賢者様が大好きだからお役に立ちたい〜俺の探査スキルが割と便利だった〜

柴花李

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第七話 ドルステニア森

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 丸一日休養を取ったオリンドは心なし血色も良くなって、朝食もよく食べた。なんだかアルベロスパツィアレも嬉しそうだ。見る限り普段より動きが軽快で、目鼻口が備わっていたなら口笛か鼻歌でも披露していたことだろうと思わせる。
 食事の合間に、今日はドルステニア森で青水棲馬あおすいせいば茸を採取する依頼にしてみたいとオリンドがおずおず切り出すと、生息する魔物について話が弾んだ。
 青水棲馬茸は濃い魔素溜まりでのみ生育する茸のため、その群生地は往々にして凶暴な魔物の生息域と重なる。
「ドルステニア森の青水棲馬茸と言えばグリフォンが付きものだな。……手羽先で一杯やりてえな」
 イドリックが顎先を指でいじりながら目を細めた。
「俺は腿肉がいいな。蜂蜜塗ってぺっかぺかに焼いたやつ!」
 垂れそうな涎を手の甲で押さえてアレグが笑む。
「グリフォンなら核周りは外せないわあ。魔素が五臓六腑に沁み渡るのよお」
 頬を両手で包んだウェンシェスランは酒瓶にも目をやった。
「舌の炙りを岩塩で頂くのも良いですね。薬味とレモンでもあればなおさら」
 胸元に片手を当てたエウフェリオは目を伏せて思い描いた。
 オリンドはといえば異次元の会話に口を半分開けたまま目を白黒させている。グリフォンなど多少聞いたことはあれど見たこともないし、そんじょそこらの飲食店に並ぶわけもなく、食べるとなればいったいいくら掛かるやら。
「よっし、ぜってえ一頭は狩ろう! そんでしばらくグリフォン三昧だ! ……オリンドも食うだろ?」
「ぅへ!? ……た、食べ……? えっ?」
「あれ、食わねーの? ……あ、じゃなくて食ったことねーのか!? そりゃ是非食わせねえとじゃん!」
 破顔したアレグは至極良いことを思い付いたといった風で言う。待ってくれそんなもんタダで食わせてもらうわけには。慌ててオリンドは首を横に振った。
「ぅあ、あの、あの……っそ、そんな、高そうなもの……っ」
「やだリンちゃん、そんな水臭いこと言わないで。っていうかリンちゃんが美味しいもの食べて頬っぺた落とすとこ見てみたいのよあたし~」
「それはいい。酒のつまみになりそうだな。それにあんたみたいな痩せっこけてる奴を放っておけるわけがないだろう。いいもん食ってたんと太れ」
「あう……あ……えと……」
「ふふ。アルたちはお節介を焼くのが大好きなんですよ。受け取ってあげてください」
 畳み掛けられ困り顔のオリンドを見かねて入れたエウフェリオのフォローには、おまえもだろ、という三人分のツッコミが入った。
 そんなこんなでグリフォン狩もとい青水棲馬茸狩に向かう先は、グラプトベリアの街から南東へ馬車でニ時間ほど走った地点に広がるドルステニア森だ。
 これまた豪気な勇者一行専属馬車なんてものが呼ばれて例のごとく倒れそうにオリンドが驚愕する。曰くに、乗合馬車など使った日には馬車の底が抜けるとのことで、なるほど先日の待ち合わせの店を思えばさもありなん。それに勇者たちが受ける依頼ともなればいくつも領を跨ぐこともある。そんな長旅をするのに適した馬車でなければ、たどり着く前に疲弊してしまう。
「そ……そっかあ……。大変……」
 あわわわわ。
 冒険者ギルド附設厩舎から迎えに来た専属馬車を、きょときょと見詰めて言うオリンドに、一行はそこはかとなく微笑んだ。
 何日も移動する間、ただの板に座ってろだなんてあたしのキューティーなお尻ちゃんが黙っちゃいないわよ! などという我儘で専属馬車を、しかも購入に関してはウェンシェスランの持ち金だけで行ったとはとてもでは無いが言えない。
 作りはシンプルながら車内は広く、余裕で三人は座れる長さの椅子が、進行方向と平行に向かい合わせで設えられている。その柔らかな座面に、こんな上等の張り布は見たことも触ったことも無いと萎縮しきりで座ったオリンドだったが、前に座るアレグとイドリック、それからウェンシェスランの肩越しに、窓の外を流れる景色を眺めているうちに少しずつ解れ、近くを過ぎ去る木々の種類が気になるほどになってきた頃に森が見えてきた。
「うわ……すごい、見たことない木しかない……」
 ドルステニア森の樹木はその気候からか独特な姿のものが多かった。もとより温暖な地域であるところへ持ってきて、近くに聳えるブルビネ火山が火の精霊を生み、山から流れ来る川と裾野に広がる湖が水の精霊を育む、国内でも指折りの精霊生息地である。おかげでこの辺りは年間を通して高温多湿だ。そのため多様化したと考えられている。
「でしょう? 私も初めて見た時は驚きました。ここからだとまだ実感は沸かないんですが、近くで見ると葉の厚みや大きさもすごいですよ」
「へええ……」
 隣に座るエウフェリオが解説してくれる植物の生態を夢中になって聞いている間に、馬車は森の手前で停車した。
「ありがとな。帰りはたぶん夕方になると思うから、そこらの村で待機頼む」
 そこらと言ってもだいぶ戻らねばならなかった。かなり以前にはそう遠くないところに小ぢんまりとした集落があったらしいが絶えて久しい。今は冒険者しか立ち入らず、小村で使われていた『帰らずの森』という二つ名も廃れた。
 手間のかかることを頼む代わりにと、御者に小遣いを渡して戻ってきたイドリックが揃ったことで、アレグが聖剣を翳した。
「よっしゃー! 晩めし……じゃない、グリフォン狩ろうぜ!」
「違うだろ!!!!」
 オリンドまでもがツッコミに参加したのだった。
 さておき。
「……うぁ、わ……ぅわぁ……。やば……っ、巣、巣の真ん中……! すっごい強力な魔物の巣の真ん中にしか無い……っ!」
 早々にオリンドは青ざめた。なんてことだ。こんな禍々しく強大な魔力なんて今まで感知したこともない。ギルドの中級向け依頼書で見たような絵姿が脳裏に浮かび上がる。おそらくこれがグリフォンだ。……なんて? 晩飯? よっしゃ狩ろうぜ? どんな戦闘力? それに青水棲馬茸てめぇだ。巣の点在している地点付近に生えている程度のことなら覚悟していたのに、まさか森中探査しても巣そのものの中にしか生えてないだなんて。
 一方でアレグたちは、待ってくださいまさかこの広大な森を端から端まで全部サーチしたのか、通常は土の中なら手を広げた程度の範囲を覗けたら大したもんだというのが探査スキルだぞ、地上なら大股で十歩ほどの距離を見通せたら拍手ものだ。それがダンジョン三層サーチだなんて大概だと思っていたのに森ひとつ? どんなスキル能力ならそんなことが可能なんだ。と度肝を抜かれていた。
 つまり何のかんのでお互い様な一人と一行なのである。
「まあでもとりあえず、肉とキノコがいっぺんに手に入るってことだよな?」
 提示された地点へ向けて歩き出しつつ、いくばくか考えることを放棄したアレグが腹をさすりながら言った。
 青水棲馬茸だって含む魔素の多さと収穫の難しさから結構な値の付く代物だ。それを肉とキノコとか。もう付いていけない。オリンドが目を回しかける。
「そうだな、余分に青水棲馬茸を狩ることができれば肉茸水炊きと甘辛手羽先に火酒で決まりだ」
 イドリックの中では今夜の晩餐メニューは決まっているらしい。
「えー、あたし水炊きより油煮がいいんだけど。できたら塩気強めのやつ。……果実酒まだいくつか残ってたわよね?」
 割と濃いめの味が好みらしいウェンシェスランがリクエストをぶつけてきた。
「えー! 俺焼肉! 焼肉がいい! 蜂蜜と豆ソース塗って焼きたい! あと麦酒! 麦酒の濃いやつ!」
 はいはいはい! と手を挙げてアレグが言う。元気なメニューが微笑ましい。
「……舌の薄切りを炙って岩塩は譲れません。あとは赤身の湯通しなども良いですね。純米酒の生は在庫ありましたっけ?」
 どうでもいいが多様な酒の揃いすぎている拠点の食物倉庫の中身を思い出しながら呟いたエウフェリオは、ふとオリンドを振り返った。
「貴方はなにかリクエストなどありますか?」
「……えっ?」
 内心で目を回していた彼は聞かれた瞬間に頭が真っ白になった。我ながら素っ頓狂な声を出してしまったと顔の熱くなる思いだったが、エウフェリオは特に気にする様子もなく首を傾ける。
「好きな肉料理とお酒。なにかあります?」
「えっ、す、す好きな肉……と……酒……。ええと……く、串焼きと濁酒……」
 安くあげようとすればとことん安いメニューだ。どこの街でも路地裏の屋台が出している。串は何の肉を使っているやら定かでは無く、濁酒などは場所を移れば二度と味わえない何が入っているんだかわからない自家製を出す。
 いわば、その日暮らしの味というやつだ。
「串と濁りか。いいな。懐かしい」
 駆け出しの頃はよく世話になった。とイドリックが言えば、アレグたちも頷いた。今では屋台に行こうものなら迷惑にしかならない。
 ちょっとしんみりした一行に、オリンドは好きに食べ歩くこともできないとは辛い。と眉根を寄せる。
「……あ、ある……あるべ、ろ? すぱ……う、ごめ、ゴーレム、に、作ってもらえない、のか?」
 せめて気分だけでも味わえないものか。提案してみると、ありがとな、という言葉と共に柔らかめの苦笑が返ってきた。聞けば、ハウスキープゴーレムには安全装置的な制約が標準で設けられており、その内のひとつ『人間の命を脅かさない』項目が酒造りを禁ずるのだとか。
「アルベロスパツィアレ、ね。長いでしょ、ベルちゃんでいいのよ。……そうねえ、ベルちゃんに作ってもらいたいのは山々なんだけど、お酒も一種の毒なのよねえ」
 くっそ、それさえなけりゃ食糧庫を酒蔵に変えてやるのに。
 ウェンシェスランの呟きを聞いたオリンドは背筋を冷たくさせて確かに制約も必要そうだなあと遠くを眺めた。
 その瞳に映る空が茜色に変わる頃、迎えに来た専用馬車の屋根にグリフォンが三頭積み上げられた。もちろん鞄の中は探査で見付けた取得物でパンパンになっているし、青水棲馬茸は依頼量の五倍ほどが収穫できている。
 嬉しそうな一同の顔を見ていると、オリンドもようやく役に立てているような気がして嬉しくなった。アレグたちがグリフォンを狩る際に見せた快進撃もまだ心地良く瞼の裏に焼き付いていて、興奮も冷めやらず、周囲に人が居なければ飛び上がって叫んでしまいそうだ。
「いやあ、ほんっとすげえ探査スキルだな。この森一帯をサーチできるとかマジでどんだけだよ」
 そんなオリンドの憧れと尊敬を集めて止まない一行のリーダーであるアレグは、積んだグリフォンをどう料理しようかとロープを掛ける途中で、感心しきりといった興奮気味の笑顔を向けてきた。
「や、そ、そんな……その、これ、これしか、できないから……」
「またまた、謙遜しちゃって! しかもこんなに緻密なのよ? 右に出る人なんか居やしないわ」
 美容に良いとされる薬草や果実や木の実などをたっぷり詰め込んだ鞄を整理しつつ、ウェンシェスランがうっとりとした表情を見せる。かなりご満悦のようだ。
「や、ややや……お、俺なんてその、ほんとに、戦えやしないし……」
「その代わりのこのスキルだろう? 誇っていいと思うぞ俺は」
 イドリックが軽く叩いた巨大なサックは、盾の補強改善に使う鉱石や魔石ではち切れんばかりだ。戻ったらすぐに鍛冶屋へ走るつもりらしい。
「あ、あう……あの……えと……」
「ふふふふっ。オリンド、こういうときは、ありがとうで良いんですよ。さあ、胸を張って」
「えっ、あ、えっと……う、ぁ……ありがとう」
 真っ赤になってしきりに照れながら、指をもじもじと絡ませて言うオリンドに、良いもの見ちゃった。と思わざるを得ない。
「よっしゃ、英気も養えたところで帰るか!」
 至極嬉しそうにアレグが馬車へ乗り込む。
 英気を養ったから帰る? 首を捻るオリンドの背を優しく誘導して乗り込ませたエウフェリオが最後に乗って、車体に軽量化の魔法を掛けたところで馬車はゆっくりと走り出した。
「いやしかし、想定よりだいぶ早く終わったな」
「それな! 本当ありがたい能力だよ。いや、オリンドのスキルが上級すぎてありがてーんだな!」
「そうねそうね! 進行先に迷うことも無いし、しかもこんなに沢山のお土産付きだなんて、嬉しくって涙出ちゃう…!」
「これほどのスキルが今まで埋もれていたとは、痛恨の極みです」
「なっ、なっ、なっ、な、なな、なに、なにゆって……」
 やはりというか始まった誉め殺しに真っ赤になって狼狽える姿がいじらしい。三十八歳の男を捕まえて、可愛いだのいじらしいだの思ってしまうのは、彼の纏う哀愁と純粋な雰囲気の所以だろう。それに痩せこけた頬がリンゴのように赤らんでいるのは、良心に訴えかけてくるものがある。
 ――いや、待った。これは先日のクラッスラの時より赤いのでは?
 ふと引っかかったエウフェリオは、ちょっと失礼しますねと手のひらをオリンドの額に当てた。
「……!! 貴方、ずいぶんな熱ですよ!?」
 自分の額と比べるまでもない高温に驚く。
「ぅえ? ……そ、そんなにある? ……あ……あれ……?」
 当のオリンドは気付いていなかったようだが、指摘されて我が身を振り返ったとき、急激に眩暈を感じてエウフェリオの胸に倒れ込んだ。
「オリンド!? ……オリンド!」
「少し離れてフェリ! 回復するわ!」
 はくはくと開閉するオリンドの口からは、声にならない掠れた音が小さく漏れるだけだ。これはクラッスラダンジョンでの微熱とは訳が違う。向かいの椅子から慌しく身を乗り出したウェンシェスランは、直後に意識を失ったその体に触れて目を丸くした。
「なんてこと……! 魔力不足だわ!?」
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