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黒き冠を捨てて
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哀しみと絶望とが混じり合った耐えきれないほどの悪臭が、街中に充満していた。
足取りの重い群衆の行き交う雑踏の中、私はローブのフードを目いっぱい深く引き下げ、足早に進む。
「――勇者様だけでなく、聖女様も亡くなったなんて……」
「――聞いたか、魔王軍が英雄と謳われている第三王子殿下を捕虜にして――」
「――この国は終わりだ、早く荷物まとめて出国するぞ!」
不安、悲哀、恐怖、葛藤、混乱……。
数え切れないほどの人間、言い表しきれないほど次々と溢れ出てくる感情。
「戦争なんて……!」
小声で吐き捨てる。
息苦しいほどにのしかかってくる虚脱感に、理由もなく拳を握りしめる。
手のひらに刺さる爪の感覚が、ともすれば逃避しようとする意識を現実に繋ぎ止めてくれる唯一の楔だった。
「これで良かったんだっ、正しかったはずだ。これが、あの時の……最善、だった……」
誰も聞いていないというのに、懺悔のごとく言い訳にもならない言葉を羅列し呟き、罪悪感を払拭しようとする。
「ねぇ母様、父様はいつ帰ってくるの?」
幼い子どもの問いかけに、やつれた風貌の女性は儚げな微笑みを浮かべた。
「……お父様は遠い場所で戦っていらっしゃったから、お帰りが遅いのよ……」
子供に悟らせまいと必死に張った虚勢の裏側の、暗く淀み停滞した、深い苦しみ。
あの女性のご夫君は、もしかしたら私が手にかけた兵士の内の一人かもしれない。
洗っても洗っても流せない鉄の匂いのする穢れが、私のことを嘲笑っているかのような錯覚を覚える。
血に染まり、愛情に飢えた心。
抑えようもない、喉の渇き。
「……あれか」
終戦した今、すでに用済みとなった、搾りかすのような存在。
居ても居なくても変わりない、玉座を次代に譲った「元」魔王。
すべての責を一身に受ける、汚れ役。
承知の上で引き受け、役目を全うした。
国のため、仲間のため、そして、家族のために。
報酬として一生豪遊しても有り余るほどの富を手に入れたが、最前線で剣を振るっていた頃の記憶が悪夢として毎晩蘇り、休むことなどできない。
真っ赤な血しぶきに、涙交じりの慟哭と悲鳴。
剣戟の音に肉を断つ音、苦悶の叫びに狂気じみた笑い声。
生々しく鮮明な、生と死の狭間の香り。
遠くから聞こえてくる、捨てられた赤子の泣き声。
「――あいつ、何してるんだ?」
「頭でも打ったか?」
「誰か、身内か恋人でも亡くしたのかねぇ……」
私は今日、この体を、命を、私たち魔族を憎む人間に捧げる。
それが、私にできる最大限の償いだから。
王城前の広場の中央に鎮座する、大きな大きな断頭台。
その上から鈍く光る大きな刃を背に周囲を見渡し、すぅっと大きく息を吸いこむ。
「皆さん、私を殺してください。私は、最前線で戦い、多くの人間を屠ってきた魔族です」
罪悪感に押しつぶされる前に。
この苦しみを背負って生きていけるほど、私は強くない。
「ごめんなさいっ!」
私は、己の顔を隠していたフードに手をかけ、その厚ぼったい布を背に落とした。
「ぇ、おい、あれって」
「まじ、かよ……」
「ぃやぁーっ! なんで、なんでっ」
「クソが、何来てんだよ」
「自分から死にに来るとか、バカすぎるわね」
尖った耳。
こめかみから生えている二本の角。
小さくとも存在感のある、第三の目。
明らかに人間とは異なるそれらは、明るい日光の下で誇り高く輝き、爽やかな風を受け止めていた――。
足取りの重い群衆の行き交う雑踏の中、私はローブのフードを目いっぱい深く引き下げ、足早に進む。
「――勇者様だけでなく、聖女様も亡くなったなんて……」
「――聞いたか、魔王軍が英雄と謳われている第三王子殿下を捕虜にして――」
「――この国は終わりだ、早く荷物まとめて出国するぞ!」
不安、悲哀、恐怖、葛藤、混乱……。
数え切れないほどの人間、言い表しきれないほど次々と溢れ出てくる感情。
「戦争なんて……!」
小声で吐き捨てる。
息苦しいほどにのしかかってくる虚脱感に、理由もなく拳を握りしめる。
手のひらに刺さる爪の感覚が、ともすれば逃避しようとする意識を現実に繋ぎ止めてくれる唯一の楔だった。
「これで良かったんだっ、正しかったはずだ。これが、あの時の……最善、だった……」
誰も聞いていないというのに、懺悔のごとく言い訳にもならない言葉を羅列し呟き、罪悪感を払拭しようとする。
「ねぇ母様、父様はいつ帰ってくるの?」
幼い子どもの問いかけに、やつれた風貌の女性は儚げな微笑みを浮かべた。
「……お父様は遠い場所で戦っていらっしゃったから、お帰りが遅いのよ……」
子供に悟らせまいと必死に張った虚勢の裏側の、暗く淀み停滞した、深い苦しみ。
あの女性のご夫君は、もしかしたら私が手にかけた兵士の内の一人かもしれない。
洗っても洗っても流せない鉄の匂いのする穢れが、私のことを嘲笑っているかのような錯覚を覚える。
血に染まり、愛情に飢えた心。
抑えようもない、喉の渇き。
「……あれか」
終戦した今、すでに用済みとなった、搾りかすのような存在。
居ても居なくても変わりない、玉座を次代に譲った「元」魔王。
すべての責を一身に受ける、汚れ役。
承知の上で引き受け、役目を全うした。
国のため、仲間のため、そして、家族のために。
報酬として一生豪遊しても有り余るほどの富を手に入れたが、最前線で剣を振るっていた頃の記憶が悪夢として毎晩蘇り、休むことなどできない。
真っ赤な血しぶきに、涙交じりの慟哭と悲鳴。
剣戟の音に肉を断つ音、苦悶の叫びに狂気じみた笑い声。
生々しく鮮明な、生と死の狭間の香り。
遠くから聞こえてくる、捨てられた赤子の泣き声。
「――あいつ、何してるんだ?」
「頭でも打ったか?」
「誰か、身内か恋人でも亡くしたのかねぇ……」
私は今日、この体を、命を、私たち魔族を憎む人間に捧げる。
それが、私にできる最大限の償いだから。
王城前の広場の中央に鎮座する、大きな大きな断頭台。
その上から鈍く光る大きな刃を背に周囲を見渡し、すぅっと大きく息を吸いこむ。
「皆さん、私を殺してください。私は、最前線で戦い、多くの人間を屠ってきた魔族です」
罪悪感に押しつぶされる前に。
この苦しみを背負って生きていけるほど、私は強くない。
「ごめんなさいっ!」
私は、己の顔を隠していたフードに手をかけ、その厚ぼったい布を背に落とした。
「ぇ、おい、あれって」
「まじ、かよ……」
「ぃやぁーっ! なんで、なんでっ」
「クソが、何来てんだよ」
「自分から死にに来るとか、バカすぎるわね」
尖った耳。
こめかみから生えている二本の角。
小さくとも存在感のある、第三の目。
明らかに人間とは異なるそれらは、明るい日光の下で誇り高く輝き、爽やかな風を受け止めていた――。
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