断頭台の魔王

間瀬

文字の大きさ
1 / 1

黒き冠を捨てて

しおりを挟む
 哀しみと絶望とが混じり合った耐えきれないほどの悪臭が、街中に充満していた。
 足取りの重い群衆の行き交う雑踏の中、私はローブのフードを目いっぱい深く引き下げ、足早に進む。

「――勇者様だけでなく、聖女様も亡くなったなんて……」
「――聞いたか、魔王軍が英雄と謳われている第三王子殿下を捕虜にして――」
「――この国は終わりだ、早く荷物まとめて出国するぞ!」

 不安、悲哀、恐怖、葛藤、混乱……。
 数え切れないほどの人間、言い表しきれないほど次々と溢れ出てくる感情。

「戦争なんて……!」

 小声で吐き捨てる。
 息苦しいほどにのしかかってくる虚脱感に、理由わけもなく拳を握りしめる。
 手のひらに刺さる爪の感覚が、ともすれば逃避しようとする意識を現実に繋ぎ止めてくれる唯一の楔だった。

「これで良かったんだっ、正しかったはずだ。これが、あの時の……最善、だった……」

 誰も聞いていないというのに、懺悔のごとく言い訳にもならない言葉を羅列し呟き、罪悪感を払拭しようとする。

「ねぇ母様、父様はいつ帰ってくるの?」

 幼い子どもの問いかけに、やつれた風貌の女性は儚げな微笑みを浮かべた。

「……お父様は遠い場所で戦っていらっしゃったから、お帰りが遅いのよ……」

 子供に悟らせまいと必死に張った虚勢の裏側の、暗く淀み停滞した、深い苦しみ。
 あの女性のご夫君は、もしかしたら私が手にかけた兵士の内の一人かもしれない。
 洗っても洗っても流せない鉄の匂いのする穢れが、私のことを嘲笑っているかのような錯覚を覚える。
 血に染まり、愛情に飢えた心。
 抑えようもない、喉の渇き。

「……あれか」

 終戦した今、すでに用済みとなった、搾りかすのような存在。
 居ても居なくても変わりない、玉座を次代に譲った「元」魔王。
 すべての責を一身に受ける、汚れ役。
 承知の上で引き受け、役目を全うした。
 国のため、仲間のため、そして、家族のために。
 報酬として一生豪遊しても有り余るほどの富を手に入れたが、最前線で剣を振るっていた頃の記憶が悪夢として毎晩蘇り、休むことなどできない。
 真っ赤な血しぶきに、涙交じりの慟哭と悲鳴。
 剣戟の音に肉を断つ音、苦悶の叫びに狂気じみた笑い声。
 生々しく鮮明な、生と死の狭間の香り。
 遠くから聞こえてくる、捨てられた赤子の泣き声。

「――あいつ、何してるんだ?」
「頭でも打ったか?」
「誰か、身内か恋人でも亡くしたのかねぇ……」

 私は今日、この体を、命を、私たち魔族を憎む人間に捧げる。
 それが、私にできる最大限の償いだから。
 王城前の広場の中央に鎮座する、大きな大きな断頭台。
 その上から鈍く光る大きな刃を背に周囲を見渡し、すぅっと大きく息を吸いこむ。

「皆さん、私を殺してください。私は、最前線で戦い、多くの人間を屠ってきた魔族です」

 罪悪感に押しつぶされる前に。
 この苦しみを背負って生きていけるほど、私は強くない。

「ごめんなさいっ!」

 私は、己の顔を隠していたフードに手をかけ、その厚ぼったい布を背に落とした。

「ぇ、おい、あれって」
「まじ、かよ……」
「ぃやぁーっ! なんで、なんでっ」
「クソが、何来てんだよ」
「自分から死にに来るとか、バカすぎるわね」

 尖った耳。
 こめかみから生えている二本の角。
 小さくとも存在感のある、第三の目。
 明らかに人間とは異なるそれらは、明るい日光の下で誇り高く輝き、爽やかな風を受け止めていた――。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました

九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」 悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。 公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。 「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」 ――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。

役立たずだと追放された私が祈らなくなった結果、王国は滅びました

藤原遊
ファンタジー
王国で代々“祈り”を担ってきた聖女である私は、 ある日突然「役立たず」と断じられ、王都から追放された。 祈りの力は目に見えず、平和が続くほど軽んじられる。 それでも私は、国のために祈り続けてきた――追放される、その日まで。 王都を離れた私は、もう祈らなかった。 義務でも使命でもないものを、続ける理由はなかったから。 それから一年。 王国は、静かに、確実に滅びへ向かっていく。 これは、祈らなくなった“役立たず”と、 祈りを失った王国の、因果応報の物語。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

三日天下の聖女です!

あんど もあ
ファンタジー
平凡なアルファパレス好き女子高生の私は、いきなり異世界に聖女として召喚されてしまった。でも、明後日に瘴気を浄化する神事をやってくれたら元の場所・時間に戻してくれると言うのでちょっと安心。なら三日間、立派な聖女になりましょう! ……でも、私が邪魔な人がいるようで……。

処理中です...