多色燦然

春於

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4. 紺碧



「んん」

小さく呻き声のような声を上げると、布団の中で丸まっていた身体を伸ばす。

あったかい、気持ちいい。シーツに頬を擦りつけると、ゆっくりと目を開ける。まだ微睡みに浸かっているからか、頭がぼんやりしている。頭の先まで覆っていた掛け布団からのっそりと顔を出すと、枕に頭を乗せた。

目の前に広がるのは、最近すっかり見慣れたオレンジの小さな明かりがついた天井。ベッドの横にあるカーテンの隙間からは夜が明け始めた空が覗いている。壁にかかった時計を確認すると、あともう少しで五時になるところだった。

何度か瞬きをすると、ちょっとずつ目が覚めてくる。誰にも見られていないのをいいことに大きく口を開けて欠伸をすれば、顔にかかっている前髪をかきあげた。

子どもの頃から眠りが浅く、今日みたいに夜明けより先に目覚めちゃうのがほとんどだ。これでもこの家に来てからだいぶ熟睡できるようになったし、昼夜逆転していた生活習慣も治ってきた気がする。

のろのろと上半身を起こすと、滑り落ちていく掛け布団に引っ掛かりを覚える。働きが鈍い頭でもその原因を察して横に視線をやれば、オレが寝たときにはいなかった薫が気持ちよさそうに眠っている。

いつ入ってきたんだ? 全然気づかなかった。

オレが寝る前に「おやすみ」と声をかけたとき、薫はまだ仕事部屋で資料とにらめっこしながら絵を描いていた。薫の仕事が忙しくなっていくにつれてだんだんオレが先に寝る回数が増えたからか、いつの間にか寝室に入ってくる扉の音で目が覚めなくなったみたいだ。

……いいのか悪いのか、よくわからないけど。なんとも言えない感触に胸の真ん中を撫でると、できるだけマットレスを揺らさないように気をつけながら上半身を倒す。掛け布団を肩までかけ直すと、身体ごと横を向いて薫にくっついた。

見上げれば、すぐそばに薫の寝顔がある。起きているときだと目が合うと同時に駆け寄ってきてオレを構おうとしてくるから、こうして薫の顔を見ているのに反応がないとなんだか不思議な気持ちになる。

目覚まし時計が鳴るまでの時間、薫の寝顔を眺めるのが日課になりつつあるが、今のところ飽きる兆しが全くといっていいほどない。なんなら最近は仕事が忙しいらしく、今日みたいにオレが寝ている間にベッドに入っているってことが多いから寝ている姿を見ていると安心する。

いつ見ても睫毛長いなあ。ちょっと口が開いているし、耳を澄ませると小さく寝息が聞こえる。薫の寝姿をじっくりと観察しては声を潜めて笑った。

薫から聞いた話だと、SNSに載せたオレの絵の反響が大きかったらしく、絵の依頼がじゃんじゃん入ってきているという。今までの仕事に加えてソーシャルゲームのキャラクターデザインであったり、本やCDのジャケットであったりを手掛けているのだとか。

そんなこともあって、ここ一ヶ月くらい薫はほとんど仕事部屋に籠っている。でもどうやらオレを一人にはしたくないようで、すぐに仕事部屋にオレ用の座椅子やタブレット端末を用意してくれた。だからオレは座椅子に座って小説を読んだり映画を観たり、たまに薫が絵を描いている姿を眺めたりしている。

それでも時間は有り余っているから、近頃は薫が集中している間に抜け出して家事をしている。とはいえ、気が抜いたときに掃除機をかけたり洗濯物を干したりする程度だけど。それなのに薫は毎回すごく感謝をしてくれるから、今度は昼食を作ってみようかと考えている。

「うんん」

この前見つけた料理が苦手なオレでもできそうなレシピを思い出して口角を上げると、薫が声を上げながら身体を動かす。オレの方を向いていた顔が仰向けになった。

……ちょっとくらいならいいよね? 薫、一回寝るとなかなか起きないし。

無意識だとはわかっているが、薫に顔を背けられたのもあって胸の辺りでうずうずしていた好奇心が抑えられなくなっていく。だから心の中で色々と理由をつけて大丈夫と言い聞かせると、おそるおそる薫の唇に指を伸ばした。

荒れなんて知らなそうな血色のいいピンク色の唇。薄くて、指で軽く押すとふにふにして柔らかい。この唇にキスされているんだ。そう思うと、純粋無垢な乙女みたいに胸が締めつけられる。

薫はキスが好きなのか、一日に最低でも十回はしている。その上、壊れ物に触れるように丁寧に唇を重ねてくるし、舌を絡めるときは熱を分け与えるようにゆっくりと撫でて溶かしてくる。

キスなんて数え切れないほどしてきて、セックスへの導入にしか考えてなかった。なのに薫にキスされすぎたせいでなんだか特別な行為のように思えてきたし、顔を近づけられただけでキスするんだって目を閉じるようになってしまった。

これ、いつか前と同じ爛れた生活に戻るんだよな? 何も感じないようにと心を殺し、生活するためにカラダを売る日々。薫のそばにいるとつい平和ボケしてしまい、この関係が期限付きなのだと忘れてしまう。

そうだよな、そうなんだけど……。普段は考えないように逃げているからか、一度考え出すとどんどん気分が落ちこんでいくのが手に取るようにわかる。そっと薫の唇から手を離すと、目を閉じて薫の肩に顔を埋めた。

オレはこんな丁重に扱われるような人間じゃない。ずっと生まなきゃよかった、早く死んでほしい。そう、唯一の肉親であるはずの母親に言われるような人間だ。そんな人間なのに、……いや、そんな人間だから薫から与えられる毒のような優しさに容易く飲みこまれてしまう。

これは一時的に見ている夢で、泡沫の現実なんだから勘違いしてはいけない。しつこいくらいに言い聞かせないと、馬鹿で単純なオレはすぐに浮かれてしまう。

まあ、いざとなれば本当に死ねばいいだけなんだけど。どうせ、オレがいなくなったところで悲しむ人なんていないし。

せめて、アパートでは死なないようにしないといけないくらいか。ただでさえ母親と住んでいたときに家賃を滞納しまくって困らせたのに、これ以上大家のおばあちゃんに心労をかけたら残りの短い寿命を刈り取っちまうから。

下がっていく気分に引っ張られて溢れてきた涙がじわじわと目元に触れている薫のパジャマを濡らしていく。薫と出会う前は全然涙なんて出てこなかったのに、今は些細な出来事ですぐ泣いてしまう。

もうなんか、起こしてもいいや。いっそ当てつけのように顔を擦りつけて涙を拭うと、薫の腹に腕を回して抱きついた。

ワガママだってわかっているけど。オレなんかが欲しちゃダメだって知っているけど。祈るように固く目を閉じて腕に力を入れると、薫は寝ているのにゆるりと抱きしめ返してくれた。

――どうかこの夢が少しでも長くつづきますように。優しく包んでくれる薫の腕の中で強く願うと、ちょっと身体を起こして薫の頬にキスを落とした。

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