで半分ほどが床に落ちて、散らばった。
「勝手にたそがれないでよね……」
「はいはい……」
ノロノロとゲラを拾い集める。
「はいは一回だけ……って、お母さん言ったよ、小さい頃」
「はーい」
「もう……」
ノロノロとわたしも手伝う。
ゴツン!
二人の頭がぶつかった。
「イテテ……」
ぶつかり具合なのか、お母さんはケロッとしている。
「大丈夫?」
人ごとのように聞く。中も外も頭は鈍感なようだ。
「たんこぶができたよ」
「どれどれ……ああ、たいしたことないよ」
頭に、なにか生ぬるいものを感じた。
「なにしたの?」
「ツバつけといた」
「やだあ、お風呂はいったばっかなんだよ」
「効くんだよ、小さい頃よくやったげた……イタイノ、イタイノ飛んでけえ~」
と、頭をナデナデ。
「今日、帰ってくるの遅かったけど、デート?」
こういうことには鋭い。
「ち、ちがうよ」
反射的にそう言ってしまう。
「だって、今日のお芝居マチネーでしょ。三時には終わってるよ。ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』だよね」
「なんで知ってんの!?」
「そこにパンフ置きっぱ」
「あ……」
「まあ、今時ブレヒトでデート、ありえないこともないけど。わたしは、お芝居観た後の待ち合わせだと思うなあ。はるか、ブレヒトの本に栞はさんだまんま。大橋さんに借りたんでしょ。今はお芝居に首っ丈、アベックで観てたら芝居どころじゃないもんね」
「待ち合わせてたわけじゃないよ……!」
「やっぱしね」
……ひっかかってしまった。
「お相手は、吉川裕也クンかなあ?」
言い当てられて、なぜだか口縄坂の三階建てが頭に浮かんで、顔が赤らむ。
「な、なにも変なことはしてないわよ」
なんて答えをするんだ……。
「怪しげなとこ行ってないでしょうね?」
謎を解き始めた名探偵のように、赤ボールペンを指先でクルリとまわした。
仕方ないや。わたしは正直に答えた……三階建てに、ビックリしたことを除いて。
名探偵はおもむろにパソコンで検索し始めた。
「ハハ、これだ」
「え……」
パソコンの画面には『青春のデートコース 天王寺の七坂』
そして、二人で通ったのと同じコース。吉川先輩の説明と同じ解説が……。
でも、そのコースにも解説にも三階建てのことは載っていなかった。
「これをカンペ無しでやったんだ、誉めてあげていいわね」
「うん、でも……」
「ああ、喫茶店での人物評?」
「いや、それは……」
「かわいいもんじゃない、そうやって心の平衡をとってんのよ。やり方は違うけど、はるかと同類かもね。フフ、はるかは嫌い……苦手なタイプかもしれないけど」
「もう」
「まあ、適当にお付き合いしときなさいよ。数を当たれば男を見る目も肥えてくるから」
気を取り直したのか、お母さんは、大きなため息ついて、ふたたび赤ボールペンを片手に、ゲラの束を繰り始めた。
これ以上絡むのも絡まれるのもご免被りたいので、ベランダに出る。
梅雨入り間近の高安山、ほのかなシルエットになって目玉オヤジ大明神。
こうやって手を合わせるのは何度目だろう……。
「ねえ、はるか。駅前のコンビニで聞いたんだけどさ……」
気が散るなあ……。
「その目玉オヤジね、気象観測用のレーダーなんだって」
……なんだって!?
24『著者校正』
お母さんは原稿こそはパソコンだけど、校正は一度紙にしないとおさまらない。
受賞したころは、まだアナログな原稿用紙だったから、その名残ってか、験担ぎ。パソコンに打ち直した後は紙くずになるんだけどね。
「ああ、ゲラか……」
「そう、著者校正」
「もうできてんじゃないの?」
「なんだけどね、なんだか今イチ……これかなあって言葉使っても、時間置いて読むと、しっくりこない。表現を変えると、ただ長ったらしい文章になるだけ。思い悩んでるうちに、これだって思っていたものが、いつの間にかドライアイスみたく消えて無くなっちゃう……ああ、スランプ!」
「簡単に言わないでよね。このために離婚までしたんでしょ」
「グサ!」
お母さんはテーブルに突っ伏した……ちょっと言い過ぎたかな。
「……お母さん?」
「そっちこそ、簡単に言わないでよね。このために離婚したのか、離婚したためにここまでやってるのか、二択で答えられるようなことじゃないわよ」
「それって……」
開き直り……という言葉を飲み込んだ。
「だめだ、はるかに八つ当たりするようじゃ坂東友子も、たそがれか……」
バサリ……とゲラの束をテーブルに投げ出した。
勢いで半分ほどが床に落ちて、散らばった。
「勝手にたそがれないでよね……」
「はいはい……」
ノロノロとゲラを拾い集める。
「はいは一回だけ……って、お母さん言ったよ、小さい頃」
「はーい」
「もう……」
ノロノロとわたしも手伝う。
ゴツン!
二人の頭がぶつかった。
「イテテ……」
ぶつかり具合なのか、お母さんはケロッとしている。
「大丈夫?」
人ごとのように聞く。中も外も頭は鈍感なようだ。
「たんこぶができたよ」
「どれどれ……ああ、たいしたことないよ」
頭に、なにか生ぬるいものを感じた。
「なにしたの?」
「ツバつけといた」
「やだあ、お風呂はいったばっかなんだよ」
「効くんだよ、小さい頃よくやったげた……イタイノ、イタイノ飛んでけえ~」
と、頭をナデナデ。
「今日、帰ってくるの遅かったけど、デート?」
こういうことには鋭い。
「ち、ちがうよ」
反射的にそう言ってしまう。
「だって、今日のお芝居マチネーでしょ。三時には終わってるよ。ブレヒトの『肝っ玉お母とその子供たち』だよね」
「なんで知ってんの!?」
「そこにパンフ置きっぱ」
「あ……」
「まあ、今時ブレヒトでデート、ありえないこともないけど。わたしは、お芝居観た後の待ち合わせだと思うなあ。はるか、ブレヒトの本に栞はさんだまんま。大橋さんに借りたんでしょ。今はお芝居に首っ丈、アベックで観てたら芝居どころじゃないもんね」
「待ち合わせてたわけじゃないよ……!」
「やっぱしね」
……ひっかかってしまった。
「お相手は、吉川裕也クンかなあ?」
言い当てられて、なぜだか口縄坂の三階建てが頭に浮かんで、顔が赤らむ。
「な、なにも変なことはしてないわよ」
なんて答えをするんだ……。
「怪しげなとこ行ってないでしょうね?」
謎を解き始めた名探偵のように、赤ボールペンを指先でクルリとまわした。
仕方ないや。わたしは正直に答えた……三階建てに、ビックリしたことを除いて。
名探偵はおもむろにパソコンで検索し始めた。
「ハハ、これだ」
「え……」
パソコンの画面には『青春のデートコース 天王寺の七坂』
そして、二人で通ったのと同じコース。吉川先輩の説明と同じ解説が……。
でも、そのコースにも解説にも三階建てのことは載っていなかった。
「これをカンペ無しでやったんだ、誉めてあげていいわね」
「うん、でも……」
「ああ、喫茶店での人物評?」
「いや、それは……」
「かわいいもんじゃない、そうやって心の平衡をとってんのよ。やり方は違うけど、はるかと同類かもね。フフ、はるかは嫌い……苦手なタイプかもしれないけど」
「もう」
「まあ、適当にお付き合いしときなさいよ。数を当たれば男を見る目も肥えてくるから」
気を取り直したのか、お母さんは、大きなため息ついて、ふたたび赤ボールペンを片手に、ゲラの束を繰り始めた。
これ以上絡むのも絡まれるのもご免被りたいので、ベランダに出る。
梅雨入り間近の高安山、ほのかなシルエットになって目玉オヤジ大明神。
こうやって手を合わせるのは何度目だろう……。
「ねえ、はるか。駅前のコンビニで聞いたんだけどさ……」
気が散るなあ……。
「その目玉オヤジね、気象観測用のレーダーなんだって」
……なんだって!?
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる