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第四話
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1
笹川信。トラックを運転する仕事をしている。家が貧しかったために高校を出た後は進学せず叔父の紹介で運送業者に手伝いとして入社。真面目な働きを認められ正式採用されると運転免許の取得費用を会社に出してもらいながら取得。取得後はしばらく社員や社長を送り迎えするなどして経験を積み、3年後に大型運転免許を取得し会社のトラック運転手となる。10年が経った今も無事故無違反のままで最近会社に表彰された。
その日は、笹川にとっていつもと同じスタートだった。いつもの様に目を覚まし、いつもの様に布団から出て、顔を洗い着替え、朝ごはんを食べずに家を出る。やや混み始めた会社までの道を自家用車で向かう。途中コンビニで朝ごはんを買う。会社の外門を開き駐車場に車を停めて事務所に向かう。入り口の鍵を開けると、
「おはようございます」
と、誰もいない事務所に入っていく。カーテンを開き、窓を開ける。そこに中年女性の事務員が入ってくる。
「おはようございます」
「おはようございます。信くん、今日も早いわね」
「ついさっき来たばかりですから」
「あんまりキチンとしてると、お嫁さん来ないわよ」
笹川は軽く笑って、いやあと答える。
「じゃあ、トラックの点検に行ってきます」
そう言うと事務所を出て裏の車庫に向かう。一台ずつ車庫から出して表に並べる。その後で掃除と点検を始める。点検をしている間に他の社員もどんどんとやって来て笹川は挨拶をする。点検と掃除の終わったトラックからどんどんと出発していく。最後の一台と笹川が残される。笹川は一度事務所に戻り、回覧板ファイルとコンビニの袋を持ってトラックに乗り込む。
2
笹川のトラックは港の倉庫に向かいそこで荷物を受け取り、市内の別の倉庫に運ぶ。その倉庫で全別の荷物に載せ替え、市外の倉庫に向かう。朝ごはんは道道口の中に頬張る。
回覧板ファイルを信号停止のたびに確認する。通学路注意などの文字が赤字で書き込んである。信号が変わると左右確認をしてから車をスタートさせる。
目的の倉庫で荷物の入れ替えが終わると少し休憩をする。再び運転席に座ると車を走らせる。しばらく快調に直線を進む。笹川は左手の歩道を何度か確認する。自転車をこいでいる男が同じ方向に進んでいる。前を行く信号は歩道が青から赤になり、車道側の信号も青から黄色、赤になった。笹川は左折の合図をさせて信号待ちをする。そこに自転車の男が追いついてきて自転車を降りて、信号待ちをするのが見えた。他に歩行者の姿は見えない。
信号が青になった。笹川は自転車の男を見る。男はまだ動く気配を見せない。そこで笹川はゆっくりと左折を開始する。
どん。
トラックに軽い衝撃を受け、笹川はブレーキを踏む。車輪が止まるよりも早く何かに乗り上げる。笹川は何度もブレーキを踏み込む。すぐに左側を確認する。自転車の男がいない。少し離れたところで主婦らしき女性が悲鳴を上げる。笹川は車をストップさせて外に飛び出る。
前輪の下に自転車と灰色の服を着た人と自転車を運転していた男が車の下に入り込んでいる。すでに二人ともピクリとも動いていない。灰色の服の人は自転車と絡みあうような形になってしまっていた。
笹川はすぐに運転席に戻りスマートフォンから警察と救急に連絡を入れると、力なく外に歩き出し車道の脇に座り込む。それから思い出したように会社にも連絡をする。
原付きの警察がやってきて事情聴取が始まる。その間に救急車がやってくる。少しすると、パトカーに乗って警察官が二名増える。警察官はトラックの前輪の周りをブルーシートで囲む。徐々に人だかりと渋滞ができる。
警察官が応援を呼び、交通整理とトラックの下から自転車と被害者が二人運びだされ確認のために病院へと搬送される。その頃、笹川の務める会社からも人が到着する。
笹川は気落ちした様子で受け答えをする。被害者が二人であることを聞かされると笹川は小さな悲鳴を上げた。その後は会社の人間の励ましにも力なく返事をするばかりだった。
3
笹川はその後も事情聴取を何度か受けた。会社の弁護士の勧めで裁判の前に被害者遺族にも謝罪をする。自転車の所有者コマツジュンの遺族には会うことが出来たが、もう一人のカヌマエイコの遺族には結局会うことは出来なかった。
ドライブレコーダーの解析をして笹川の過失は相当程度低いことがわかった。しかし、人を二人轢いて死なせてしまったというショックが大きく笹川は休暇を取ることになった。
弁護士には裁判が終わるまで誰にも会わないように言われていたが、笹川は夜のファミレスで一人の男に会っていた。
隠れるように店内の角の席で待っていると、一人の男が近づいてくる。若い男だ。自分と同い年かひょっとすると年下かもしれない。スェット上下の笹川と違って男は埃もシワもないスーツ姿だった。着ているものの金額の差で自分が下の人間であると感じるのがひどく嫌だった。男は笹川に自分のことをジエイと言う霊能者だと名乗った。
「少し話を聞かせてもらってもいいですか?」
霊能者ジエイの問いに笹川は小さくうなずく。
「左折するときに被害者男性を認識していました?」
笹川はまた小さくうなずく。
「その時、他に誰かいましたか?」
すると笹川は急に顔を上げて今にも泣き出しそうな顔を見せる。
「見てません。見てません。絶対に見てません。前にもいなかったし、自転車の男の人は明らかに自転車を降りて止まって俺が曲がるのを待ってたんです。そうしたら、いきなりその人が消えて……」
「その人って、自転車の男の人?」
笹川はうなずく。
「他に誰もいなかったです。それで後で警察から被害者が二人だって聞かされて。でも、俺、ちゃんと確認したんですよ。自転車の人は止まってたんだって。それに、俺、そんなに速いスピードで曲がらなかったですから。だから、なんか変な音と感触が今も残ってて……」
「覚えていちゃいけない名前って知ってますか?」
笹川は予想をしない質問に顔を上げた。霊能者ジエイは至って真面目な顔をしている。
「は?」
「いや、いいんです。あと、最近身の回りで変なことはありませんか?」
「今回の事故以上に変なことなんてないです」
笹川は少し落ち着いて首を小さく振る。
「辛い質問かもしれませんが、被害者の名前は知っていますか?」
「はい。コマツジュンさんとカヌマエイコさんです」
「カヌマエイコ?」
「はい」
霊能者ジエイは女性の被害者の名前をしつこく確認してくる。最後には名前まで書かされるのだった。それでも霊能者ジエイは納得しないようだったが、話はそれで終わった。
4
遺族のいない被害者の飛び込みが事故の原因だということになり書類送検だけで事故は処理された。巻き込まれた被害者の遺族は納得がいかなかっただろうが不自然なまでにスピード決着となって終わった。会社は笹川を解雇をすることはなかった。笹川は以前よりも意欲的に働くようになり、職場の人間から働き過ぎを心配されるようになった。
「いえ、俺、会社のために頑張りますから」
しばらくは営業でトラックの運転をすることもなかったが、徐々に元気を取り戻す笹川を見て会社は笹川を再び運転手として活用することを決定した。
そんなある日。仕事の休みで自宅にいた時にたまたま付けたテレビ番組に霊能者ジエイが出ているのに気がついた。どうやら霊能者同士の対決のようだが、ジエイはエイクウと言う別の霊能者に押されていた。その中で出てきたタヌマテイコと言う名前に笹川の身動きが止まる。
「タヌマテイコ」
笹川はその名前を声に出してみる。
「タヌマテイコ」
もう一度、声に出す。部屋の明かりが1,2度点滅した。笹川はそんなことを気にすることもなくスマートフォンを取り出して、すぐにタヌマテイコのことを調べ始めた。
検索して出てくる文字を見て、笹川は怒りで顔を赤く染める。
「俺の事故をダシにしようとしたんだな」
笹川はテレビを消す。スマートフォンも布団の上に投げた。
「バカにしやがって! 俺は潰されねえぞ!」
翌日、社長に直訴する形で遠方輸送に回してくれるように願い出た。社長は気分転換も兼ねて行って来いとあっさりと許可を出した。初めてということもあり、日数に余裕がある仕事を用意すると言ってくれた。笹川は嬉しそうに数日を過ごした。
5
「じゃあ、安全運転だぞ」
社長は笹川の肩を叩いた。笹川は力強くうなずいた。
笹川は順調に仕事をこなしていた。初めて通る道路とはいえその殆どは主要幹線道路だ。時間的な余裕もある。適度な休憩を入れながら笹川はどんどん進んでいく。
「今までの不幸を取り返すんだ」
そう意気込みながら更に道を行く。夕方が近づいてくると車を広い駐車場のコンビニに停める。夜食を買い仮眠を取るために車内のロックを忘れないようにする。後部にある仮眠場所に潜り込もうとすると、クラクションを鳴らしながら入ってくる黒塗りの高級車が見えた。笹川がそれを見ていると近くに止まったその高級車からドアを付き人らしき人間に開けさせて僧侶のような男が出てきた。
「あの霊能力者だ」
笹川は唇を噛んだ。そして無視するように仮眠場所に潜り込む。外から霊能力者たちの声が聞こえてくる。
「エイクウ先生。ここで収録をした後、温泉に宿が取ってありますから今夜はそちらで」
「お前、馬鹿じゃないの? 二泊くらい取るんだよ。どうせテレビ局の金なんだから」
笹川は毛布を頭からかぶった。
目が覚めると、23時を過ぎていた。笹川は運転席に戻ると、エンジンを掛ける。上半身を思い切り伸ばすと運転を開始して高速道路を目指し始める。
午前0時少し過ぎるくらいに高速道路に入る。一車線区間を進む。しばらくすると後ろから上向きライトで走ってくる車が煽ってくる。
笹川は嫌な顔をしながらも、無視した。しばらく進むと追い越し区間になり、煽ってきた車はしばらく並走してきた。文句をつけているようだった。やがて、抜き去っていった。
その車を見て笹川の目の色が変わった。
「あいつだ」
笹川のアクセルを踏む足に力が入った。
「何がタヌマテイコだ! バカにしやがって!」
トラックはぐんぐんとスピードを上げる。が、霊能者エイクウの車はもうはるか先だった。それでも笹川はアクセルを踏む力を緩めなかった。
真っ直ぐで暗い高速道路。この辺りの高速道路には電灯はほとんど無い。後続車もない。前をゆく車も見えない。そんな中、笹川は助手席に誰かが乗っていることに気がついた。
チラチラと横目で確認をする。
そこにいるのは灰色の肌をした長い黒髪の女。なにか小さな声でずっとブツブツ言っている。
「いつからそこにいるんだ? いつからそこにいるんだよ!」
笹川は前を見たまま徐々に声を荒げる。灰色の女は笹川の問いに答えずにずっとブツブツつぶやいている。目の前にトンネルが見える。笹川はハンドルを強く握る。
「お前がなんだってかまわないぞ! ハンドルを取ろうとしても絶対に渡さないからな!」
トンネルの中はオレンジ色の光が見える。外を走るよりも明るい。トンネルの中に入ると灰色の女の声が徐々に大きくなってくる。
「死ぬのは嫌。死にたくない。死ぬのなんて嫌よ。死にたくない。死にたくない。死にたくない……」
灰色の女はずっとそう繰り返す。
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
笹川も負けないくらいに怒鳴る。すると灰色の女の声は叫びに変わっていく。
「うるさい! 黙れ!」
笹川が横を向いて大きな声で灰色の女に怒鳴った時、トンネルが終わった。そこには事故渋滞で止まっていた車が数台停車していた。笹川がブレーキを踏もうとした瞬間、前にいた霊能者エイクウの高級車を押しつぶし、その勢いのまま前のタンクローリーに激突した。
オレンジ色の光が、山を照らした。
笹川信。トラックを運転する仕事をしている。家が貧しかったために高校を出た後は進学せず叔父の紹介で運送業者に手伝いとして入社。真面目な働きを認められ正式採用されると運転免許の取得費用を会社に出してもらいながら取得。取得後はしばらく社員や社長を送り迎えするなどして経験を積み、3年後に大型運転免許を取得し会社のトラック運転手となる。10年が経った今も無事故無違反のままで最近会社に表彰された。
その日は、笹川にとっていつもと同じスタートだった。いつもの様に目を覚まし、いつもの様に布団から出て、顔を洗い着替え、朝ごはんを食べずに家を出る。やや混み始めた会社までの道を自家用車で向かう。途中コンビニで朝ごはんを買う。会社の外門を開き駐車場に車を停めて事務所に向かう。入り口の鍵を開けると、
「おはようございます」
と、誰もいない事務所に入っていく。カーテンを開き、窓を開ける。そこに中年女性の事務員が入ってくる。
「おはようございます」
「おはようございます。信くん、今日も早いわね」
「ついさっき来たばかりですから」
「あんまりキチンとしてると、お嫁さん来ないわよ」
笹川は軽く笑って、いやあと答える。
「じゃあ、トラックの点検に行ってきます」
そう言うと事務所を出て裏の車庫に向かう。一台ずつ車庫から出して表に並べる。その後で掃除と点検を始める。点検をしている間に他の社員もどんどんとやって来て笹川は挨拶をする。点検と掃除の終わったトラックからどんどんと出発していく。最後の一台と笹川が残される。笹川は一度事務所に戻り、回覧板ファイルとコンビニの袋を持ってトラックに乗り込む。
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笹川のトラックは港の倉庫に向かいそこで荷物を受け取り、市内の別の倉庫に運ぶ。その倉庫で全別の荷物に載せ替え、市外の倉庫に向かう。朝ごはんは道道口の中に頬張る。
回覧板ファイルを信号停止のたびに確認する。通学路注意などの文字が赤字で書き込んである。信号が変わると左右確認をしてから車をスタートさせる。
目的の倉庫で荷物の入れ替えが終わると少し休憩をする。再び運転席に座ると車を走らせる。しばらく快調に直線を進む。笹川は左手の歩道を何度か確認する。自転車をこいでいる男が同じ方向に進んでいる。前を行く信号は歩道が青から赤になり、車道側の信号も青から黄色、赤になった。笹川は左折の合図をさせて信号待ちをする。そこに自転車の男が追いついてきて自転車を降りて、信号待ちをするのが見えた。他に歩行者の姿は見えない。
信号が青になった。笹川は自転車の男を見る。男はまだ動く気配を見せない。そこで笹川はゆっくりと左折を開始する。
どん。
トラックに軽い衝撃を受け、笹川はブレーキを踏む。車輪が止まるよりも早く何かに乗り上げる。笹川は何度もブレーキを踏み込む。すぐに左側を確認する。自転車の男がいない。少し離れたところで主婦らしき女性が悲鳴を上げる。笹川は車をストップさせて外に飛び出る。
前輪の下に自転車と灰色の服を着た人と自転車を運転していた男が車の下に入り込んでいる。すでに二人ともピクリとも動いていない。灰色の服の人は自転車と絡みあうような形になってしまっていた。
笹川はすぐに運転席に戻りスマートフォンから警察と救急に連絡を入れると、力なく外に歩き出し車道の脇に座り込む。それから思い出したように会社にも連絡をする。
原付きの警察がやってきて事情聴取が始まる。その間に救急車がやってくる。少しすると、パトカーに乗って警察官が二名増える。警察官はトラックの前輪の周りをブルーシートで囲む。徐々に人だかりと渋滞ができる。
警察官が応援を呼び、交通整理とトラックの下から自転車と被害者が二人運びだされ確認のために病院へと搬送される。その頃、笹川の務める会社からも人が到着する。
笹川は気落ちした様子で受け答えをする。被害者が二人であることを聞かされると笹川は小さな悲鳴を上げた。その後は会社の人間の励ましにも力なく返事をするばかりだった。
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笹川はその後も事情聴取を何度か受けた。会社の弁護士の勧めで裁判の前に被害者遺族にも謝罪をする。自転車の所有者コマツジュンの遺族には会うことが出来たが、もう一人のカヌマエイコの遺族には結局会うことは出来なかった。
ドライブレコーダーの解析をして笹川の過失は相当程度低いことがわかった。しかし、人を二人轢いて死なせてしまったというショックが大きく笹川は休暇を取ることになった。
弁護士には裁判が終わるまで誰にも会わないように言われていたが、笹川は夜のファミレスで一人の男に会っていた。
隠れるように店内の角の席で待っていると、一人の男が近づいてくる。若い男だ。自分と同い年かひょっとすると年下かもしれない。スェット上下の笹川と違って男は埃もシワもないスーツ姿だった。着ているものの金額の差で自分が下の人間であると感じるのがひどく嫌だった。男は笹川に自分のことをジエイと言う霊能者だと名乗った。
「少し話を聞かせてもらってもいいですか?」
霊能者ジエイの問いに笹川は小さくうなずく。
「左折するときに被害者男性を認識していました?」
笹川はまた小さくうなずく。
「その時、他に誰かいましたか?」
すると笹川は急に顔を上げて今にも泣き出しそうな顔を見せる。
「見てません。見てません。絶対に見てません。前にもいなかったし、自転車の男の人は明らかに自転車を降りて止まって俺が曲がるのを待ってたんです。そうしたら、いきなりその人が消えて……」
「その人って、自転車の男の人?」
笹川はうなずく。
「他に誰もいなかったです。それで後で警察から被害者が二人だって聞かされて。でも、俺、ちゃんと確認したんですよ。自転車の人は止まってたんだって。それに、俺、そんなに速いスピードで曲がらなかったですから。だから、なんか変な音と感触が今も残ってて……」
「覚えていちゃいけない名前って知ってますか?」
笹川は予想をしない質問に顔を上げた。霊能者ジエイは至って真面目な顔をしている。
「は?」
「いや、いいんです。あと、最近身の回りで変なことはありませんか?」
「今回の事故以上に変なことなんてないです」
笹川は少し落ち着いて首を小さく振る。
「辛い質問かもしれませんが、被害者の名前は知っていますか?」
「はい。コマツジュンさんとカヌマエイコさんです」
「カヌマエイコ?」
「はい」
霊能者ジエイは女性の被害者の名前をしつこく確認してくる。最後には名前まで書かされるのだった。それでも霊能者ジエイは納得しないようだったが、話はそれで終わった。
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遺族のいない被害者の飛び込みが事故の原因だということになり書類送検だけで事故は処理された。巻き込まれた被害者の遺族は納得がいかなかっただろうが不自然なまでにスピード決着となって終わった。会社は笹川を解雇をすることはなかった。笹川は以前よりも意欲的に働くようになり、職場の人間から働き過ぎを心配されるようになった。
「いえ、俺、会社のために頑張りますから」
しばらくは営業でトラックの運転をすることもなかったが、徐々に元気を取り戻す笹川を見て会社は笹川を再び運転手として活用することを決定した。
そんなある日。仕事の休みで自宅にいた時にたまたま付けたテレビ番組に霊能者ジエイが出ているのに気がついた。どうやら霊能者同士の対決のようだが、ジエイはエイクウと言う別の霊能者に押されていた。その中で出てきたタヌマテイコと言う名前に笹川の身動きが止まる。
「タヌマテイコ」
笹川はその名前を声に出してみる。
「タヌマテイコ」
もう一度、声に出す。部屋の明かりが1,2度点滅した。笹川はそんなことを気にすることもなくスマートフォンを取り出して、すぐにタヌマテイコのことを調べ始めた。
検索して出てくる文字を見て、笹川は怒りで顔を赤く染める。
「俺の事故をダシにしようとしたんだな」
笹川はテレビを消す。スマートフォンも布団の上に投げた。
「バカにしやがって! 俺は潰されねえぞ!」
翌日、社長に直訴する形で遠方輸送に回してくれるように願い出た。社長は気分転換も兼ねて行って来いとあっさりと許可を出した。初めてということもあり、日数に余裕がある仕事を用意すると言ってくれた。笹川は嬉しそうに数日を過ごした。
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「じゃあ、安全運転だぞ」
社長は笹川の肩を叩いた。笹川は力強くうなずいた。
笹川は順調に仕事をこなしていた。初めて通る道路とはいえその殆どは主要幹線道路だ。時間的な余裕もある。適度な休憩を入れながら笹川はどんどん進んでいく。
「今までの不幸を取り返すんだ」
そう意気込みながら更に道を行く。夕方が近づいてくると車を広い駐車場のコンビニに停める。夜食を買い仮眠を取るために車内のロックを忘れないようにする。後部にある仮眠場所に潜り込もうとすると、クラクションを鳴らしながら入ってくる黒塗りの高級車が見えた。笹川がそれを見ていると近くに止まったその高級車からドアを付き人らしき人間に開けさせて僧侶のような男が出てきた。
「あの霊能力者だ」
笹川は唇を噛んだ。そして無視するように仮眠場所に潜り込む。外から霊能力者たちの声が聞こえてくる。
「エイクウ先生。ここで収録をした後、温泉に宿が取ってありますから今夜はそちらで」
「お前、馬鹿じゃないの? 二泊くらい取るんだよ。どうせテレビ局の金なんだから」
笹川は毛布を頭からかぶった。
目が覚めると、23時を過ぎていた。笹川は運転席に戻ると、エンジンを掛ける。上半身を思い切り伸ばすと運転を開始して高速道路を目指し始める。
午前0時少し過ぎるくらいに高速道路に入る。一車線区間を進む。しばらくすると後ろから上向きライトで走ってくる車が煽ってくる。
笹川は嫌な顔をしながらも、無視した。しばらく進むと追い越し区間になり、煽ってきた車はしばらく並走してきた。文句をつけているようだった。やがて、抜き去っていった。
その車を見て笹川の目の色が変わった。
「あいつだ」
笹川のアクセルを踏む足に力が入った。
「何がタヌマテイコだ! バカにしやがって!」
トラックはぐんぐんとスピードを上げる。が、霊能者エイクウの車はもうはるか先だった。それでも笹川はアクセルを踏む力を緩めなかった。
真っ直ぐで暗い高速道路。この辺りの高速道路には電灯はほとんど無い。後続車もない。前をゆく車も見えない。そんな中、笹川は助手席に誰かが乗っていることに気がついた。
チラチラと横目で確認をする。
そこにいるのは灰色の肌をした長い黒髪の女。なにか小さな声でずっとブツブツ言っている。
「いつからそこにいるんだ? いつからそこにいるんだよ!」
笹川は前を見たまま徐々に声を荒げる。灰色の女は笹川の問いに答えずにずっとブツブツつぶやいている。目の前にトンネルが見える。笹川はハンドルを強く握る。
「お前がなんだってかまわないぞ! ハンドルを取ろうとしても絶対に渡さないからな!」
トンネルの中はオレンジ色の光が見える。外を走るよりも明るい。トンネルの中に入ると灰色の女の声が徐々に大きくなってくる。
「死ぬのは嫌。死にたくない。死ぬのなんて嫌よ。死にたくない。死にたくない。死にたくない……」
灰色の女はずっとそう繰り返す。
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
笹川も負けないくらいに怒鳴る。すると灰色の女の声は叫びに変わっていく。
「うるさい! 黙れ!」
笹川が横を向いて大きな声で灰色の女に怒鳴った時、トンネルが終わった。そこには事故渋滞で止まっていた車が数台停車していた。笹川がブレーキを踏もうとした瞬間、前にいた霊能者エイクウの高級車を押しつぶし、その勢いのまま前のタンクローリーに激突した。
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