88 / 95
88『本選・2』
しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月
88『本選・2』
本ベルが鳴って、お決まりのアナウンス。
客電がおちて、山中先輩のギターでうららかな春の空気が満ちてきた。
そして、タロくん先輩のキューで幕が上がった……。
肌で感じた。
観客の人たちと呼吸がいっしょになり、劇場全体が『すみれ』の世界になっていく。
スミレの宝塚風の歌は、いっそうの磨きがかかって、大拍手。進一に進路のことを言われたときは、本気でむくれているみたいだった。
アラブの戦争が始まり、上空をアメリカ軍の飛行機が飛んでいく。
ついこないだの、マサカドさんとの体験が蘇り、恐怖が湧いてくる。そして、カオルとしてしみじみと語る十七年間の人生、宝塚への夢。
その夢を無惨に打ち砕かれた、あの夜の空襲……そして互いの生き方への理解と共感が自然にやってきた。
友情と共感の象徴として、でも、互いにそうとは気づかずに、無邪気に紙ヒコーキを折って、新川の土手に……。
「いくよ。いち、に、さん!」
紙ヒコーキを飛ばす。
「すごい、あんなに遠くまで……!」
荒川での視界没と重なる感動。そして透けていく身体……。
「おわかれだけど、さよならじゃないよ」
新大阪の思い出が予選のときよりも強く蘇ってくる。
「わたし、川の中で消えていく……そうしたら海に流れて、いつか雨か風になってもどってこられるかもしれないから……」
「カオルちゃーん……!」
スミレの渾身の叫び……。
そして、ここで初めて種明かし。
消え去る直前に、カオルはゴ-ストジャンボ宝くじの一等賞に当選!
賞品は、新たな人間としての生まれ変わり!
「これで、また、宝塚を受けることができるじゃない!」
そして、もうひとつどんでん返しがあって。人間賛歌のフィナーレ!
満場の手拍子、予選とちがって裏拍。予選以上に観客のみなさんが共感して、手拍子は満場の拍手にかわった!
楽屋にもどって、びっくりした。
たくさんの人たちが、楽屋、そしてその前の廊下に溢れていた。
真由さんに、仲鉄工のおじさんまで……そして、お父さんと秀美さん。タキさんにトコさん。竹内先生に亜美と綾まで……由香と吉川先輩は、ちゃっかりと、楽屋の奥でお弁当を広げている。
そうだ、わたしってば、メールを一斉送信にしたんだ!
こうやって、午後の二本は見損ねてしまった。
時間を決めて、その夜は有志の者が(けっきょくほとんど全員になっちゃったけど)志忠屋に集まって、気の早い祝賀会になった。
わたしも仲間も、これはいけると手応えを感じていた。栄恵ちゃんなど「近畿大会は、土曜にしてくださいね。わたし日曜は検定やから」と頬を染める。
で、これを皮切りに、お父さんとかまで、それぞれに都合を言い立てた。
出演するのは、わたしたちなんだけどね……タマちゃん先輩と目配せをした。
二日目の芝居は全部観た。
正直、ドラマになっているものは一つもない。
想像妊娠や、引きこもり、新型インフルエンザの流行の悲喜劇、親子の断絶。アイデアというかモチーフは様々だが、人物描写が類型的。
ドラマとは、人の対立と葛藤があり、互いに関係しあって、最後には人間に変化があるもの。この五ヶ月で、わたしが学んだドラマの基本である。
みんな、そこを踏み外している。ただ刹那的なギャグや、スラプスティック(ドタバタのギャグ)、劇的な台詞が、なにも絡むこともなく、散りばめられているだけ。
最後の芝居の半ばごろ、頭が痛くなってきた。なんとか見終わって、ロビーに出た。
「はるか、大丈夫?」
乙女先生が心配げに顔をのぞき込む。
「ちょっと芝居あたりしたみたいです。大丈夫、すぐによくなりますから」
ロビーのソファーに座り込んだ。
昨日、今日の二日間で観た芝居や『すみれ』が、頭の中でグルグル回っている。
「はるか、芝居も終わったこっちゃし、いっしょに先帰ろか」
「講評とか聞きたいんです……」
「わたしが、代わりに聞いといたるから。な、そないし」
「さ、いくぞ」
早手回しに、栄恵ちゃんが、わたしのバッグを持ってきた。
「大丈夫ですよ。いい結果、家で待っててください」
その笑顔に押されるようにして、わたしは、大橋先生と家路についた……。
88『本選・2』
本ベルが鳴って、お決まりのアナウンス。
客電がおちて、山中先輩のギターでうららかな春の空気が満ちてきた。
そして、タロくん先輩のキューで幕が上がった……。
肌で感じた。
観客の人たちと呼吸がいっしょになり、劇場全体が『すみれ』の世界になっていく。
スミレの宝塚風の歌は、いっそうの磨きがかかって、大拍手。進一に進路のことを言われたときは、本気でむくれているみたいだった。
アラブの戦争が始まり、上空をアメリカ軍の飛行機が飛んでいく。
ついこないだの、マサカドさんとの体験が蘇り、恐怖が湧いてくる。そして、カオルとしてしみじみと語る十七年間の人生、宝塚への夢。
その夢を無惨に打ち砕かれた、あの夜の空襲……そして互いの生き方への理解と共感が自然にやってきた。
友情と共感の象徴として、でも、互いにそうとは気づかずに、無邪気に紙ヒコーキを折って、新川の土手に……。
「いくよ。いち、に、さん!」
紙ヒコーキを飛ばす。
「すごい、あんなに遠くまで……!」
荒川での視界没と重なる感動。そして透けていく身体……。
「おわかれだけど、さよならじゃないよ」
新大阪の思い出が予選のときよりも強く蘇ってくる。
「わたし、川の中で消えていく……そうしたら海に流れて、いつか雨か風になってもどってこられるかもしれないから……」
「カオルちゃーん……!」
スミレの渾身の叫び……。
そして、ここで初めて種明かし。
消え去る直前に、カオルはゴ-ストジャンボ宝くじの一等賞に当選!
賞品は、新たな人間としての生まれ変わり!
「これで、また、宝塚を受けることができるじゃない!」
そして、もうひとつどんでん返しがあって。人間賛歌のフィナーレ!
満場の手拍子、予選とちがって裏拍。予選以上に観客のみなさんが共感して、手拍子は満場の拍手にかわった!
楽屋にもどって、びっくりした。
たくさんの人たちが、楽屋、そしてその前の廊下に溢れていた。
真由さんに、仲鉄工のおじさんまで……そして、お父さんと秀美さん。タキさんにトコさん。竹内先生に亜美と綾まで……由香と吉川先輩は、ちゃっかりと、楽屋の奥でお弁当を広げている。
そうだ、わたしってば、メールを一斉送信にしたんだ!
こうやって、午後の二本は見損ねてしまった。
時間を決めて、その夜は有志の者が(けっきょくほとんど全員になっちゃったけど)志忠屋に集まって、気の早い祝賀会になった。
わたしも仲間も、これはいけると手応えを感じていた。栄恵ちゃんなど「近畿大会は、土曜にしてくださいね。わたし日曜は検定やから」と頬を染める。
で、これを皮切りに、お父さんとかまで、それぞれに都合を言い立てた。
出演するのは、わたしたちなんだけどね……タマちゃん先輩と目配せをした。
二日目の芝居は全部観た。
正直、ドラマになっているものは一つもない。
想像妊娠や、引きこもり、新型インフルエンザの流行の悲喜劇、親子の断絶。アイデアというかモチーフは様々だが、人物描写が類型的。
ドラマとは、人の対立と葛藤があり、互いに関係しあって、最後には人間に変化があるもの。この五ヶ月で、わたしが学んだドラマの基本である。
みんな、そこを踏み外している。ただ刹那的なギャグや、スラプスティック(ドタバタのギャグ)、劇的な台詞が、なにも絡むこともなく、散りばめられているだけ。
最後の芝居の半ばごろ、頭が痛くなってきた。なんとか見終わって、ロビーに出た。
「はるか、大丈夫?」
乙女先生が心配げに顔をのぞき込む。
「ちょっと芝居あたりしたみたいです。大丈夫、すぐによくなりますから」
ロビーのソファーに座り込んだ。
昨日、今日の二日間で観た芝居や『すみれ』が、頭の中でグルグル回っている。
「はるか、芝居も終わったこっちゃし、いっしょに先帰ろか」
「講評とか聞きたいんです……」
「わたしが、代わりに聞いといたるから。な、そないし」
「さ、いくぞ」
早手回しに、栄恵ちゃんが、わたしのバッグを持ってきた。
「大丈夫ですよ。いい結果、家で待っててください」
その笑顔に押されるようにして、わたしは、大橋先生と家路についた……。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる