賢者様が大好きだからお役に立ちたい〜俺の探査スキルが割と便利だった〜

柴花李

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第一話 勇者の帰還

 華やかな街だと思った。いっそ自分に相応しく無さすぎて、希望を抱く気にもなれず、助かる。
 往来に冒険者が溢れ活気付く街の裏通りを、暗く細い路地を、痛むのか足を引き摺りながら男は牛にも劣る歩みで進んだ。
 酷く痩せてやつれた彼は肌も乾燥して、唇など薄皮が捲れ上がっている。日にあたれば僅かに栗色に見える瞳は落ち窪んだ目の奥で暗く澱み、土埃に塗れ薄い無精髭がまばらに生えた頬は痩け、一目で栄養状態の悪いことが見て取れた。洗うこともできていない青みがかった黒髪は自分で切っているのだろう、刈られた首元はともかくこめかみから上が不揃いで海藻のようにくねっている。
 なるほど、街の与える心象とは真反対と言って良さそうな見てくれだ。しかし、それを差し引いても自嘲の過ぎる心持ちで陽の当たる表通りを眩しく眺めた。
 世界最高難易度と称されるダンジョンの周辺に、自然発生的に生まれて栄えた街だと聞いていたが、この目で見れば確かに作りが違うと深く頷ける。この歳……二十二の時に故郷を出て、あれから十六年だから……三十八、か。いろんな領土を巡ったものだが、と、男はこれまで過ごした様々な街を思い返した。そこらの街なら生活圏の中に武器や防具、魔道具などを売る店が、割り込むように入っているものだが、ここ、ダンジョンの街グラプトベリアでは、冒険に必要な物資を売る店の間に生活圏がちらほらと顔を出す。
 幼い時分から憧れの場所だった。端くれでも冒険者を生業にしていれば、さまざまな噂が否応なしに耳に入ってくる。聞くたびに自分とは縁の無い街だと思っていた。そこをこうして歩いているなんて。
 ──は。冒険者? よく言う。
 裏路地を今にも座り込みそうな危うい足取りで歩いていた男、オリンドは自嘲してもう一度眩しい街を振り仰いだ。
 今日は華々しさに輪が掛かっているだろうことは、初めて訪れた彼にもわかる。何せ、勇者が帰ってくると言うのだ。それを聞きつけたからこそ、こうして街の門へと向かっているのだった。いつだったか、流れ着いたどこかの街角で見付けた勇者一行の肖像画を版画にした貼り紙。そこに描かれた一行の凛々しい姿に惹かれ、そして賢者の絵姿を目にするなり、オリンドは自身の恋愛対象が同性であることに生まれて初めて気付いた。叩きのめされるような一目惚れだった。慌てて近くを通る人を呼び止め、あのポスターには誰が描かれているのかと聞いたものだ。呼び止められて少しの間怪訝そうにしていたその人は、字が読めないのだと気付くと丁寧に一人一人指差しながら名前と職業を教えてくれた。
 勇者。これが勇者。
 寂れた地方出身で、勇者などという存在は寝物語でしか知らなかった彼は、輝かしい存在が現実に居ることに感動し打ち震えた。同時に、自分という存在の情けなさに落胆する。
 しばらく食い入るようにポスターを眺めて、それから何かたくさんのものを諦める心地で野宿に戻った覚えがある。
 それからはもう、寝ても覚めても……。
「──来た……! おい、見えてきたぞ!」
 突然、沸き起こった歓声にオリンドの思考は中断された。大通りと思しき方角から人々の歓喜が濁流となって押し寄せてくる。彼らだ。勇者の一行が、戻ってきたのだ。
 気付けば走り出していた。どこにこんな気力が残っていたというのか。一瞬自分に呆れて、それから振り切るように人垣の後ろに躍り出ると、周辺を見渡す。何か、この垣根を越して通りを見られる方法は無いか。
 程なくして見付けたレンガ造りの壁の、ひとつ抜け落ちて開いた穴に爪先をねじ込むと、オリンドは伸び上がって通りの方を見た。ちょうどよく頭ひとつ分抜きん出ることができて、門の方角から向かってくる隊列が見える。ギルドの精鋭が勇者一行の周辺をぐるりと囲み、人々がこれ以上彼らの元に押し寄せないよう留めているらしい。
「勇者……! 勇者アレグだ!」
 通りに程近い前列に陣取った男が、その隊列の中に目敏く見付けたのか声をあげる。それを皮切りに、ただでさえ大きかった歓声が割れんばかりに音量を跳ね上げた。
「きゃぁああ! アレグ様ー!」
 声援に応えて勇者が大きく手を振った。動きにつれて元気なオレンジブラウンの少し跳ねた髪がふわりふわりと軽やかに舞う。鼻の少し上ほどまで掛かる前髪からはくるくるとよく動く大きな緑がかったヘーゼルの瞳が覗いている。柔らかな色調に包まれた明るい笑顔はあどけなさも伺えて、それもそのはず、ここグラプトベリアで生まれ育ち、呼吸をするように冒険者になると天才的な戦闘センスでもってめきめきと頭角を現し、ついには聖剣を手にした彼は、まだ二十二歳という若さだ。
「かっけぇぞイドリック! 鉄壁の盾ぇ見せてくれー!」
 盾使いはその大きなタワーシールドを掲げてみせた。大柄で背の高い好青年だ。耳周りをしっかりと刈り上げた短い髪は草木染めの緑を溶け込ませたような落ち着いたオリーブグレーで、少々釣り上がり気味の引き締まった目元に輝くアンバーの瞳を映えさせる。魔法都市キルタンサスで生まれ、グラプトベリアで育った彼は、両親の営む武器屋の窓から眺めた防具屋の盾に惹かれて、タンク職を選んだという経緯を持つ。二十七歳という話だが、その風貌は威厳のある落ち着きを見せる。
「ウェンシェスラン様あ! こっち向いてぇえ!」
 艶美な回復魔法使いが惜しげもなく辺りへキスを投げて寄越す。グラプトベリアで生まれ友好都市ブーファンで育った、体はオトコ、心はオンナ。がキャッチコピーのオネエ様なのだが、世の半数は彼を彼女と信じて疑わない。愛らしい丸みを帯びた目は大きなバイオレットの瞳を備え、長く濃い睫毛に縁取られている。睫毛も多ければ毛量も多く、肩甲骨辺りまで伸びたストロベリーブロンドはゆるく巻かれていることもあり、たっぷりと広がって背を泳いでいた。二十五歳であるのだが、二十歳そこそこ、時には十代にも見えるのはその卓越した回復魔法によるものと、まことしやかに噂されている。
 そんな揃いも揃ったりの才人たちに送られる賛美は、建物を揺るがしそうなほどの大音量となって渦巻く。けれどオリンドの耳には届いていなかった。先ほどからずっと自分の心臓の音だけが頭を占領している。
 もうすぐ、もうすぐ見られる。ずっと憧れて、焦がれて、諦めて止まなかった人。ずっと、ずうっと、別の世界の存在だと思っていた人が。
「あぁあ……! お美しいわ、エウフェリオ様ああ!」
 長いまつ毛に縁取られた優美なアイスブルーの瞳を持つ目が笑みに細められる。肩下まで伸ばされた癖の無いアイスシルバーの髪は後頭部の真ん中で無造作にハーフアップに括られ、色素からくる冷たい印象を和らげていた。魔法都市キルタンサスで生まれ育ち、世界最高峰の魔法学校に次席で入学し次席で卒業したのは目立たないための自演だ、と噂されるほどの魔法の申し子。魔力量で彼に並ぶ者は居らず、三十一歳にして勇者に並ぶ最高の称号を得た。
 賢者、エウフェリオ。ほんの一瞬、ひと目だけでも……と、オリンドが狂おしく想い続けたその人は、

 ──やはり、別の世界の存在だった。
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