はるか ワケあり転校生の7カ月 (まどか 乃木坂学院高校演劇部物語 姉妹作)

武者走走九郎or大橋むつお

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56『道連れ』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

56『道連れ』




 東側の席をとったのは失敗だった。

 お日さまの光がまともに入ってきて、窓ぎわに晒したした二の腕が、チリチリと音をたてて焼けていくような気さえする。
 ブラインドを閉めりゃいいんだけど、わたしは新幹線の二百七十キロのスピードで四ヶ月に近い時間をを巻き戻していた。
 玉串川沿いの八幡さまにお賽銭に託して捨ててきたはずの東京のはるかを、たぐり寄せ、巻き戻していた。

 捨てた東京での十七年間の人生の重さを感じたのは、新大阪の駅を車両がスーって感じで動き出したとき。わたしの身体からは持ち前のホンワカもスーっと消えていった。

 基礎練習でやった「悲しみのメソード」に似ていた。

 上顎洞の中の液体が急速に冷えていき、喉、胸、お腹、脚を伝って床に流れ出していく。思わず、前の席のステップに足を乗せるくらいのショックだった。
 そして気がついた。東京のはるかを巻き戻さないと、とてもお父さんには会えない。東京のホンワカはるかに戻らなければ。

 これほどの違いがあるとは考えもしなかった。
 怖かった、だれか側に付いていて欲しい……。

 そのだれかの視線を感じたのは、怖さが限界に達しかけていた浜松あたり。

「はるか……か?」
「あ、先生……!?」

 なんと……大橋先生が通路に立っていた。

「「なんで?」」

 互いに説明し終えたのは静岡のあたりだった。
 先生は、わたしのタクラミを。わたしは先生が東京と横浜の出版社に行く途中であることを理解した。先生はトイレに行って、席に戻る途中でわたしを見つけたそうだ。

 最初はタキさんのタクラミかと思った。

 だって、同じ日、同じ時間の新幹線。そして同じ車両だなんて。
 でも、最初から知っていたら、もっと早めに声をかけていただろうし、ズボンのチャックを閉め忘れることなんて、なかったと思う。「先生、チャックが……」と、言ったときの慌てようは、演技ならアカデミー賞もの。あわてて前を隠した手には男性向け週刊誌。セミヌードのオネエサンが、わたしにウィンクしていらっしゃいました……。

 先生には冷静に話すことができた。

 三回目だっていうこともあったし、玉串川以来、半分見透かされていたようなこともあった。そして、なにより、わたしの方がしゃべりたかった。タクラミへの自信が揺らぎに揺らいでいたから。

「さっきの顔は、玉串川の倍は深刻やったで。最初はよう似た別人やと思た」
「今は、もう大丈夫でしょ?」
「……最初にプレゼンで会うたときの顔やなあ」
「またスポットライト当てます?」
「いいや、ピンフォローする」
「え……え? ピンスポットがずっと付いてくるやつですか!?」

 というわけで、先生は出版社の用事を後回しにして、わたしを荒川までピンフォローすることになった。

 我が人生の最大のやぶ蛇だ……。
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