幸せの青い本

大秦頼太

文字の大きさ
7 / 18

幸せの青い本 7

しおりを挟む


 ミユキは人のいない図書室の奥の席で隠れるように本を読んでいた。熱中していたのか背後にサクラとマコが立ってみても一向に気がつかない様子だった。
 マコは落ち着かない様子であたりに目を配っていた。ひどくおびえて見えたのか、サクラがマコの手を強く握り締める。
「ありがとう」
 マコの声にミユキが体を震わせて驚く。見上げるとサクラが楽しげに笑っていた。
「おーい。勝手に任務を放り出してはだめだぞー」
「最初は探してたのよ。でも、ちょっとだけならいいかなって、ここにはいなかったし……。あれ? ここにいたの?」
 落ち着いてくるとミユキはマコの存在にも気がついたようだ。マコは首を振る。
「迷っちゃって」
「ここは迷路みたいだからね」
 サクラはミユキの本を覗き込む。
「何の本?」
「別に面白いわけじゃないんだけどね」
 ミユキはそう前置きをしながら、サクラに本の内容を説明する。マコはサクラの手を逃れて本棚を覗き込んだ。赤い背表紙の本を指でなぞる。一冊の本を引き抜くと、本棚に体を預けて表紙を開く。その顔が和らいでいく。
「本好きなの?」
 サクラの呼びかけに驚き、マコは本を閉じる。急いで本棚に本を戻した。サクラが笑顔でしまわれた本を指差す。
「逆さま」
「あ」
 マコは顔を赤くしながら本を直す。
「昔は、よく読んだけどね」
「今は?」
 口を開きかけるマコの後ろからミユキが顔を出す。
「ねえ、そろそろ時間だよ」
「あ、うん。戻ろうか」
 サクラとミユキが図書室の入り口へ向かう。マコの目が本棚の列の奥を見つめたまま動かなくなった。
 青い本が床の上に落ちている。
 マコの体が突然震えだす。そして、本棚にしがみつくように床へと崩れていく。
「どうしたの?」
 サクラとミユキが戻ってくる。
「具合が悪いの?」
 心配するサクラの隣でミユキが青い本に近づいていく。
「だめ。それに触らないで」
 マコの口から出る言葉は、体の震えによって意味を成さなかった。ミユキが青い本を拾い上げた。蛍光灯が点滅して図書室の中が一瞬のうちに薄暗くなる。
 マコは叫んだ。左肩の上の辺りから男の左腕が伸び、マコの口を押さえる。マコはそれを振りほどき、あらん限りの息で声を吐き出そうとした。右肩の上から女性の右腕が伸びマコの口を押さえる。今度は男の左腕もマコをうまく押さえることができた。
 マコはゆっくりと後ずさりする。
「停電かな?」
 サクラの声が薄暗い図書室の中に広がっていく。
「ねえ、これって幸せの青い本じゃない?」
 ミユキが興奮した様子で青い本を開く。
 マコは走り出した。図書室の入り口にある司書室の窓を覗く。ペン立てに目が留まる。そこにハサミを見つけると、それを勢いよくつかむ。ペン立ては吹き飛ばされて司書室の床にペンや線引きをぶちまける。
 マコはハサミを握りながらサクラたちの元に戻っていく。
 暗がりの中で二人は席について青い本を開いていた。
「今すぐそれを捨てて」
 マコの呼びかけに二人とも反応しない。マコのことなど忘れてしまったかのように青い本に吸い込まれるくらいに熱中していた。
「ダメ!」
 マコは二人の手から青い本を奪い取ると、青い本に向かってハサミを突き立てた。サクラが机の上に頭を伏せる。図書室の中に額を打つ音が響いた。
「何するのよ!」
 ミユキがマコを押しのけて青い本を抱きかかえる。腕と腕の間から突き刺さったハサミが覗いている。
「幸せの本に何をするのよ!」
 ミユキの目は血走っていた。マコは机の足に背中を打って、すぐには立ち上がれなかった。ミユキに向かって手を伸ばす。マコは奪われまいと身を捩る。
「それは、幸せの本なんかじゃ……」
「これは、私の物なんだから!」
 ミユキはマコの手から強引に青い本を奪い取ると、それを抱いて図書室を駆け出していった。
 図書室の蛍光灯が、たった一つだけ点灯する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...