57 / 76
第五十四話 そうして昨日より前を向く目
しおりを挟む
「というわけで、夜分遅くになりまして。申し訳ありません」
ギルドの執務室でエウフェリオはまずアレグが斬り開けた七十九階層の隠し部屋の件で礼と詫びをしてから、今回の帰還が二十二時近くになったことについても詫びた。よほど長く泣いていたのだろう、ウェンシェスランの回復魔法を受けてなお、五人とも目をしょぼつかせてほんのり疲弊している。
若い奴らはこういうところがいい。
事前に簡単な説明がてらの連絡を受けていたカロジェロはからからと笑った。
「気にすんな。しっかり仮眠も取ったしな。手え抜かずに報告頼むぞ」
「ええ。無論そのつもりです」
頷いたエウフェリオは報告書をテーブルに出し、立ち上がって金冠猩猩の魔石を鞄から取り出すと床に敷かれた絨毯へ置いた。一目見るなりカロジェロがソファから腰を浮かす。
「なんっ…だ、こりゃあ!?」
部屋をほのかに明るめる魔法ランプの柔らかな灯を凌駕する藤黄色の輝きに当てられ、瞼を伏せ細めはしたものの目が離せない。
「ご覧の通り、魔石化した魔物です。例の魔石晶洞付近に埋まっていました。王にいかがかと思い持ち帰った次第です。…あっ、と、念のため強化魔法を掛けて結界を張ってありますけれど、扱いは慎重にお願いしますね」
ソファに座り直しつつにこやかに言うエウフェリオに、カロジェロは面食らったように後頭部をがしがしと掻いた。
「ご覧の通りっておま…、ああ、くそ。おまえらは毎度毎度、よくもこれだけ度肝を抜いてくる」
それから魔石の前にかがみ込むと、ようやく光に慣れた目でまじまじと値踏みをするように上から下まで眺めた。
全身を覆う太く艶やかな毛の一本一本、人と猿の間のような顔に散らばる無数の毛穴に産毛、剥き出された歯の表面に刻まれた細かな溝の数々、どこを取っても鳥肌の立つほどに緻密で精密なこれはまさに、魔石化した魔物、だ。
「っかあ…こりゃ、確かに丸ごと魔石になってやがんな。どうなってんだ」
「まだ推測の域を出ませんが、何者か…おそらく鑑賞目的に当時暮らしていた者の意向で作られたものと考えています。とはいえ、階層にある屋敷は全て見て回ったのですが、どこにも飾られていないのが気になるところですね。しかし、リンドによれば魔素脈に沿って、それこそ針兎からオーガ種といった上位下位も大小も様々な魔物が埋められているそうですから、自然発生とは思えません」
「ふうむ。てことは、まあ、単純に考えりゃ人の仕業だろうな」
「ええ。埋められた魔石を囲む土も、周辺の物とは質が異なると、リンドが発見してくださいました」
「おお。大活躍だなオリンド」
「べふっ!」
唐突に褒められ、ティツィアーナから出された紅茶を飲んでいたオリンドが盛大に咽せる。その背を撫でつつエウフェリオは満足気かつ自慢気に頷いた。
「探査や調査となったらリンドの右に出る者は居ませんからね。そうそう、探査、調査と言えば、報告書にも書きましたが、九十三階層は丸ごと書庫だそうですよ」
「なんだと!?階層丸ごと書庫!?…オリンド!本はどのくらい無事なんだ!?」
「けほっ、…へぅあっ!?…っあ。…え、えっと、三分の一?くらい…。あの、棚に、かなり頑丈な結界が、は、張ってある、みたい、なんだけどっ、張られてなかったか、破られたかしたた、た、棚、棚は、倒れちゃってる、からっ。あっ、ででも、そっちはまたみ見て見てみなきゃ、わからないけど、もしかしたら、下の方とか、無事かも…?」
またぞろ唐突に確認の話を振られたオリンドが焦り慌てて話すのに苦笑して、カロジェロはわかった、と頷く。
「すまんすまん。焦らせちまったな。…しかし、そうか。うまいことすりゃその階で多方面の謎が解けるかもしれんな。でけえ祭りが来そうじゃあねえか。安全が確保されたら研究者を…、ああ?いや、フェリ!頼めるならその鞄を活用させてもらえねえか?」
「ふふ。そう来ると思いました。すぐにでも中身を片付ける予定です」
頼まれなくとも次回の調査ではありったけの書籍や資料を持ち帰ろうと相談を済ませていたところだ。金冠猩猩を掘り出す際の土砂量をもってしても余裕のあった収納魔法は、いったいどのくらい詰めれば満杯になるのか、そうなったときどの程度の魔力を消費するのかも不明だが、そこはオリンドの魔力をエウフェリオに分ければ解決するだろうと想定している。
「そいつは助かる!なら早急に保管庫を用意しよう。…ああ、脆くなってる物もあるかもしれんな。…修繕師、んん、いっそ再生師…いや、しかし…」
あまりにも状態が悪ければ修復には再生魔法を生業にしている者が要るかもしれない。
しかし物体の再生魔法は今も受け継がれる数少ない古代魔法のうちの一つだ。秘匿性が高いばかりでなく、莫大な魔力と魔素、時には術者本人の寿命までもを引き換えにすることがある。幸いなことにその寿命に関わる部分は特殊加工された魔石で補えるとはいえ、消費される魔石の数も価格も半端なものでは無い。大金貨が三桁程度の出費が見込まれるところだ。
「再生師を頼んでおいて大した内容の資料がなければ大赤字でしょう。それでなくとも書物の大半を買い取るだのといった話になれば資金も底を突くのでは?」
「うっぐ…。いや、確かにその通りだが。しかし、ダンジョンの成り立ちに関わるかもしれんもんを、ギルドが所蔵せんわけにも行かねえだろが」
「まあ、そうですよね…。でしたら別途予算枠を組んで国に借りるしかないのでは…」
「うぬぬぬぬ…。借金は好かんが…。くっそう、致し方あるめえ」
「ふふ。そのうちまた状態の良い家具なり出てきたら寄贈しますから。うまくやってくださいな。書物も歴史的価値だとか研究価値の高いものは、寄贈しようと考えていますし」
「そいつはありがてえ!…助かる!」
「どういたしまして。では出費を抑えるためにも、ざっと状態や内容を確認して、その時点で再生師が必要となったら手配でよいのではないでしょうか?それまではこの鞄なり拠点の貯蔵庫なりに置いておけば、傷みませんし」
「貯…、ああ。そういやおまえら時間停止の魔導書を食料保存なんぞに使ってやがったな」
あまりの豪気さに頭の痛い話だが今回は助かった。しかしどういう顔をすればいいものやら。蜂蜜と苦虫とを軽く噛んだような表情でカロジェロはため息を吐いた。
「よし。そんならその辺は任せた。頼むぞ。…王にはちったあアルを遊ばせてやるよう重々言っといてやらあ」
以前に彼らが家具を進呈したのも、アレグを少しばかり自由にさせてやりたいという思惑からだろう。そう心得ていたカロジェロが、この魔物魔石とそれから書庫の可能性も持ち出せば進言するに足りるばかりか、過ぎるほどになるだろうと請負い胸を叩くと、五人の顔がさっと明るみを帯びた。
「…!さすが。よろしくお願いしますね」
「うおああ!やったあ!…っくぁあ、これも全部オーリンのおかげだ!ありがとうな!ほんっとありがとうなあ!」
「ぇええっ!?…だ、だから俺だけじゃ無理だったってば…。でも、よかった。あとは王様が飲んでくれるといいな…」
「これで飲まなかったら器じゃ無いってのよ!大丈夫!」
「ちっと困ったとこはあるが人柄は良いからな。ま。アストロフィツムって大仕事が残っちゃいるが、数年中には片が付くだろ」
手を取り抱き付き合ったりして喜び合う仲間たちに目を細め、それからカロジェロは金冠猩猩の魔石に再度目を留めた。見るほどに魅入られそうな躍動感あふれる美しさに怖気すら覚える。これは観賞用に作らせたという彼らの推測が的を射ていることだろう。
果たしてどのような技術を用いたものか、その辺りは彼らの次回調査に任せるとして、だ。
「ま。俺が悪い結果にはさせねえよ。…うっし、そんじゃあ、残りの報告も頼むぜ」
軽やかに鳴らされた手の音にハッとした一行は居住まいを正して、エウフェリオに視線を送る。どうしたって報告は彼の役目だ。
「はい。では今回の調査結果ですが…」
んん、と一度咳払いをしたエウフェリオは他の取得物なども机に取り出しながら顛末を語る。
中止前に調査隊の担当した八十六、八十七階層から引き続き八十八、八十九階層ともに貴族の住まい跡であろうこと、屋敷はいくつか破壊されているが、やはり要所要所に結界に守られた部屋があり、当時何か身を守る必要が常にあったのではないかと思われること、オリンドが前もって地図に記していた一階層へ飛ぶ陣とパキフィツム山間部の小村へ出る陣とが各貴族館の秘密通路に隠されていたこと、こちらも各階にみられることから、ついてはこの転送陣はかねてからの推測どおり脱出用であろうことなどを話したエウフェリオは、一旦言葉を区切ると調査に使用した複製地図をカロジェロの前に広げ、新しく書き込まれた茶褐色の印を指し示した。
「それから、今回新たに判明したことがあります。リンドの探査で解析…というか、追跡、ですね。往復路を追える転送陣は、破壊されていないものに限ります」
なるべく障りの無いようにといくらか軽い調子を心掛けたエウフェリオの声に、それでも隣でわずかに反応するオリンドを目の端で捉えたカロジェロは、先だって連絡のあった立て込んだ事情とはこれかと心中頷き、ほう?と、かなりおどけた調子の声を上げる。それから少しばかり考えて愉快そうにひとつ手を叩いた。
「…おお!なるほどな!停止してりゃあ魔法もくそもねえ。そりゃただの瓦礫だ!ばっははは!そうかそうか!そりゃ探査にゃ引っ掛かりゃしねえわな!ま、気にするこたあ何も無え。使えない転送陣なんぞ読めたところで使わんし、往復路が知りたいのも学者連中くらいのもんだろ」
「はぅ…!?」
そ、そういえばそう…!?
唐突に目の前が開けたように感じてオリンドは目を丸くした。見ればエウフェリオたちも今思い当たったような顔で苦笑している。
「そ、…そうかあ…」
ほ。と、身体中の力を抜いてオリンドは安堵の息を吐いた。
「はは。そういうこった。というか、な。せっかくこいつらと未踏の地を冒険してんだ。あんまり任務だ仕事だと肩肘張らねえで、こういう驚きも楽しめオリンド。勿体無えぞ」
「…!うん…!ありがとう!」
勿体無い。その一言に強か背を張られた気分でオリンドは伸び上がる。
そうだ。自分を家族のように思っていると言ってくれる、世界一の冒険者たちに囲まれて、誰も行ったことの無い場所を見て回っているのだ。まだ自信は持てなくとも、いちいち傷が疼いたとしても、落ち込むのは勿体無い。
「そうだそうだ。いいこと言ったカロン!あーいうのもみんな楽しんじゃえオーリン!」
「うんっ…!」
すこぶる付き笑顔で拳を突き上げるアレグに釣られてオリンドも胸の前で拳を握りしめた。
「ふふっ!いいわね。リンちゃんが、ヤベェ…、こいつぁ読めなかったぜ!とかカッコつけて言っちゃうの聞いてみたいわ」
「ふはっ!?」
えっ、そういう楽しみ方なの?
次に何かを探査し損ねた場面の難易度が爆発的に跳ね上がって狼狽える。
「はっはっは!そりゃいい!なるべく渋い感じで頼むな!」
「ええっ!?」
渋い!?渋いとは…!?
生まれてこの方、渋いという概念を聞いたことはあれど該当する人物に出会ったことが無い。益々困惑に陥るオリンドの隣で、エウフェリオはゆったりとため息を吐いた。
「おやおや。そんなことをされては私の腰が砕けてしまいますね…」
「ぇっ…」
頑張ろうかな。
口にはせずとも心中がありありとわかるオリンドの表情と仕草に、執務室の隠遁魔法は弾け飛びそうになった。
ギルドの執務室でエウフェリオはまずアレグが斬り開けた七十九階層の隠し部屋の件で礼と詫びをしてから、今回の帰還が二十二時近くになったことについても詫びた。よほど長く泣いていたのだろう、ウェンシェスランの回復魔法を受けてなお、五人とも目をしょぼつかせてほんのり疲弊している。
若い奴らはこういうところがいい。
事前に簡単な説明がてらの連絡を受けていたカロジェロはからからと笑った。
「気にすんな。しっかり仮眠も取ったしな。手え抜かずに報告頼むぞ」
「ええ。無論そのつもりです」
頷いたエウフェリオは報告書をテーブルに出し、立ち上がって金冠猩猩の魔石を鞄から取り出すと床に敷かれた絨毯へ置いた。一目見るなりカロジェロがソファから腰を浮かす。
「なんっ…だ、こりゃあ!?」
部屋をほのかに明るめる魔法ランプの柔らかな灯を凌駕する藤黄色の輝きに当てられ、瞼を伏せ細めはしたものの目が離せない。
「ご覧の通り、魔石化した魔物です。例の魔石晶洞付近に埋まっていました。王にいかがかと思い持ち帰った次第です。…あっ、と、念のため強化魔法を掛けて結界を張ってありますけれど、扱いは慎重にお願いしますね」
ソファに座り直しつつにこやかに言うエウフェリオに、カロジェロは面食らったように後頭部をがしがしと掻いた。
「ご覧の通りっておま…、ああ、くそ。おまえらは毎度毎度、よくもこれだけ度肝を抜いてくる」
それから魔石の前にかがみ込むと、ようやく光に慣れた目でまじまじと値踏みをするように上から下まで眺めた。
全身を覆う太く艶やかな毛の一本一本、人と猿の間のような顔に散らばる無数の毛穴に産毛、剥き出された歯の表面に刻まれた細かな溝の数々、どこを取っても鳥肌の立つほどに緻密で精密なこれはまさに、魔石化した魔物、だ。
「っかあ…こりゃ、確かに丸ごと魔石になってやがんな。どうなってんだ」
「まだ推測の域を出ませんが、何者か…おそらく鑑賞目的に当時暮らしていた者の意向で作られたものと考えています。とはいえ、階層にある屋敷は全て見て回ったのですが、どこにも飾られていないのが気になるところですね。しかし、リンドによれば魔素脈に沿って、それこそ針兎からオーガ種といった上位下位も大小も様々な魔物が埋められているそうですから、自然発生とは思えません」
「ふうむ。てことは、まあ、単純に考えりゃ人の仕業だろうな」
「ええ。埋められた魔石を囲む土も、周辺の物とは質が異なると、リンドが発見してくださいました」
「おお。大活躍だなオリンド」
「べふっ!」
唐突に褒められ、ティツィアーナから出された紅茶を飲んでいたオリンドが盛大に咽せる。その背を撫でつつエウフェリオは満足気かつ自慢気に頷いた。
「探査や調査となったらリンドの右に出る者は居ませんからね。そうそう、探査、調査と言えば、報告書にも書きましたが、九十三階層は丸ごと書庫だそうですよ」
「なんだと!?階層丸ごと書庫!?…オリンド!本はどのくらい無事なんだ!?」
「けほっ、…へぅあっ!?…っあ。…え、えっと、三分の一?くらい…。あの、棚に、かなり頑丈な結界が、は、張ってある、みたい、なんだけどっ、張られてなかったか、破られたかしたた、た、棚、棚は、倒れちゃってる、からっ。あっ、ででも、そっちはまたみ見て見てみなきゃ、わからないけど、もしかしたら、下の方とか、無事かも…?」
またぞろ唐突に確認の話を振られたオリンドが焦り慌てて話すのに苦笑して、カロジェロはわかった、と頷く。
「すまんすまん。焦らせちまったな。…しかし、そうか。うまいことすりゃその階で多方面の謎が解けるかもしれんな。でけえ祭りが来そうじゃあねえか。安全が確保されたら研究者を…、ああ?いや、フェリ!頼めるならその鞄を活用させてもらえねえか?」
「ふふ。そう来ると思いました。すぐにでも中身を片付ける予定です」
頼まれなくとも次回の調査ではありったけの書籍や資料を持ち帰ろうと相談を済ませていたところだ。金冠猩猩を掘り出す際の土砂量をもってしても余裕のあった収納魔法は、いったいどのくらい詰めれば満杯になるのか、そうなったときどの程度の魔力を消費するのかも不明だが、そこはオリンドの魔力をエウフェリオに分ければ解決するだろうと想定している。
「そいつは助かる!なら早急に保管庫を用意しよう。…ああ、脆くなってる物もあるかもしれんな。…修繕師、んん、いっそ再生師…いや、しかし…」
あまりにも状態が悪ければ修復には再生魔法を生業にしている者が要るかもしれない。
しかし物体の再生魔法は今も受け継がれる数少ない古代魔法のうちの一つだ。秘匿性が高いばかりでなく、莫大な魔力と魔素、時には術者本人の寿命までもを引き換えにすることがある。幸いなことにその寿命に関わる部分は特殊加工された魔石で補えるとはいえ、消費される魔石の数も価格も半端なものでは無い。大金貨が三桁程度の出費が見込まれるところだ。
「再生師を頼んでおいて大した内容の資料がなければ大赤字でしょう。それでなくとも書物の大半を買い取るだのといった話になれば資金も底を突くのでは?」
「うっぐ…。いや、確かにその通りだが。しかし、ダンジョンの成り立ちに関わるかもしれんもんを、ギルドが所蔵せんわけにも行かねえだろが」
「まあ、そうですよね…。でしたら別途予算枠を組んで国に借りるしかないのでは…」
「うぬぬぬぬ…。借金は好かんが…。くっそう、致し方あるめえ」
「ふふ。そのうちまた状態の良い家具なり出てきたら寄贈しますから。うまくやってくださいな。書物も歴史的価値だとか研究価値の高いものは、寄贈しようと考えていますし」
「そいつはありがてえ!…助かる!」
「どういたしまして。では出費を抑えるためにも、ざっと状態や内容を確認して、その時点で再生師が必要となったら手配でよいのではないでしょうか?それまではこの鞄なり拠点の貯蔵庫なりに置いておけば、傷みませんし」
「貯…、ああ。そういやおまえら時間停止の魔導書を食料保存なんぞに使ってやがったな」
あまりの豪気さに頭の痛い話だが今回は助かった。しかしどういう顔をすればいいものやら。蜂蜜と苦虫とを軽く噛んだような表情でカロジェロはため息を吐いた。
「よし。そんならその辺は任せた。頼むぞ。…王にはちったあアルを遊ばせてやるよう重々言っといてやらあ」
以前に彼らが家具を進呈したのも、アレグを少しばかり自由にさせてやりたいという思惑からだろう。そう心得ていたカロジェロが、この魔物魔石とそれから書庫の可能性も持ち出せば進言するに足りるばかりか、過ぎるほどになるだろうと請負い胸を叩くと、五人の顔がさっと明るみを帯びた。
「…!さすが。よろしくお願いしますね」
「うおああ!やったあ!…っくぁあ、これも全部オーリンのおかげだ!ありがとうな!ほんっとありがとうなあ!」
「ぇええっ!?…だ、だから俺だけじゃ無理だったってば…。でも、よかった。あとは王様が飲んでくれるといいな…」
「これで飲まなかったら器じゃ無いってのよ!大丈夫!」
「ちっと困ったとこはあるが人柄は良いからな。ま。アストロフィツムって大仕事が残っちゃいるが、数年中には片が付くだろ」
手を取り抱き付き合ったりして喜び合う仲間たちに目を細め、それからカロジェロは金冠猩猩の魔石に再度目を留めた。見るほどに魅入られそうな躍動感あふれる美しさに怖気すら覚える。これは観賞用に作らせたという彼らの推測が的を射ていることだろう。
果たしてどのような技術を用いたものか、その辺りは彼らの次回調査に任せるとして、だ。
「ま。俺が悪い結果にはさせねえよ。…うっし、そんじゃあ、残りの報告も頼むぜ」
軽やかに鳴らされた手の音にハッとした一行は居住まいを正して、エウフェリオに視線を送る。どうしたって報告は彼の役目だ。
「はい。では今回の調査結果ですが…」
んん、と一度咳払いをしたエウフェリオは他の取得物なども机に取り出しながら顛末を語る。
中止前に調査隊の担当した八十六、八十七階層から引き続き八十八、八十九階層ともに貴族の住まい跡であろうこと、屋敷はいくつか破壊されているが、やはり要所要所に結界に守られた部屋があり、当時何か身を守る必要が常にあったのではないかと思われること、オリンドが前もって地図に記していた一階層へ飛ぶ陣とパキフィツム山間部の小村へ出る陣とが各貴族館の秘密通路に隠されていたこと、こちらも各階にみられることから、ついてはこの転送陣はかねてからの推測どおり脱出用であろうことなどを話したエウフェリオは、一旦言葉を区切ると調査に使用した複製地図をカロジェロの前に広げ、新しく書き込まれた茶褐色の印を指し示した。
「それから、今回新たに判明したことがあります。リンドの探査で解析…というか、追跡、ですね。往復路を追える転送陣は、破壊されていないものに限ります」
なるべく障りの無いようにといくらか軽い調子を心掛けたエウフェリオの声に、それでも隣でわずかに反応するオリンドを目の端で捉えたカロジェロは、先だって連絡のあった立て込んだ事情とはこれかと心中頷き、ほう?と、かなりおどけた調子の声を上げる。それから少しばかり考えて愉快そうにひとつ手を叩いた。
「…おお!なるほどな!停止してりゃあ魔法もくそもねえ。そりゃただの瓦礫だ!ばっははは!そうかそうか!そりゃ探査にゃ引っ掛かりゃしねえわな!ま、気にするこたあ何も無え。使えない転送陣なんぞ読めたところで使わんし、往復路が知りたいのも学者連中くらいのもんだろ」
「はぅ…!?」
そ、そういえばそう…!?
唐突に目の前が開けたように感じてオリンドは目を丸くした。見ればエウフェリオたちも今思い当たったような顔で苦笑している。
「そ、…そうかあ…」
ほ。と、身体中の力を抜いてオリンドは安堵の息を吐いた。
「はは。そういうこった。というか、な。せっかくこいつらと未踏の地を冒険してんだ。あんまり任務だ仕事だと肩肘張らねえで、こういう驚きも楽しめオリンド。勿体無えぞ」
「…!うん…!ありがとう!」
勿体無い。その一言に強か背を張られた気分でオリンドは伸び上がる。
そうだ。自分を家族のように思っていると言ってくれる、世界一の冒険者たちに囲まれて、誰も行ったことの無い場所を見て回っているのだ。まだ自信は持てなくとも、いちいち傷が疼いたとしても、落ち込むのは勿体無い。
「そうだそうだ。いいこと言ったカロン!あーいうのもみんな楽しんじゃえオーリン!」
「うんっ…!」
すこぶる付き笑顔で拳を突き上げるアレグに釣られてオリンドも胸の前で拳を握りしめた。
「ふふっ!いいわね。リンちゃんが、ヤベェ…、こいつぁ読めなかったぜ!とかカッコつけて言っちゃうの聞いてみたいわ」
「ふはっ!?」
えっ、そういう楽しみ方なの?
次に何かを探査し損ねた場面の難易度が爆発的に跳ね上がって狼狽える。
「はっはっは!そりゃいい!なるべく渋い感じで頼むな!」
「ええっ!?」
渋い!?渋いとは…!?
生まれてこの方、渋いという概念を聞いたことはあれど該当する人物に出会ったことが無い。益々困惑に陥るオリンドの隣で、エウフェリオはゆったりとため息を吐いた。
「おやおや。そんなことをされては私の腰が砕けてしまいますね…」
「ぇっ…」
頑張ろうかな。
口にはせずとも心中がありありとわかるオリンドの表情と仕草に、執務室の隠遁魔法は弾け飛びそうになった。
687
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
一人、辺境の地に置いていかれたので、迎えが来るまで生き延びたいと思います
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
大きなスタンビートが来るため、領民全てを引き連れ避難する事になった。
しかし、着替えを手伝っていたメイドが別のメイドに駆り出された後、光を避けるためにクローゼットの奥に行き、朝早く起こされ、まだまだ眠かった僕はそのまま寝てしまった。用事を済ませたメイドが部屋に戻ってきた時、目に付く場所に僕が居なかったので先に行ったと思い、開けっ放しだったクローゼットを閉めて、メイドも急いで外へ向かった。
全員が揃ったと思った一行はそのまま領地を後にした。
クローゼットの中に幼い子供が一人、取り残されている事を知らないまま
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される
木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる