2 / 4
異世界王に俺はならない!
2
しおりを挟む「そりゃ、知ってるわよ」
本日二度目の柄にもなく慌てる俺を気にもせず、さも当たり前のように言い放つ。
「そんなことはどうでもいいんだけどさぁ、もうホントに凍え死ぬかと思ったんだから!」
そう言って、ずかずかと遠慮なくリビングへ向かう。
「どうでもよくねぇよ! ついさっき会ったばっかの初対面だろ!? 名を名乗った覚えもないし、何で知ってんだよ!」
ニヤリと顔を歪め、白く細長い指を口元に当てる。
「んー、温かいハーブティとシナモンの香りがするおいしいクッキーを食べたら教えてあげる」
まるで我が家のように、リビングの三人掛けふかふかソファーへ腰掛けてムカつく笑顔で言ってくる。
「んなもんねぇよ、つーかこっちはそんな場合じゃねぇんだよ! 言え!」
「やーだやーだ、さむくてしゃべれないー」
何なんだこいつは。仮にも、百億歩譲って自称女王だろ。もうちょっと気品とか高貴さとかなんかいろいろあるだろ?
「 ⋯⋯ 緑茶かコーヒーしかねぇぞ」
「にがいのはや!」
「や! じゃねぇよ全く ⋯⋯ 」
このままじゃ埒があかない。名前を知っている理由は当然聞き出すが糠に釘。怒鳴ってもあまり効果的じゃなさそうだ。
数分後、お盆に煎茶の入った湯呑みを二つ乗せてリビングへ戻る。
「アハハハハッ! なにこれ、おもしろーい! これがテレビってやつ?」
「自分の家か!」
ソファーに片肘をついて寝転がり、深夜のバラエティ番組を見て笑っている自称女王。
「いいじゃーん、かたっ苦しいことはいいっこなしでしょ? 私たちの中じゃん」
もう、面倒くさい。会って十数分、ツッコミどころが多すぎて面倒になってきた。
「そんなことより、この食べ物なに? すごく美味しいんだけど! おかわり!」
「あ! テメェ! 俺の肉まん食いやがったな!」
テーブルの上には、無残にもくしゃくしゃにされて放置された肉まんの残骸。出会って数分の人の家で勝手に寛ぐだけでは飽き足らず、人の楽しみまで奪いやがったこのアマ。
「これニクマンって言うのね。気に入ったわすごく! はやくおかわり!」
「ねぇよ! 俺のぶん一つしか買ってきてないんだから!」
「えー、何よケチ臭いわね、買ってきて! ほら! はやく! たくさん!」
「よし、出てけ。今すぐに」
「わ、わかったわよ ⋯⋯ 」
俺の座った目を見て大人しくなった。こっちがちょっと下手に出てりゃいい気になりやがって。
「それで? 何が聞きたいの?」
何がと簡単に言うが、聞きたいことがありすぎる。
・お前はどこのだれなのか
・その格好は何なのか
・何故家の前にいたのか
・名前を知っているのは何故か
・目的は何か
パッと思いつくだけでもこれだけある。冷静に考えて、ただの酔っ払いの言動ではあり得ないし、接したみてマトモではないが、それはこいつが元よりキチ◯イでアルコールのせいとは思えなかった。
そんなヤツがこの寒空の下、ドレス一枚でボロアパートの階段に座っていたんだ。何か、よほどの理由があるはずだ。
俺の名前を知っていた事も気になる。
その辺りをまとめて問いかけた。
「 ⋯⋯ ちょっと待って、この番組終わってからにして」
「殺すぞ」
ファンキーはテレビのチャンネルを取り上げられ、静かになった部屋で、ソファーに座る俺の前に床に正座をして俯いている。
「それで? こっちは真剣に質問してるんだ。お前も真剣に答えろよ?」
「 ⋯⋯ はい、私は【アルタニア王国】第六八代女王、【ハイネス=シルフィリア】です ⋯⋯ ハイネスって呼んでください ⋯⋯ 」
「真剣に答えろって言っただろ」
「真剣だもん! 嘘偽りなく真実よッ!」
うーむ、嘘をついている目には見えないな。本当に頭がおかしいという説は残しつつ、次を促す。
「それで?」
「格好のこと? これはお忍びで外出する時用のドレスよ」
「真っ赤なドレスでお忍びとは笑わせよるなお主」
「仕方ないじゃない! 赤が好きなんだから!」
仕方ないの意味がわからないが。
「なんで家の前に座ってたんだ?」
「それはアンタのせいよ!」
何だよ突然。指すな、人を指すな。
「ジイに建物の名前は教えてもらって、すぐ近くに召喚してもらったんだけど ⋯⋯ 」
「ちょっと待て、召喚?」
「腰折らないでくれる? 召喚ったら召喚よ、こっちではなんていうんだっけ? ⋯⋯ そうだ!どこでもドアよ!
」
「やめなさい! ——というか待てよ、お前なんとか王国から召喚されたくせに、なんでそんなローカル極まりないこと知ってんだよ」
「ドラえもんでしょ?」
「だからやめなさい! そもそもどうして言葉が通じるんだ」
「ほんやくこんにゃ——」
「——やめろっつってんだろ!!」
ヘラヘラと楽しそうにハイネスが笑う。完全にバカにしてやがる。
「こっちの世界の知識は事前にある程度勉強してきたわ、その一環でアニメを見たの——あっ、ニクマンは知らなかったけどね」
それでなぜそのチョイスなのか。まぁ代表的と言えばそうだが ⋯⋯ 。
「言葉はジイの魔法よ、なんかよくわからないけどその辺は色々なんとかなるらしいわ」
適当すぎやしませんかその説明。
「さっきからジイって人が出てくるけど、それってあれか? やっぱり執事なのか?」
「そうよ、自慢じゃないけどうちのジイはそんじょそこらの執事とはわけが違うんだからね、私がまだ5歳のとき——」
誇らしげにジイの話を始めようとしているが、いきなり5歳まで遡ったことをみるに、これから現在までの話が延々と続きそうだな。
「——わかった、俺が悪かったから話を続けてくれ」
途中で邪魔されてブーブー口を尖らせて不満そうにしながらも続きを話し出した。
「それでね、ジイに建物の名前は聞いてたんだけど、辺りを見渡しても似たような建物ばっかだし、探したわ。私探した。すごく寒いし真っ暗だしすれ違う人たちの視線は冷たいし」
フローリングの床にへたり込んで続ける。
「そもそも何? 豊荘ってさ、豊って富めるって意味じゃないの!? 見つけてみたら何よこのボロボロのアパートは! キテレツ大百科のベンゾウさんの家じゃない!」
こいつはこの世界について藤子不二雄から学んだことはよーくわかったが、完全に濡れ衣じゃねぇか。俺のせいったよなこいつ。
「見つけたはいいけどマサトが何合室に住んでるのかわかんないし、途方に暮れてたのよ。私死ぬのかなって。異世界についた途端、使命を果たせず寒空の下、野垂れ死ぬのかなって」
「あーもうわかったよ! それでなんで俺の名前知ってたんだ」
「——あなたが候補だから」
今までになく、真剣な表情で言う。
「候補?」
一体何の候補だと言うのか。
「そう、私たちの世界を統べる【王】の候補」
王? 真面目な顔して何を言っているんだこいつは。ただの貧乏大学生を捕まえて王だと?
「私たちの世界は世界中を巻き込んだ大戦の最中なの」
ハイネスが言うには ⋯⋯
ハイネスたちの世界【エルドラ】は現在、六つの国の争いが七十年続く大戦が行われていると言う。
魔法やドラゴン飛び交う大戦争は人はもちろん、田畑を焼き、水を汚し、枯らし、人々は家を焼き出され、食に喘ぎ、悲惨なんて言葉では到底言い表せぬ程の惨状だと言う。
そんな誰も得しない戦争辞めちまえ、と俺は心の中で思うがそれができたら誰も困らない。
この世界の、それも日本という恵まれた国に育った人間の甘えた、平和ボケした考えなのだろう。
「その戦争と王が一体どんな関係があるんだ?」
「きっとどの国も戦争を終わらせたい気持ちは一緒なの。それでも終わらない、いや終わらせることができないのよ」
なぜか? 俺はその問いを口には出さずにハイネスの言葉を待った。
「落とし所よ、みんな少しでも良い条件で終わらせたいの。そりゃ当然よ、私だって一国を背負う王女、今生きる民はもちろん、これから生まれてくる民たちの為にも負債を背負わせたくないもの」
そんな、私利私欲。色々な物が邪魔して終わらせることができない。
「だからもう、ここまで来てしまった戦争を方法は二つ」
「一つは、みんなまめて滅んじゃう」
「いやいや、お前それは ⋯⋯ 」
「仕方ないじゃない、もうそこまで来てるの。どうせ放っておいたら遅かれ早かれそうなるわ」
「もう一つは ⋯⋯ 」
「世界を一つの国にするの! それも、どの国にも属さない王の元で!」
先程まで、アホの子だったのが信じられない程に。
威厳が、そしてなにより覚悟が伝わってくる。
「 ⋯⋯ なぜ、俺なんだ?」
自分で言うのもなんだが、どこにでもいる普通の大学生だ。これといって何か秀でているわけでもない。そんな俺に何故 ⋯⋯
「ダーツが当たったのよ」
⋯⋯ ⋯⋯
「——————は?」
「ダーツが当たったの、あれよ、ダーツの旅よ」
「ダーーーーーーーツゥゥウゥゥゥウウゥッ!!!!????」
前言撤回。
威厳?
覚悟?
自分の世界の命運をダーツに賭ける女王にそんなものあるはずがない。
「あなた以外にも候補がいてね、国の有識者を集めてそれはもう長々と、ありとあらゆる方向性で、考えうる限りの可能性を考慮した上で小一時間話し合ったけど決まらなかったから♪」
小一時間話し合った程度で全てをダーツに投げ捨てる国なんて滅んでしまえ。
「はー、説明つかれたぁ」
そういうと、俺の隣に体を投げ出すように腰掛ける。
「もういい、ちょっと頼りないけど時間もないし仕方ないわ、私たちの世界の王になって!」
「断る」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる