人魚奇譚CLARISSA

大秦頼太

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SIRENA

第七場

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●第七場●
   魔女の庵の前。
   タコが座っている。イザベラ、ディアナ、クラリッサがやってくる。

タコ    なんだ? また来たのか? 人魚ってやつは案外暇なんだな。
イザベラ  うるさいね。魔女はいるかい?
タコ    ……ああ。(あんまり元気がない)
イザベラ  なんだい? 具合が悪いのかい?
タコ    大したことない。腹が減ってるだけだ。
イザベラ  門番のくせに情けないこと言うんじゃないよ。
タコ    俺に用があるんじゃないだろ? さっさと入れ。
イザベラ  うるさいね。そうさせてもらうよ。

   魔女の庵。
   イザベラを先頭にクラリッサとディアナが入ってくる。

イザベラ  いるかい?
魔女    なんだい?
イザベラ  あんたあたしになにか言うことはないかい?
魔女    言うことなんかなにもないね。
イザベラ  これでも?

   イザベラ、魔女の目の前に薬の瓶を置く。

魔女    あっ、
イザベラ  思い出したかい?
魔女    そ、それが何だって言うんだい?
イザベラ  これは私がお前から薬だってもらったものなんだけど薬で間違いないかい?
魔女    そうだよ薬だよ。
イザベラ  そう。じゃあ今ここで飲んでみてくれる?
魔女    あたしゃ健康だから薬なんていらないよ。
イザベラ  飲まないんだったら、無理やり飲ませてやってもいいんだけどね。
魔女    えっ。そいつは、その……、アレだよ。
イザベラ  ただまぁ、もしかしたら別の薬と間違えただけってこともあるわけじゃない。ねぇ?
魔女    まぁそうだね。そういうこともあるかも。
イザベラ  どうだい? コレは私が頼んだ薬かい? あたしが頼んだ薬ならあんたに飲んでもらう。こっちは3人いるから力ずくで飲ます。
魔女    あら!(棒)あたしゃうっかり薬を間違えてたみたいだよ!
イザベラ  そうかい。じゃあ、あたしの頼んだ薬をよこしな。
クラリッサ もらってどうするの?
イザベラ  黙ってな。
魔女    それが今はあいにくと無いんじゃ。またおいで。今度来るまでに作っておいてやるから……。
イザベラ  冗談じゃない! あたしは十五年と若さを支払ったんだ。薬がないなら若さを返してもらうよ。返さないって言うならこの家の中のものを全部壊す!
魔女    やめとくれ! 大体、一五年は私との取引じゃないのに。
イザベラ  どこから壊してもらいたい?
魔女    お前みたいなやつのために門番を雇ってるのさ。おい、タコ! 出番だよ!

   タコ、ゆっくり入ってくる。

タコ    呼んだか?
魔女    こいつらを追い出しな。
タコ    なんで?
魔女    お前は門番だろ!
タコ    いるだけでいいって言ったのはそっちだろ。で、こいつらなにをしたんだ?
クラリッサ まだ何もしてないわ。
ディアナ  してないっス。
イザベラ  この魔女が約束を守らなかったから、取られたものを取り返しに来たのさ。
タコ    (魔女に)なら、返してやれ。こいつらが何か壊したらまた呼んでくれ。そうしたら追い出す。
イザベラ  あんた、話がわかるやつね。
タコ    一応、俺も客だからな。

   タコ、外に出ていく。

魔女    ……なにが必要だい?
イザベラ  まず若さを返しな。それから足が欲しい。あと睡眠薬みたいなもの。それから……。
魔女    まだあるのかい? 欲張りだねぇ。
イザベラ  なんたって十五年もムダにしたからね。
魔女    お前の足は乾かせばまだ人の足になるよ。睡眠薬は何と交換する?
イザベラ  それくらいサービスしな。嘘をついていたんだから一切合切返してもらうよ。
魔女    そいつは横暴じゃないかい。
イザベラ  クラリッサ、お前の髪はどうする?
クラリッサ 私はいいわ。髪なんてまた生えてくるもの。
イザベラ  わかった。聞いたとおりだ。これから伸びる分は返しな。
魔女    チッ……。
クラリッサ え? 髪をあげるってそういうことだったの?
イザベラ  そうさ、みんな上手いことこいつにダマサれるのさ。じゃあ、あんたたちは外で待ってな。
クラリッサ イザベラは?
イザベラ  これから若さを返してもらう。
魔女    いやだいやだ。せっかくピチピチの肌になったのに。
イザベラ  観念するんだよ!

   メイク直し。クラリッサたちが外で暇つぶし。

タコ    用が済んだのか?
ディアナ  姐さん待ちです。
タコ    姐さん?
クラリッサ イザベラが若さを取り戻すんですって。
タコ    若さねぇ。
ディアナ  イザ姉はあたしたちの憧れなんだ。
クラリッサ イザ姉って何よ?
ディアナ  イザベラさんの若かりし頃の愛称です!
クラリッサ へー。
ディアナ  昔、アデリーナたちの派閥とイザ姉の派閥があって、あ、でもイザ姉はそういうの参加しないっていうか、孤高の人魚でさぁ、誰も側に寄れなかったんだ。そのうちイザ姉は歌のことで悩んでしまって人魚のすみかを出ていったんだ。
タコ    ここを出てどこに行ったんだ?
ディアナ  陸に。
クラリッサ 人間になろうとしたの?
ディアナ  わかんないけど人間の男に恋をしてその男のために歌ったって。
クラリッサ 歌くらい歌ったって良いじゃないの。
ディアナ  良くないっス! 人魚の歌は海の神様のためにあるんだから、人間のために歌ったらダメなんっスよ。
クラリッサ そうなの?
タコ    俺に聞くな。で、今なんで若さが欲しくなったんだ?
ディアナ  実は魔女が約束を破って薬を取り替えてたっスよ。男に飲ませる薬が毒薬だったんです。
タコ    そりゃ酷い。クーリングオフってやつだな。
ディアナ  そう。クリーニングオフってやつっス。
クラリッサ タコさんはなんで門番なんてしてるの?
タコ    あぁ、タコには心臓が三つあるんだが、二つの心臓の調子が悪くてな。それで、その治療薬を貰いに来たんだが、品切れでな。交換するものも特になかったから、しばらくここで門番をする約束になったんだ。
ディアナ  あんたもウソをつかれてるんじゃないスか? 言ったほうがいいスよ。
タコ    まぁ、嘘か本当か他の生き物には劇薬だって言うからな。もうしばらく待ってみるさ。心臓が治らないことには狩りもできないしな。

   若返ったイザベラが出てくるとディアナが姿勢を正す。

ディアナ  イザ姉!
タコ    ほう。
クラリッサ え! これがイザベラ?
イザベラ  そうだよ。またせたね。行くよ。
クラリッサ 一体どういうこと?
イザベラ  若さを吸い取られてたから返してもらえば元に戻るだろ?
クラリッサ そういうものなの?
タコ    驚いたな。
イザベラ  そりゃどうも。
タコ    俺の母ちゃんにそっくりだ。
イザベラ  どうしてタコと人魚が同じに見えるのよ! 目が悪いんじゃないのこのタコ!
タコ    口が悪いな。バラみたいなやつだ。
イザベラ  バカとは何よ!
タコ    バ、ラ。
イザベラ  バ、カ?
タコ    バラだ。あれ? バラって海にもあるもんか?
イザベラ  知らないわよ! これ以上言ったらその足をバラバラにしてやるからね。
タコ    おお、おっかない。じゃあ、俺は引っ込むさ。
イザベラ  ほら、行くよ。
クラリッサ 行くってどこに?
イザベラ  海岸に行ってジョーイをさらうんだよ。
クラリッサ え? なんで?
イザベラ  海に捧げるために決まってるだろ。
クラリッサ どうやって?
イザベラ  まず陸に言ってジョーイを見つける。その後であたしが海岸で亀をいじめている子ども達がいるからって言ってジョーイに助けを求める。そして、亀を助けたジョーイにお礼をするって言ってそのまま亀に乗せて誘拐する作戦よ。
ディアナ  おお、和風っスね!
クラリッサ なんでイザベラが?
イザベラ  ジョーイを知っていて面が割れてないからだよ。私はあいつを知ってるけどあいつは若い私を知らないだろ?
クラリッサ 睡眠薬は?
イザベラ  お礼をするって亀に乗せた時に後ろからこの眠りサンゴの枝をズドンよ。頭に刺せばぐっすり安眠だって話。
クラリッサ なるほどね。油断させて頭にズドンね?
イザベラ  そういうこと。
クラリッサ 眠れないのかと思ったわ。
イザベラ  あんたの脳みそは本当に平和で幸せだね。
クラリッサ うるさいわね。

   暗転。

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