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5. 黄蘗
はしゃいでいる薫の後ろをついていきながらゲートを通っていく。
「わー、すごいねえ」
入場する人の流れから外れ、壁沿いを歩いていると薫が話しかけてくる。振り向いた薫の顔があまりに満面の笑みを浮かべているものだから、見ると同時に全身に入った緊張がちょっと解けた。
正直、遊園地に近づいてくるにつれて子ども連れの親子や恋人であろう手をつないだ男女の存在に委縮して身体が縮こまっていた。だけど、薫に笑いかけられたおかげで自然と硬直していた口角が上がった。
「まだ入ったばかりだぞ」
「それでもウキウキしない?」
「まあな」
「早く行こう」
そんな軽口を交わせるくらいには気が緩んだところで薫がこちらに手を伸ばしてくる。
手をつなぐのに慣れてきたとはいえ、家の中とは違って周りにはたくさんの他人の目がある。男同士ってだけでも目立つのに、オレのせいで薫が変な目で見られたらどうしよう。そう思うとすぐに掴めなくて何度も薫の手を見ては、辺りを見渡して確認してしまう。
「愛琉?」
オレがいつまでも迷っているからか、薫がちらりと振り返って名前を呼ぶ。その声に絆されておそるおそる薫の手に触れれば、いつものように指を絡められる。
まだ緊張で心臓がうるさいけど、いざ手をつないでしまえばやっぱり安心する。つながった途端に引き寄せられて近くなった薫の背中についていくと、こっそりと胸を撫で下ろして楽しげな遊園地の雰囲気を楽しむことにした。
薫は目的のアトラクションがあるらしく、まっすぐ進んでいく薫の後ろで忙しなく園内を眺める。二度目の遊園地だが、一度目は小学校に入る前でほとんど記憶がない。クソ母親のせいで修学旅行にも行けなかったから、本当はここに行くと聞いたときからずっと心が躍っている。
「何か乗りたくなったり食べたくなったら声をかけてね」
「ああ、わかってる」
どうやら、目的はメリーゴーランドだったようだ。
装飾が煌びやかなメリーゴーランドに目を奪われながらもカメラを用意する薫の言葉に頷く。薫はそんなオレの頭を優しく撫でると、カメラを持って色んな方向からメリーゴーランドを撮り始めた。
楽しそうに撮っているなあ。少し離れたところでカメラを構える姿を見ると、遊園地に来る前に「あまり離れないで」とお願いされていたのもあって、そばにあるベンチに腰かけて入り口で貰ったパンフレットを広げた。
平日なのもあってあまり混んでないし、人気のアトラクションも待たずに乗れそう。目玉はジェットコースターらしいし、まずはそれに乗ってみようかなあ。でもまずは観覧車に乗って上から園内を眺めてみるのもいいかも。
まだパンフレットの絵を見ているだけなのにどんどん心移りしていく。
「乗りたいものはあった?」
そうしてパンフレットに夢中になっていると突然声をかけられ、とっさに顔を上げる。視線の先には薫の笑みがあり、すぐに写真撮影が終わったのを理解した。
「うーん、観覧車にしようかな。一回、園内全体を見てみたい」
「いいよ、じゃあ行こうか」
次の行き先を決めてパンフレットを閉じると、胸の前にあるボディバッグをしまう。すると、すかさず空いた手を掬うように取られて立ち上がる。そうやって肩を並べると、観覧車が見える方向へと歩いていった。
なんというか、あまりにも自然な流れで薫と手をつないでいる。それを自覚し、こうして温かい陽が当たる中でつながる手の感触を確かめると、改めてじわじわと恥じらいが顔を出してきた。
「……なんか、やっぱり恥ずかしいんだけど」
小さく声を出して訴えてみれば、薫はつながっている手を揺らして主張してくる。と思えば薫はすぐに足を止め、オレと向かい合いながらもう片方の手を取った。
「なんで? いつもしてるじゃん」
「そうだけど、なんか……」
確かに薫の言う通りなんだけど、恥ずかしさが溢れ出てくると止まらなくなって思わず顔を伏せてしまう。すると、薫とつながった両手が視界に入ってきて体温が急速に高まっていくのがわかる。
「デートなんだから手をつなぐのは当たり前でしょ?」
薫は穏やかで柔らかい声色でさも当然のように言う。その言葉はオレの鼓膜を擽り、落ち着いてきたはずの心臓はまた忙しなく動き。冷たかったはずの指先は握られている間に薫の体温が移って熱いくらいだ。
「で、デートではないだろ」
なんとか絞り出したけど、情けないほど弱々しくなってしまった。
「デートだよ。それとも、僕と手をつなぐのは嫌?」
「うう、」
嫌じゃない。なんだったら、手をつないでいてくれた方が薫のそばにいるんだと安心できる。でも今は口を開けると余計なことも一緒に言ってしまいそうだから、小さく顔を左右に振って返事をするので精一杯だ。
「よかった」
薫はオレの返答に心の底から安堵したように息を吐き出すと、ゆっくりとつながっている手の片方を外した。
「嫌だったらすぐ言ってね」
「うん」
小さな子どもに約束させるように優しくそう言うと、薫はしっかりと手をつないで前へと歩き出す。オレは薫の顔を上手く見られなくて俯いたままだったから、代わりに控えめにつながる手に力を込めた。
薫の隣にいるとドクドクと大きく鼓動を打つ。それでいて薫と目が合うだけで胸が締めつけられて苦しくなる。なのに薫が近くにいないと落ち着かなくて、そばにいると触れようと手を伸ばしてしまう。
こんな感情、持ったことがない。きっと、同じ言動をされても他の客相手なら簡単にいなせるのに。どんどん薫が特別になっていく。
「おお、でかいね」
自分の心音を聞きながら悶々と考えていると、隣から感嘆の声が上がる。薫の足が止まったのもあっておそるおそる顔を上げてみれば、目の前に虹色に塗られた観覧車がそびえ立っている。
パンフレットの写真で想像していたよりもずっと大きい。てっぺんは空にも届きそうだ。
「これなら園内全体見渡せそうだね」
顎を上げ、頂上を見つめながら素直に頷く。実物を前にした途端、これでもかってほど口角が上がってしまい、観覧車から目が離せなくなってしまった。
これじゃあまるで、子どもみたいじゃないか。頭の隅でそんな考えが過ぎるも、そんなのどうでもよくなるくらい期待で胸が膨らみ、熱の籠った鼓動と相まって今にも弾けてしまいそうだ。
「楽しみだね」
たまにそんな声をかけられながら薫に手を引かれ、観覧車の足元へと近づいていく。
いよいよ乗れるんだ。はしゃぎたいけどどうすればいいのかわからなくて薫とつながっている腕を揺らせば、薫から小さな笑い声が漏れる。幸いにも数組しか並んでなかったからすぐにオレらの順番がやって来た。
「足元にお気をつけください」
スタッフさんの言葉に従い、赤のゴンドラに乗りこむ。
「けっこう広いんだな」
「そうだね。大きい方だと思うよ」
椅子に腰を下ろすと、するりと口から感想が零れた。気分はすっかり跳ね回っていて、頭から思ったことがそのまま口から出てしまう。つながっている手は隣に座った薫の太ももに置かれ、指を絡めながら手のひらを重ねられる。
「今日は風がなくてよかったね。あると揺れちゃうから」
「揺れるのも楽しそう」
「愛琉は頼もしいね」
窓の外に顔を向けながら短い会話をする。上がっていくにつれて人の姿が小さくなっていき、見える景色が広がっていく。丸いゴンドラの中にいるのもあって、作りこまれたミニチュアの世界に入りこんだみたいだ。
あっ、さっきのメリーゴーランドだ。下にいるときは見えなかったけど、屋根は赤と白の縞々模様だったのか。えっ、ジェットコースターが同じ高さにある。次は絶対にあれに乗ろう。
ゴンドラの中から見る景色は歩いているときとはまた違った楽しい。もっと見ていたい。つづけてもう一回乗れるのだろうか。あっ、もう少しでてっぺんだ。
「愛琉」
景色に夢中になっていると突然、名前を呼ばれる。それに反射的に振り返ると、唇に柔らかい感触が当たった。
「観覧車の一番上でキスすると、ずっと一緒にいられるんだよ」
「なんだそれ」
触れるようなキスをすると、薫ははにかみながらそんな迷信を言う。なんとか笑顔をつくって答えたけど、やっぱり声は震えてしまった。
陽に当たった薫の顔はとても朗らかで、触れている手は温かい。あまりに和やかなこの現実は、気が緩んだ瞬間に涙を流してしまいそうだ。だから力任せに下唇を噛みしめたけど、堪えるほどに鼻の奥が痛くなった。
「愛琉もそう思ってくれてたら嬉しいな」
神様なんていない。そんなのわかっているけど、わかっているんだけど。今だけは、今だけでいいからこの願いを聞いてほしい。……オレが願ってもいいのだろうか。
いっそ、このまま心臓が止まって楽になりたい。
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