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アサギと黒羽(第1話)

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 カイトが浮遊大陸に不時着した直後まで、話が遡るー。

 蒼き風ーアウラ・カエルレウムと燎原ーリンイェンの飛空鎧が戦っていた空域にて。

「ふう・・・」

 見渡す限りの蒼穹の空ー太陽の光を浴びて輝く雲海のすぐ上空を1機の飛空鎧が飛行していた。

 紫色の機体ーこの辺りの空域では珍しく、東方系の甲冑をモデルにした飛空鎧だ。携えた武器も、やはり東方系の大刀ーそして、全身から紫色の稲光を放っている。

「1機・・・仕損じたか・・・」

 通称紫の牙ズーツァオリャと呼ばれている飛空鎧の操縦席に、一人の少女が座っていた。年の頃は、まだ15か16といったところで、カイトと同じくらいだろうかー東方系の人種らしく黒々とした髪を高く結い上げている。端正な顔立ちで、特に目つきは鋭く、そこから自分にも他人にも厳しい性格がうかがい知れる。

蒼き風アウラ・カエルレウムの連中も神威を狙っていたとは・・・」

 ついさっき、2機の飛空鎧を破壊したばかりだった。1機は紫の牙ズーツァオリャ自身に搭載されている疑似魔法で、もう1機はその大刀で破壊した。

 眼下は、見渡す限りの雲海ーこの下は・・・。

「せめて、苦しまぬように一瞬で爆破してやるべきだったな・・・」

 空での戦いは、特に飛空鎧同士のものとなると、近くに浮遊大陸や惑星がある場合を除けば、敗れた者に待つのは死だけだ。何の支えもない空での戦いでは、脱出もままならない。下にあるのは、枯れ果てた荒野ーだが、そこに墜落してしまう前に、人間が落下に耐えられず死亡するー当たり前だ。千メートル単位の上空からたたき落されて、そのまま墜落まで生きていられるものなどいないだろう。墜落したとて、飛空鎧は跡形もなく粉々・・・どのみち助かる道はない。

 彼女は、敵に対しては常に一撃で倒すようにしている。相手を余計に苦しませないためだ。それが、彼女なりの情けでもあった。

「だが・・・あの飛空鎧は・・・」

 他の2機と違い、あの最初に斬った飛空鎧だけは、のだ。

「あの3機の中では、最も手ごわかった・・・?馬鹿な」

 頭に浮かんできた考えを、即座に否定する。きっと、心のどこかに油断があったからこそ、打ち損じたのだ。まだまだ自分が未熟であるという証拠だった。

 眼下の雲海の中に入り込む。本来なら、この空域にいる神威を見つけるのが先だが、なぜか雲海の中に入り込んでしまった。まるで、自分の失敗をわざわざ確認しに行くかのように。

 まとわりつく雲の中を、紫の機体が進んでいくーそして。

 彼女は見た。見てしまったのだーその惑星をー。
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