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29『最終選考に残った』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

29『最終選考に残った』


 この梅雨のようなドンヨリ部活の間、個人的にはいいことがあった。
 
 先月、締め切りギリギリに出した、わたしの初エッセー「オレンジ色の自転車」が最終選考に残ったのだ。

「やりー!」

 思わず、A書房の『ジュニア文芸』を買ってしまった。
 フツーの本はおろか、雑誌だって図書館で済ませてしまうわたしには、異例中の異例だ。

 さっそく由香に電話をする。

「はるかの言うてた、手ぇからこぼれてしまいそうなことてこれやったんやね!」
 由香は誤解している。
「東京に残してきたものが一つある」
 と、そのとき思いついた、いいかげんなデマカセを言ってある。
 でも、このノミネートを素直に喜んでくれる由香の誤解は嬉しかった。
 それに、自分自身、そのタクラミとは別に、自分の乏しい文才が認められたことがストレートに嬉しかった。
「他のひとにはナイショだよ♪」のメッセを付けて、ノミネートのページの写真を送った。
 お母さんにも、と思った……でも、今のお母さんのスランプを思うとはばかられた。だって、あのハシクレはきっとイチャモンつけるもん。
 大橋先生に、と思った。が、わたしは先生の番号を知らないことに気がついた。

「大橋やったら、ケータイ持っとらへんで」

 ケータイの向こうで、タキさんがそう言った。

「じゃ、どうしてメールのやりとりとか……」
「あいつは、パソコンや。パソコンの番号おせたるわ……で、なんかええことでもあったんか?」

 なんで分かるんだ、このオッサン!?
 タキさんに言ったら、お母さんにツーカー。でも、上手い誘導尋問にひっかっかって、言わされてしまった。
 お母さんはお使いに出て、お店にはいないようだ。

「お母さんには、くれぐれもナイショで」
「わかっとる。トモちゃんスランプやさかいな。それにまだノミネートされただけで、一等賞とったわけやないもんな」
「一等賞はいらないんです。二等賞でいいんです、二等賞で」
「オカンに似合わん謙虚さやな」
「わたしは、自分の力を知ってますから」
「ガハハハハ……!」

 大爆笑のあと、大橋先生の番号が送られてきた。
 なんで大爆笑?

 ……先生にメールを打ちながら、気がついた。

 わたしって、お母さんのこと認めていない……。

「自分の力を知ってますから」
 ということは、反語として、こんな言葉を含んでいる。
「お母さんは、自分を分かっていない」

 たしかにお母さんはイチャモンつけてくるだろう、母親としては欠点だらけ。でも物書きとしては真剣だ。それ分かってるから、正面から文句言わないし、素直に大阪まで付いてきた。

 なんという上から目線「上から、はるか」それも無意識だから、余計にイヤラシイ。

―― ああ、なんてやな子なんだろ、はるかって子は! ――

「やなやつ、やなやつ、やなやつ、やなやつ、やなやつ、やなやつ……」
 
 駅のホームに立って、わたしは、まだそうつぶやいていた。

 瞬間、梅雨の雲間が切れて、お日様のビーム。

 わたしは、突然スポットライトをあびせられた大根役者が、おずおずと袖に引っ込むように、やってきた電車に乗り込んだ。

 お日様のビームは、わたしを咎めるように電車を追いかけ、広がってきた。
 その広がりの中に、白い紙ヒコーキのように、ジェット機が一つ浮かんでいた……。
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