人魚奇譚CLARISSA

ISABELLA

第八場

●第八場●
　　　ハンクの家。モートンが慌ただしく勢いよく入ってくる。

モートン　ハンク！　やった！　やったよ！　試験に合格したんだ。来春にはここを出て街に出ることになる。君のおかげだ。ありがとう！
ハンク　　俺が勉強をしたわけじゃないだろ？　それにお礼を言うならクラリスに言うんだな。あいつの支えがあってこその合格だろう？

　　　ゆっくりとクラリスが入ってくる。

クラリス　そうよ。あなたを支えるの本当に大変だったんだから。

　　　奥からベルが現れる。お腹が大きく膨らんでいる。

クラリス　ハンク？

　　　ハンク、照れくさそうに頭をかく。

モートン　何？　何？
クラリス　しばらく来ないと思ったらそう言うことだったのね。ベル、ハンク、おめでとう！
ベル　　　ありがとう。
ハンク　　俺、もうじき父親になるんだ。
モートン　ハンク。
ハンク　　立派な父親にならないとな。
モートン　お前なら大丈夫さ。
クラリス　名前はもう決めてあるの？
ハンク　　まだだよ。まだ先の話だからね。
クラリス　いとこの話だと結構あっという間らしいわよ。
ベル　　　この子が生まれる頃にはもう街へ行っているのかしらね。しばらく会いに行けないから残念だわ。
モートン　それは……。
クラリス　安心して、出産日が近くなったらモートンには一人で生活してもらうから。
モートン　え？
ハンク　　ハハハ。（咳き込む）
ベル　　　大丈夫？
ハンク　　ああ、大丈夫だ。急に笑ったせいだ。
モートン　都会で役人の仕事に就いたらあの金貸しの悪行を暴いてやるから、それまで頑張ってくれよ。
クラリス　そうすればこの町も明るくなるわ。みんながハンクのことをまた頼りにしてくれる。
ハンク　　俺のことはいいんだ。みんなにはみんなの生活があるからな。気にしてない。ベル、ちょっと船を見てくる。モートンも来るか？
モートン　ああ。
ベル　　　行ってらっしゃい。
クラリス　気をつけてね。

　　　ハンクとモートンが家を出て行く。外に出るとハンクが振り返る。

ハンク　　モートン、俺になんかあったときには、ベルと子どものことを頼んでも良いか？
モートン　そんなこと頼まれなくたって大丈夫だよ。任せとけって。
ハンク　　じゃ、お前になんかあったときにはお前の家族の面倒は俺が見てやるよ。
モートン　縁起でもないこと言うなよ。でもまぁ、頼んだぞ。

　　　ハンクとモートンは笑い合いながら去る。

クラリス　ベル、あなたのおかげでハンクは元の自分を取り戻せたわ。本当にありがとう。
ベル　　　褒めても何もでないわよ。
クラリス　それは残念。褒めて損したわ。
ベル　　　私こそ、ハンクに救われたのよ。ずっと苦しかったの。あの人には言葉じゃ言えないくらいに感謝しているわ。
クラリス　それでね、一つ言っておかなければならないことがあるの。
ベル　　　なあに？
クラリス　彼ね、ハンクは胸が悪いの。あんまり無理をすると命に関わることがあるのよ。
ベル　　　なんだ。そのこと。
クラリス　そんな、もっと心配してよ。
ベル　　　大丈夫よ。この子が生まれたら、故郷に薬を取りに帰るわ。実はね、どんな病気だって治してしまう薬を作れるとってもすごいおばあさんがいるのよ。
クラリス　え？　それ本当の話？
ベル　　　ええ。他にも人を人魚にする方法とか、眉毛をフナ虫にする方法なんかも教えてくれるのよ。
クラリス　もう。一気に不安になったわ。借金を返したら、大きな町のお医者さんにきちんと見てもらってね。
ベル　　　はいはい、わかったわ。
クラリス　はいは１回。
ベル　　　もう、クラリスは本当のお姉さんみたい。
クラリス　そう？　こんなかわいい妹がいて私は幸せだわ。性格にはちょっと難があるけどね。
ベル　　　姉さんは一言余計なところが玉に瑕ね。
クラリス　ごめんごめん。
ベル　　　ごめんは１回！
クラリス　ごめんは何度言ってもいいの。
ベル　　　ブー。
クラリス　さ、二人が帰ってくるまでに何か作りますか。
ベル　　　そうね。
クラリス　あんたはそこで横になってなさい。
ベル　　　暇だから手伝う。じっとしてたら死んじゃうもん。……ねえ、クラリス。
クラリス　なあに？
ベル　　　もし、女の子が生まれたら、あなたの名前を少し貰っても良い？
クラリス　なによ。女の子って決まってるみたいな言い方よね？
ベル　　　私たち……、私の家系は女ばかり生まれるもんだからね。
クラリス　いいわよ。でもどんな名前にするつもり？
ベル　　　それはね。クラリッサよ。
クラリス　結構普通の名前ね。
ベル　　　ダメ？
クラリス　そんなこと無いわ。素敵な名前よ。私に似てきっといい子になるでしょうね。
ベル　　　あら、それは全然ありがたみが無いわ。

　　　二人笑いあう。

　　　暗転。