⚖️東京湾 ダンジョン都市クライシス〜異世界市長 万の民を背に、固定資産税と斯く戦えり〜

アリス&テレス

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東京湾の一番長い夜

日本の枷

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【日本政府 / 枷】

00:28 首相官邸地下・危機管理センター

 室内の官僚たちが言葉を失う中、白石総理が席に付きながら映像を見ていた。

 彼は、先程まで軽いブリーフィングを受けていたが、この映像は、さすがに予想外だった。

「この二人、魔法使いが主か?
 いや、黒いコートの男が指揮を執っているようにも見える。
 いずれにせよ、統制された『組織』だな」

 白石の瞳に、必死の形相で叫ぶウィルの姿が映る。

「高城君、現状を」

 重厚な、しかしどこか疲労の混じった声が響いた。

 寝癖こそないが、急いで着替えたのであろうシャツの襟がわずかに曲がっている。

 手には、長年使い込まれた革製のメモ帳が握られていた。

「総理、申し訳ありません。お休み中に」

「構わん。私の睡眠不足と、東京湾に城が現れること。
 どちらが国難かは明白だ」

 白石は椅子に深く腰掛けることもせず、立ったままスクリーンを見上げた。

「高城君、法的に”あそこ”は何だ?
 あんな者がいる場所は、島か、船舶か、あるいは他国の領土か?」

「法的には……『未確認の大型構造物』とする他ありません。
 港則法に基づく航路障害物としての処理が最優先ですが、
 武装勢力の存在が確認された以上、警察権の行使だけでは限界があります」

「誰か、実務上の問題を挙げろ」

 白石が短く促す。

 防衛省の連絡官が、一歩前に出た。

 彼は防衛省制服組から官房へ出向している、現場調整のプロだ。

「第一に経済。
 東京湾の物流が完全に止まりました。
 一日放置するだけで、損失は千億単位。
 そして第二に……世論です。
すでにSNSには数万件の目撃映像が上がっています。
 隠蔽は不可能。
 国民にどう『説明』するか。
 それが最大の火種になります」

 白石は、使い古された万年筆を握り、連絡官の言葉を噛み締めた。

 国民の運命を左右する署名を行なってきた、万年筆の重さが、彼の思慮深さを助けてきたと信じて。

「説明、か。
 ……『異世界から魔法使いがやってきました』
 と、正直に言って、誰が信じるんだ?
 ……だが、現にそこに居るんだよなあ。
 そして、戦っているときたか」

 白石の視線は、映像の中の「兵士たち」に注がれていた。

 怪物を倒し、仲間を抱え、必死に火を消している人間たち。

「彼らは我々を襲うために来たのか、
 それとも、何かに追われて逃げてきたのか分かりませんが、
 昨今の熊害程度の比ではありません。
 対抗するには、火力が必要です」

 防衛大臣を代行する局長が、異例中の異例、あえて警察の火力では無理だ、と発言した。

「どう見ても人間らしき集団の中へ、武力を投入するつもりかね?
 現状では、さすがに無理あるだろ」

 白石は、自分に言い聞かせるように万年筆をポケットに仕舞った。

 その手は、わずかに震えていた。

 それは恐怖ではなく、一人の政治家として、日本の、そして人類の歴史の分岐点に立たされたことへの、武者震いに近かった。

「総理、内閣官房報、第一報の文案です」

 連絡官がタブレットを差し出す。

 白石はそれに目を通さず、正面を見据えた。

「『ただいま調査中』。
 それだけでいい。」

 重く太い声。

「今は、相手が何者かを知ることが先決だ。
 一分一秒を惜しめ。
 日本中の知恵を、この地下に集めろ」

 白石は、近くに立つ高城へ振り返った。

「……高城君。
 あれが島だとして、
 もし“誰かの統治下”にあるなら――
 我々は、まず何から始める?」

「……『法の支配』です。
 そして、課税権による枷をはめ込みます」

 少しの間、思考した高城が答えた。

「だろうな……、あれが一番、効くからな」



 東京湾の夜は、まだ明けない。
 日本政府という巨大な官僚機構が、未知なる「異世界」を飲み込むために、静かに、しかし力強く加速を始めていた。

------

 同時刻、島では、黒コートの男が叫んでいた。

「ぜ、税務署が来るっ!」


#白石総理イラスト


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