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呪われた子 10
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バリュフの家のドアを開くと、すっかり頭上の光は細くなっていた。
セヴルは右手を自由にして草原に足を踏み出した。首から輪っかを二つ下げ、パンパンになった皮袋を背負い、臭い水筒の代わりに新しい皮の水筒を貰った。
バリュフとグロウが後ろから草原に出てくる。
「やあ、すぐ夜が来るね。泊まっていくかい?」
バリュフの声に振り返るセヴルだったが、すぐにそれを断った。
「行くよ」
バリュフはゆっくりとうなずいた。
「輪っかがあれば、夜に襲われることもないか……」
「どうもありがとう。さようなら」
セヴルは片手を上げて歩き始める。
「またおいで」
「じゃあねー」
グロウがセヴルに向かって手を振った。それを優しげに見ていたバリュフが突然大きな声を出した。
「あ、そうだ」
「はい?」
セヴルは驚きながら振り返った。バリュフが笑いながら頭をかく。
「名前、聞いてなかったよ。うっかりしてた」
「セヴル」
「セヴルね。気をつけてね」
セヴルはバリュフたちに別れを告げて草原を歩き始める。
その足取りは、軽いものだった。軽快に草を刈りながら草原の中を進んでいく。
太陽の光は柔らかくなっている。そのせいか草原を流れる風が心地よい。
こんな穏やかな風が吹く草原に人を襲う蟲が出るだなんて本当に信じられないことだった。
ぶら下がった輪っかを左手で弄ぶ。輪っかは重なりながら音を立てる。
「輪っかを持ってれば、輪っかの回収だって楽に出来るのにな。何でそうしないんだろう」
キュイキュイ。
セヴルは足を止めた。笛の音だ。
「(まさか、旦那、いやマムルが……)」
しゃがみこんだその上を、黒い影が飛び越える。危機一髪のタイミングだった。
「(違う。蟲だ! 蟲除けをしてるのに……)」
セヴルは、しゃがみこんだまま右手で折れた剣を引き抜く。
「(話が違うじゃないか)」
草を分けながらゆっくり近づいてくる赤黒い物体。でたらめについた足が、草を掻き分けながら方向を変える。
キュイキュイ。
何本もの足が、草の中に隠れた獲物を探すように蠢いている。蟲はゆっくりと前に進んでいく。見え隠れする身体は皿のように平べったかった。
セヴルは左手で鞘をベルトから引き抜き、蟲の前に放る。音を立てないように立ち上がると、蟲に対して剣を構える。
「(そいつに気を取られているうちに、斬ってやる)」
大きな音だったのに、蟲が釣られることはなかった。蟲はセヴルに向かって飛び掛ってくる。草原に寝転ぶようにしてそれをかわす。静かに立ち上がり蟲の横に回りこむ。
「(音を聞いてるわけじゃないのか?)」
それならば、ただ斬ればいいと深呼吸をする。すると、蟲の向きがセヴルのいる方へ変わる。セヴルは、ギョッとしてゆっくりと移動する。蟲は向きを変えずにさっきまでセヴルがいたところに向かっていく。
「(呼吸なのか?)」
息を止めたまま蟲に近づき、折れた剣を突き刺す。剣は大した抵抗もなく刺さり、蟲の体液を飛び散らした。真っ赤な返り血を浴びる。蟲はあっという間に溶け出し、周囲の草を真っ黒でグズグズの物体に変化させた。その臭いがセヴルを苦しめた。
「(う、鼻が痛い)」
強烈な刺激臭がセヴルの鼻を襲う。あわてて腰から皮の水筒を外して顔を洗う。こんなところを襲われたらひとたまりも無い。
草原を見回す。風が草をなでる音がセヴルを驚かせる。振り返るたびに剣を向けたが、何もいなかった。
鞘を拾って一息つく。
「(まいったな……。これじゃあ、夜が来ても寝られないじゃないか)」
セヴルは指折り数える。小隊の決まりごとを頭の中で呟く。
「(丸蟲じゃない蟲もいる。そいつには気をつけないと)」
布を三角にしてマスクにする。
「(これで少しは押さえられればいいけど)」
進む方向を見れば、背の高い草が行く手をさえぎっている。
「(この中で襲われたらたまんないな)」
セヴルは折れた剣を左手にして、開いた右手で腰から鞘を抜く。抜く瞬間に刃になった鞘がベルトを切った。
振り上げた鞘で怒りに任せて草を切る。
「(だからこの手は嫌なんだ!)」
バリュフの家のドアを開くと、すっかり頭上の光は細くなっていた。
セヴルは右手を自由にして草原に足を踏み出した。首から輪っかを二つ下げ、パンパンになった皮袋を背負い、臭い水筒の代わりに新しい皮の水筒を貰った。
バリュフとグロウが後ろから草原に出てくる。
「やあ、すぐ夜が来るね。泊まっていくかい?」
バリュフの声に振り返るセヴルだったが、すぐにそれを断った。
「行くよ」
バリュフはゆっくりとうなずいた。
「輪っかがあれば、夜に襲われることもないか……」
「どうもありがとう。さようなら」
セヴルは片手を上げて歩き始める。
「またおいで」
「じゃあねー」
グロウがセヴルに向かって手を振った。それを優しげに見ていたバリュフが突然大きな声を出した。
「あ、そうだ」
「はい?」
セヴルは驚きながら振り返った。バリュフが笑いながら頭をかく。
「名前、聞いてなかったよ。うっかりしてた」
「セヴル」
「セヴルね。気をつけてね」
セヴルはバリュフたちに別れを告げて草原を歩き始める。
その足取りは、軽いものだった。軽快に草を刈りながら草原の中を進んでいく。
太陽の光は柔らかくなっている。そのせいか草原を流れる風が心地よい。
こんな穏やかな風が吹く草原に人を襲う蟲が出るだなんて本当に信じられないことだった。
ぶら下がった輪っかを左手で弄ぶ。輪っかは重なりながら音を立てる。
「輪っかを持ってれば、輪っかの回収だって楽に出来るのにな。何でそうしないんだろう」
キュイキュイ。
セヴルは足を止めた。笛の音だ。
「(まさか、旦那、いやマムルが……)」
しゃがみこんだその上を、黒い影が飛び越える。危機一髪のタイミングだった。
「(違う。蟲だ! 蟲除けをしてるのに……)」
セヴルは、しゃがみこんだまま右手で折れた剣を引き抜く。
「(話が違うじゃないか)」
草を分けながらゆっくり近づいてくる赤黒い物体。でたらめについた足が、草を掻き分けながら方向を変える。
キュイキュイ。
何本もの足が、草の中に隠れた獲物を探すように蠢いている。蟲はゆっくりと前に進んでいく。見え隠れする身体は皿のように平べったかった。
セヴルは左手で鞘をベルトから引き抜き、蟲の前に放る。音を立てないように立ち上がると、蟲に対して剣を構える。
「(そいつに気を取られているうちに、斬ってやる)」
大きな音だったのに、蟲が釣られることはなかった。蟲はセヴルに向かって飛び掛ってくる。草原に寝転ぶようにしてそれをかわす。静かに立ち上がり蟲の横に回りこむ。
「(音を聞いてるわけじゃないのか?)」
それならば、ただ斬ればいいと深呼吸をする。すると、蟲の向きがセヴルのいる方へ変わる。セヴルは、ギョッとしてゆっくりと移動する。蟲は向きを変えずにさっきまでセヴルがいたところに向かっていく。
「(呼吸なのか?)」
息を止めたまま蟲に近づき、折れた剣を突き刺す。剣は大した抵抗もなく刺さり、蟲の体液を飛び散らした。真っ赤な返り血を浴びる。蟲はあっという間に溶け出し、周囲の草を真っ黒でグズグズの物体に変化させた。その臭いがセヴルを苦しめた。
「(う、鼻が痛い)」
強烈な刺激臭がセヴルの鼻を襲う。あわてて腰から皮の水筒を外して顔を洗う。こんなところを襲われたらひとたまりも無い。
草原を見回す。風が草をなでる音がセヴルを驚かせる。振り返るたびに剣を向けたが、何もいなかった。
鞘を拾って一息つく。
「(まいったな……。これじゃあ、夜が来ても寝られないじゃないか)」
セヴルは指折り数える。小隊の決まりごとを頭の中で呟く。
「(丸蟲じゃない蟲もいる。そいつには気をつけないと)」
布を三角にしてマスクにする。
「(これで少しは押さえられればいいけど)」
進む方向を見れば、背の高い草が行く手をさえぎっている。
「(この中で襲われたらたまんないな)」
セヴルは折れた剣を左手にして、開いた右手で腰から鞘を抜く。抜く瞬間に刃になった鞘がベルトを切った。
振り上げた鞘で怒りに任せて草を切る。
「(だからこの手は嫌なんだ!)」
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