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ユグドラシルの双子の主・和泉鏡香(第6話)

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ーー和泉鏡香視点ーー

 開けた場所に、巨大な枯れ木ーー。

 今回、私が退治しに来た害蟲は、実は以前うちのチームで逃がしてしまった個体だ。駆除寸前まで行き、ほぼ力を失っていたが、チームメンバーたちのスキをついてこの森まで逃げてきたーというわけだ。

 この世界には、蟲と呼ばれる存在がいる。それは、一般に認識されている昆虫とはまた違った存在だ。もちろん、昆虫のような姿をした個体も多いが、中には植物だったり、人間や他の動物に近い形態だったり、はては知性まで獲得した個体もいる。

 蟲をより正確に定義するのなら、「怪異」というべきだろう。それ自体が、この世界の魔力の影響を受けて様々な怪奇現象を引き起こす。その「怪異」が擬生物化したものーとでもいうべきか。

 その中に、明らかに人々や周囲の生態系に悪影響を及ぼす種が存在する。それを害蟲ー我々はそう呼んでいる。その中でも特に厄介なのが、悪意をもって(要するに高い知性を有している個体)人々や周囲の生態系に害をなす存在で、わがチーム《ユグドラシル》は、そういった輩を駆除するために活動している。

 もちろん、全ての蟲が必ずしも害のある存在というわけではない。害蟲とは正反対に、人間や他の生態系にプラスの影響をもたらす種もいる。それらを益蟲と呼ぶ。この益蟲も、高い知性を持つものがおり、場合によっては人々と生活しているというパターンもある。

 今回の対象は、明らかに害蟲だ。かなり大型の個体だったが、おそらく先の戦いでかなりダメージを受けて弱っており、サイズは縮んでいるはず。今は、せいぜいリスなどの小動物くらいの大きさだろうか。

 事実、害蟲の残留魔力というか、気配というべきか、それらは以前と比べてかなり小さくなっている。ただ、ここに潜んでいるのはわかる。この枯れ木ー内部はかなり空洞になっている。その中に逃げ込んだようだが・・・。

 枯れ木というのは、実は多彩な生態系が暮らす一種の集合住宅みたいなものだ。キツツキのように、巣穴をこしらえてヒナの子育てに活用したり、内部の昆虫を餌にする生物もいれば、カミキリムシや一部の蛾のように、産卵のために活用する昆虫もいる。当然、内部ではこれらの幼虫が木を食い荒らしていたりするが、さらにこれにハチ類が寄生したりするなど、人間が思っている以上に枯れ木というのは生物にとって生活の場になっているのだ。

 話が逸れたが、例え小さくなったとはいえ、相手は害をなす存在であることに変わりはない。ここで駆除しなければーー。

 と、その時だった。枯れ木の空洞部分から、突然激しい魔力の波動が放たれたのだ!それに合わせて、空洞部分から黒い煙が立ち昇るかの如く、例の害蟲が現れた。なんと、かつての大きさを取り戻している。

 実は、蟲の多くは小さな個体が集合することで巨大な一個の生物に見せかけて生活している。こうすることにより、個体としては弱いものの、集合体として活動することで生存競争において優位に立つことも可能だ。生存競争は蟲の世界にもあるということだ。

 そして、さらに厄介なのが、個体としてはほとんど魔力を帯びていない蟲でも、一個の集合体として巨大になることで、人間顔負けの魔力を有する場合もあるということだ。ただ、今回のように知性を持たない蟲の場合は、意識手にではなく、本能的に魔力を活用する。

 まさかーー。

 おそらくこいつは、私から逃れている最中に、この森にいる近くの蟲たちを取り込み、自身のダメージを回復していたのだろう。弱体化し、ほぼ無力化したように見せかけたのは、人間ほどではないにしろ、それだけこいつが頭がいいやつだということを示していた。魔力を抑えてこの枯れ木の中に潜み、我々が近づいてきたのを確認して、取り込んだ蟲たちを、自身の「核」(蟲の中枢に当たる部分)から解き放ち、その巨体を再現したーーそんなところか。

 とはいえ、私は《ユグドラシル》の双子の王ー和泉鏡香だ。この程度の蟲であれば襲るるに足りずーー。

「これは、ここで決着をつけるべきですね」

 今度こそ完全に駆除しないと、また逃げられると探すのが面倒だ。

 私は軽く微笑むと、戦闘準備に入ることにーー。

「待つのじゃ、和泉」

 背後で、モリガンが制止する。

「?」

 いったいどうしたのかと尋ねようとしたところ、

「この森は、いずれ全てわしの縄張りにするつもりじゃ。ならば、この侵入者を撃退するのも、この森の主であるわしの務めということになるじゃろう」

 モリガンが今にも襲い掛からんとする蟲を前に躍り出る。

「モリガンちゃん・・・」

「お主は黙ってみておれ、わしとてこの領域最大の魔女じゃ。この程度の蟲など、すぐに屠ってやるわ」

 自信ありげにモリガンが言い放つ。悪戯っ子が見せるような笑みを浮かべつつ、モリガンは術式の展開を行い始めた・・・。
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