56 / 95
56『道連れ』
しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月
56『道連れ』
東側の席をとったのは失敗だった。
お日さまの光がまともに入ってきて、窓ぎわに晒したした二の腕が、チリチリと音をたてて焼けていくような気さえする。
ブラインドを閉めりゃいいんだけど、わたしは新幹線の二百七十キロのスピードで四ヶ月に近い時間をを巻き戻していた。
玉串川沿いの八幡さまにお賽銭に託して捨ててきたはずの東京のはるかを、たぐり寄せ、巻き戻していた。
捨てた東京での十七年間の人生の重さを感じたのは、新大阪の駅を車両がスーって感じで動き出したとき。わたしの身体からは持ち前のホンワカもスーっと消えていった。
基礎練習でやった「悲しみのメソード」に似ていた。
上顎洞の中の液体が急速に冷えていき、喉、胸、お腹、脚を伝って床に流れ出していく。思わず、前の席のステップに足を乗せるくらいのショックだった。
そして気がついた。東京のはるかを巻き戻さないと、とてもお父さんには会えない。東京のホンワカはるかに戻らなければ。
これほどの違いがあるとは考えもしなかった。
怖かった、だれか側に付いていて欲しい……。
そのだれかの視線を感じたのは、怖さが限界に達しかけていた浜松あたり。
「はるか……か?」
「あ、先生……!?」
なんと……大橋先生が通路に立っていた。
「「なんで?」」
互いに説明し終えたのは静岡のあたりだった。
先生は、わたしのタクラミを。わたしは先生が東京と横浜の出版社に行く途中であることを理解した。先生はトイレに行って、席に戻る途中でわたしを見つけたそうだ。
最初はタキさんのタクラミかと思った。
だって、同じ日、同じ時間の新幹線。そして同じ車両だなんて。
でも、最初から知っていたら、もっと早めに声をかけていただろうし、ズボンのチャックを閉め忘れることなんて、なかったと思う。「先生、チャックが……」と、言ったときの慌てようは、演技ならアカデミー賞もの。あわてて前を隠した手には男性向け週刊誌。セミヌードのオネエサンが、わたしにウィンクしていらっしゃいました……。
先生には冷静に話すことができた。
三回目だっていうこともあったし、玉串川以来、半分見透かされていたようなこともあった。そして、なにより、わたしの方がしゃべりたかった。タクラミへの自信が揺らぎに揺らいでいたから。
「さっきの顔は、玉串川の倍は深刻やったで。最初はよう似た別人やと思た」
「今は、もう大丈夫でしょ?」
「……最初にプレゼンで会うたときの顔やなあ」
「またスポットライト当てます?」
「いいや、ピンフォローする」
「え……え? ピンスポットがずっと付いてくるやつですか!?」
というわけで、先生は出版社の用事を後回しにして、わたしを荒川までピンフォローすることになった。
我が人生の最大のやぶ蛇だ……。
56『道連れ』
東側の席をとったのは失敗だった。
お日さまの光がまともに入ってきて、窓ぎわに晒したした二の腕が、チリチリと音をたてて焼けていくような気さえする。
ブラインドを閉めりゃいいんだけど、わたしは新幹線の二百七十キロのスピードで四ヶ月に近い時間をを巻き戻していた。
玉串川沿いの八幡さまにお賽銭に託して捨ててきたはずの東京のはるかを、たぐり寄せ、巻き戻していた。
捨てた東京での十七年間の人生の重さを感じたのは、新大阪の駅を車両がスーって感じで動き出したとき。わたしの身体からは持ち前のホンワカもスーっと消えていった。
基礎練習でやった「悲しみのメソード」に似ていた。
上顎洞の中の液体が急速に冷えていき、喉、胸、お腹、脚を伝って床に流れ出していく。思わず、前の席のステップに足を乗せるくらいのショックだった。
そして気がついた。東京のはるかを巻き戻さないと、とてもお父さんには会えない。東京のホンワカはるかに戻らなければ。
これほどの違いがあるとは考えもしなかった。
怖かった、だれか側に付いていて欲しい……。
そのだれかの視線を感じたのは、怖さが限界に達しかけていた浜松あたり。
「はるか……か?」
「あ、先生……!?」
なんと……大橋先生が通路に立っていた。
「「なんで?」」
互いに説明し終えたのは静岡のあたりだった。
先生は、わたしのタクラミを。わたしは先生が東京と横浜の出版社に行く途中であることを理解した。先生はトイレに行って、席に戻る途中でわたしを見つけたそうだ。
最初はタキさんのタクラミかと思った。
だって、同じ日、同じ時間の新幹線。そして同じ車両だなんて。
でも、最初から知っていたら、もっと早めに声をかけていただろうし、ズボンのチャックを閉め忘れることなんて、なかったと思う。「先生、チャックが……」と、言ったときの慌てようは、演技ならアカデミー賞もの。あわてて前を隠した手には男性向け週刊誌。セミヌードのオネエサンが、わたしにウィンクしていらっしゃいました……。
先生には冷静に話すことができた。
三回目だっていうこともあったし、玉串川以来、半分見透かされていたようなこともあった。そして、なにより、わたしの方がしゃべりたかった。タクラミへの自信が揺らぎに揺らいでいたから。
「さっきの顔は、玉串川の倍は深刻やったで。最初はよう似た別人やと思た」
「今は、もう大丈夫でしょ?」
「……最初にプレゼンで会うたときの顔やなあ」
「またスポットライト当てます?」
「いいや、ピンフォローする」
「え……え? ピンスポットがずっと付いてくるやつですか!?」
というわけで、先生は出版社の用事を後回しにして、わたしを荒川までピンフォローすることになった。
我が人生の最大のやぶ蛇だ……。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる