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1 幸運が舞い降りた1
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「や、……った!」
中西拓真は昇降口の横に張り出されたクラス分けの一覧から自分の名前を見つけ出した後、こっそりとある人物の名前を探し、それが自分と同じ列にあったことにグッと拳を握りしめた。
桜はもう散ってしまったがまだ春の始まり、学生にとっては新しい環境のスタートだ。
(やった、井ノ上と同じクラスだ!)
心なしか全身が上気し顔が熱くなる。
(これから一年、一緒なんだ俺……)
テンションが上がり大声で叫び出したいのをぐっと堪え、じぃっとその名前を見つめた。
『井ノ上 悠人』
明朝体で書かれた名前を見るだけでも胸がおかしいくらいにドキドキしてしまう。赤くなった頬を春のまだ涼しい風が掠めては熱を奪っていくが、その端から体内に湧き上がるから、寒さすら感じない。
「おーい、中西ぃ」
聞き覚えのある声に身体をビクリとさせて振り向けば、一年生の時にできた友人が手を振ってこちらに向かってくる。
「お、おう!」
テンションが上がっているのを隠すように必死にいつも通りのフリをして待っていれば、すぐ隣に立ち自分のクラスを確かめ始めた。けれど、中西は視線を一覧に戻せばまたあの名前に見入ってしまい、視線を離すことができない。
「あっ、また同じクラスじゃん、中西。今年もよろしくな」
「お、おう……」
友人がどのクラスなのかもチェックせずにずっと悠人の名前を追いかけていた中西は、慌てて返事をし場を取り繕うがそれでも悠人の名前ばかり見つめてしまう。病気かと自分に突っ込みたくなるほどにその名前を見ただけで胸が高鳴る。
「井ノ上も同じクラスだな」
悠人の名前が出されてまた大きく脈打つ心臓と共に身体も跳ね上がった。
「そ、そうなんだ! あー本当だ」
慌てて相づちを打ち今知ったかのようなリアクションをするが、彼の名前を耳にするたびに落ち着かなくなる。
「早く教室に行こうぜ」
急いた気持ちを隠しながら友人を引っ張って昇降口をくぐった。
(井ノ上と同じクラスだ……もしかしたら仲良くなれるかも!)
靴を履き替え、いつもより少し速い足取りで教室へと向かえば、登校したばかりの顔見知りが声を掛けてくれた。その中には陸上部のチームメイトもおり、わざわざ隣の教室から出てきた。
「中西、お前何組だった?」
「えっもしかしてお前ら同じクラスなのか?」
「いいだろ!」
「いや、別に」
「なんだよ、つまんねー。お前のクラスに陸上部いないだろ」
「あー見てなかったわ。あははは」
別々の競技なのに三人が一緒ということは同じクラスなのだろう。それを羨ましがる気持ちは微塵もない。なんせ、あの悠人と同じクラスになれたのだ、そっちの方が中西には重要だった。三年間一度も同じクラスにならない可能性だってあるのに、悠人を知った翌年に一緒に勉強できるようになるなんて、神の采配としか言いようがない。もう感謝しかないから、学校の側にある大きな神社に行ってお参りしたいくらい舞い上がっている。
「チェッ、つまんねーな」
そう言いながらチームメイトが教室に入るのを見送りもせずに自分の教室に向かえば、仲がいい生徒同士で固まっている教室の、前扉の近くの席で悠人が一人、自分の席に腰掛けながら本を読んでいた。
(本当にいたっ……やばいっ!)
その姿を確認するだけでまた大きく胸が跳ね上がった。
「おーい、中西。二年も一緒なんだな」
仲のいい友人が中西を見つけ近づいてきたから、慌てて悠人へと向けた視線を外す。
「今年もよろしくな!」
明るく返し、他愛ない話で盛り上がりながらも、視線は気を抜くと悠人へと向かってしまう。後ろ姿だけなのにやはりテンションが上がりそわそわしてしまう。
(これから一緒なんだな……なんて声かければいいんだ? でも読書の邪魔しちゃ悪いし……)
いつも教室の自分の席で本を読んでいる悠人は、ピンと張った糸に吊されているように姿勢が綺麗だ。変な座り方もせず両足をちゃんと地面に付けて、まるで人形のようだ。姿勢だけじゃない、身体も細くて肌も白いし、顔だって綺麗だ。特に膨らんだアーモンドのような形の目は、化粧した女子よりも綺麗でつい見入ってしまいそうになる。それに小ぶりな鼻の下にある薄紅色の唇がこれまた綺麗な形で作られていて、悠人の中の『マドンナ』のイメージにそっくりだ。
世の中にはこんな綺麗な人間がいるんだと感心してしまうくらい綺麗なのに、女の子っぽいところは全くない。そんな悠人と一年、ずっとこの教室で勉強できるんだと思うだけで、中西は新学期から嬉しくて嬉しくてどうしようもない衝動をひたすら押さえつけた。
ホームルームが始まるまで友人たちと話しながらチラチラと悠人の背中を鑑賞し、担任が扉を開いたのを見て、慌てて自分の席に座った。
担任には怖いことで有名な学年主任が就いたが、そんなことはどうでもいい。ちょっと視線を横に移すだけで悠人の背中や横顔が見れるナイスな位置に席があることに感謝しかない。
(俺、中西で本当に良かった!)
これが吉田や渡辺だったら絶対にこんないいポジションで悠人を見ることはできなかっただろう。
生まれて初めてこの名字なのを感謝しつつ、新学年の初めのホームルームを過ごし、それから教科書を受け取ったり注意事項を聞いてすぐに教室での時間は終わってしまった。
重たいとしか言いようがない教科書を全部机の中に押し込み、部活の着替えがたくさん入ったスポーツバッグを手に取ると、中西はもう一度悠人の方を見た。律儀に革鞄の中に教科書をしまい帰ろうとしている。
(ちょっとだけ声を掛けようかな、バイバイぐらいだったらおかしくないかも……あっでも井ノ上だけ挨拶するのってちょっと変か)
だからといってクラス全員に挨拶して出るのもなんかおかしい。
どうやって声を掛けようか考えあぐねている間に迷いのない足取りで悠人が前の扉から出て行った。
「あっ」
声を掛けそびれた。後ろの扉の前を通る悠人の姿をじっくりと確認し、それから中西は鞄を手に立ち上がった。
(やっぱ井ノ上って綺麗だな)
これから毎日あの綺麗な顔を眺めることができるなんて、もうこのクラスはパラダイスと言っても過言ではない。今日は無理だったが明日は声を掛けよう。絶対に声を掛けて少しずつ友達になっていこう。
そう思いながら、友人たちに「じゃあな!」と声を掛け教室を飛び出した。
授業が終わってすぐに中西が部室に向かうのが定番になっているから、友人たちも手を上げて見送るだけだ。
悠人が見える位置まで走り、それから彼が昇降口を出て行くのを見送った後、部室へと向かう。
いつもより長い部活だ。
春休みも関係なく練習に打ち込む陸上部では、部員に会っても「久しぶり」という感覚はない。昨日も逢ったし、友人たちよりもずっと長い時間を共有している。一日の大半を学校で過ごすチームメイトたちと一緒に着替え、グラウンドへと向かう。
「おーい、中西。今日は何メートルから始めるんだ?」
コーチが声を掛けてくる。グランドの隅にはすでに走り高跳びのバーとマットが設置され、後は高さの調節を待つばかりとなっている。
「一メートル七十から始めようかな、五センチずつ」
最初から高いとなかなか調子が出ない中西はそう言いながら、ゆっくりとグラウンドを回るように作られた校門までの道を帰っていく悠人を見送り、その姿が見えなくなってからやっと気持ちを切り替えた。
「よし。今日も頑張るぞっと」
いつものようにチームメイトと一緒に準備体操をして軽くグラウンドを走った後、バーへと向き合う。肺いっぱいに空気を吸い込んでゆっくりと吐き出しながらスタートを切った。タッタッタッと大股で半円を描くように走り、バーの手前で身体と直角になっているのを確かめてから踏み込んだ。気負うことなく身体を後ろに倒していけば、いつものように空がドッと視界いっぱいに広がった。
春特有の水分をたっぷりと含んだ雲がぽこりぽこりと浮かんでは澄んだ青い空に溶け込んでいくようだ。その僅か一瞬の景色をしっかりと目に焼き付けた後、重力に従って上体がマットへと落ちていく。後に続いた足がバーに引っかからないようになるべく身体に引きつければ、着地と同時につま先がマットにつき、ごろんと一回転してマットから降りる。
「中西、今日も順調だな」
コーチが嬉しそうに近づいてきた。
「総体までに確実に二メートル二十は超えたいな」
高校新記録は二メートル二十三。それを超えるのは難しいが近づくことが今の目標だ。
「そうですね。じゃあもう一回跳びます」
バーが五センチ上がっても余裕で飛び越えるが、ほんの少しの違和感が膝に生じる。
「んー、なんだろ」
足をぶらぶらとさせながら、違和感をそのままにまた走り出す。他の競技に比べて運動量は多くないように見えるが、全身を使って高く跳ぶのにものすごく筋肉を使う。十回も続ければ中西は汗だくになり、まだ春の風が冷たいにも関わらず全身が汗だくになった。
中西拓真は昇降口の横に張り出されたクラス分けの一覧から自分の名前を見つけ出した後、こっそりとある人物の名前を探し、それが自分と同じ列にあったことにグッと拳を握りしめた。
桜はもう散ってしまったがまだ春の始まり、学生にとっては新しい環境のスタートだ。
(やった、井ノ上と同じクラスだ!)
心なしか全身が上気し顔が熱くなる。
(これから一年、一緒なんだ俺……)
テンションが上がり大声で叫び出したいのをぐっと堪え、じぃっとその名前を見つめた。
『井ノ上 悠人』
明朝体で書かれた名前を見るだけでも胸がおかしいくらいにドキドキしてしまう。赤くなった頬を春のまだ涼しい風が掠めては熱を奪っていくが、その端から体内に湧き上がるから、寒さすら感じない。
「おーい、中西ぃ」
聞き覚えのある声に身体をビクリとさせて振り向けば、一年生の時にできた友人が手を振ってこちらに向かってくる。
「お、おう!」
テンションが上がっているのを隠すように必死にいつも通りのフリをして待っていれば、すぐ隣に立ち自分のクラスを確かめ始めた。けれど、中西は視線を一覧に戻せばまたあの名前に見入ってしまい、視線を離すことができない。
「あっ、また同じクラスじゃん、中西。今年もよろしくな」
「お、おう……」
友人がどのクラスなのかもチェックせずにずっと悠人の名前を追いかけていた中西は、慌てて返事をし場を取り繕うがそれでも悠人の名前ばかり見つめてしまう。病気かと自分に突っ込みたくなるほどにその名前を見ただけで胸が高鳴る。
「井ノ上も同じクラスだな」
悠人の名前が出されてまた大きく脈打つ心臓と共に身体も跳ね上がった。
「そ、そうなんだ! あー本当だ」
慌てて相づちを打ち今知ったかのようなリアクションをするが、彼の名前を耳にするたびに落ち着かなくなる。
「早く教室に行こうぜ」
急いた気持ちを隠しながら友人を引っ張って昇降口をくぐった。
(井ノ上と同じクラスだ……もしかしたら仲良くなれるかも!)
靴を履き替え、いつもより少し速い足取りで教室へと向かえば、登校したばかりの顔見知りが声を掛けてくれた。その中には陸上部のチームメイトもおり、わざわざ隣の教室から出てきた。
「中西、お前何組だった?」
「えっもしかしてお前ら同じクラスなのか?」
「いいだろ!」
「いや、別に」
「なんだよ、つまんねー。お前のクラスに陸上部いないだろ」
「あー見てなかったわ。あははは」
別々の競技なのに三人が一緒ということは同じクラスなのだろう。それを羨ましがる気持ちは微塵もない。なんせ、あの悠人と同じクラスになれたのだ、そっちの方が中西には重要だった。三年間一度も同じクラスにならない可能性だってあるのに、悠人を知った翌年に一緒に勉強できるようになるなんて、神の采配としか言いようがない。もう感謝しかないから、学校の側にある大きな神社に行ってお参りしたいくらい舞い上がっている。
「チェッ、つまんねーな」
そう言いながらチームメイトが教室に入るのを見送りもせずに自分の教室に向かえば、仲がいい生徒同士で固まっている教室の、前扉の近くの席で悠人が一人、自分の席に腰掛けながら本を読んでいた。
(本当にいたっ……やばいっ!)
その姿を確認するだけでまた大きく胸が跳ね上がった。
「おーい、中西。二年も一緒なんだな」
仲のいい友人が中西を見つけ近づいてきたから、慌てて悠人へと向けた視線を外す。
「今年もよろしくな!」
明るく返し、他愛ない話で盛り上がりながらも、視線は気を抜くと悠人へと向かってしまう。後ろ姿だけなのにやはりテンションが上がりそわそわしてしまう。
(これから一緒なんだな……なんて声かければいいんだ? でも読書の邪魔しちゃ悪いし……)
いつも教室の自分の席で本を読んでいる悠人は、ピンと張った糸に吊されているように姿勢が綺麗だ。変な座り方もせず両足をちゃんと地面に付けて、まるで人形のようだ。姿勢だけじゃない、身体も細くて肌も白いし、顔だって綺麗だ。特に膨らんだアーモンドのような形の目は、化粧した女子よりも綺麗でつい見入ってしまいそうになる。それに小ぶりな鼻の下にある薄紅色の唇がこれまた綺麗な形で作られていて、悠人の中の『マドンナ』のイメージにそっくりだ。
世の中にはこんな綺麗な人間がいるんだと感心してしまうくらい綺麗なのに、女の子っぽいところは全くない。そんな悠人と一年、ずっとこの教室で勉強できるんだと思うだけで、中西は新学期から嬉しくて嬉しくてどうしようもない衝動をひたすら押さえつけた。
ホームルームが始まるまで友人たちと話しながらチラチラと悠人の背中を鑑賞し、担任が扉を開いたのを見て、慌てて自分の席に座った。
担任には怖いことで有名な学年主任が就いたが、そんなことはどうでもいい。ちょっと視線を横に移すだけで悠人の背中や横顔が見れるナイスな位置に席があることに感謝しかない。
(俺、中西で本当に良かった!)
これが吉田や渡辺だったら絶対にこんないいポジションで悠人を見ることはできなかっただろう。
生まれて初めてこの名字なのを感謝しつつ、新学年の初めのホームルームを過ごし、それから教科書を受け取ったり注意事項を聞いてすぐに教室での時間は終わってしまった。
重たいとしか言いようがない教科書を全部机の中に押し込み、部活の着替えがたくさん入ったスポーツバッグを手に取ると、中西はもう一度悠人の方を見た。律儀に革鞄の中に教科書をしまい帰ろうとしている。
(ちょっとだけ声を掛けようかな、バイバイぐらいだったらおかしくないかも……あっでも井ノ上だけ挨拶するのってちょっと変か)
だからといってクラス全員に挨拶して出るのもなんかおかしい。
どうやって声を掛けようか考えあぐねている間に迷いのない足取りで悠人が前の扉から出て行った。
「あっ」
声を掛けそびれた。後ろの扉の前を通る悠人の姿をじっくりと確認し、それから中西は鞄を手に立ち上がった。
(やっぱ井ノ上って綺麗だな)
これから毎日あの綺麗な顔を眺めることができるなんて、もうこのクラスはパラダイスと言っても過言ではない。今日は無理だったが明日は声を掛けよう。絶対に声を掛けて少しずつ友達になっていこう。
そう思いながら、友人たちに「じゃあな!」と声を掛け教室を飛び出した。
授業が終わってすぐに中西が部室に向かうのが定番になっているから、友人たちも手を上げて見送るだけだ。
悠人が見える位置まで走り、それから彼が昇降口を出て行くのを見送った後、部室へと向かう。
いつもより長い部活だ。
春休みも関係なく練習に打ち込む陸上部では、部員に会っても「久しぶり」という感覚はない。昨日も逢ったし、友人たちよりもずっと長い時間を共有している。一日の大半を学校で過ごすチームメイトたちと一緒に着替え、グラウンドへと向かう。
「おーい、中西。今日は何メートルから始めるんだ?」
コーチが声を掛けてくる。グランドの隅にはすでに走り高跳びのバーとマットが設置され、後は高さの調節を待つばかりとなっている。
「一メートル七十から始めようかな、五センチずつ」
最初から高いとなかなか調子が出ない中西はそう言いながら、ゆっくりとグラウンドを回るように作られた校門までの道を帰っていく悠人を見送り、その姿が見えなくなってからやっと気持ちを切り替えた。
「よし。今日も頑張るぞっと」
いつものようにチームメイトと一緒に準備体操をして軽くグラウンドを走った後、バーへと向き合う。肺いっぱいに空気を吸い込んでゆっくりと吐き出しながらスタートを切った。タッタッタッと大股で半円を描くように走り、バーの手前で身体と直角になっているのを確かめてから踏み込んだ。気負うことなく身体を後ろに倒していけば、いつものように空がドッと視界いっぱいに広がった。
春特有の水分をたっぷりと含んだ雲がぽこりぽこりと浮かんでは澄んだ青い空に溶け込んでいくようだ。その僅か一瞬の景色をしっかりと目に焼き付けた後、重力に従って上体がマットへと落ちていく。後に続いた足がバーに引っかからないようになるべく身体に引きつければ、着地と同時につま先がマットにつき、ごろんと一回転してマットから降りる。
「中西、今日も順調だな」
コーチが嬉しそうに近づいてきた。
「総体までに確実に二メートル二十は超えたいな」
高校新記録は二メートル二十三。それを超えるのは難しいが近づくことが今の目標だ。
「そうですね。じゃあもう一回跳びます」
バーが五センチ上がっても余裕で飛び越えるが、ほんの少しの違和感が膝に生じる。
「んー、なんだろ」
足をぶらぶらとさせながら、違和感をそのままにまた走り出す。他の競技に比べて運動量は多くないように見えるが、全身を使って高く跳ぶのにものすごく筋肉を使う。十回も続ければ中西は汗だくになり、まだ春の風が冷たいにも関わらず全身が汗だくになった。
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