堕ちた世界

Jack&Sunny

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序章2 ヘクター=アクシディアス

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コツコツ、と脳に響く音がする。
男・・・ヘクター=アクシディアスは毎夜毎夜この音に起こされないかどうかを気にしながら眠りにつく。
この音で起こされる時というのは男にとって碌なことではないからだ。

「いや良いんだ・・・良いんだよ、だけどさ窓を嘴でノックして目を覚まさせるって何なんだよ、そこだけ日光ゆがんでるだろ・・・」

伝書鳩、言うなれば音の正体はそれでしかない。
鳩を家畜として飼い慣らすことに成功したここアムルク諸島では日常の小間使いから手紙の郵送まで鳩がこなすことが多い。
日常の小間使いと言っても大概はメッセンジャーだから郵送と大差はないが、鳩が普及したおかげでかつては人に頼り切りだった情報伝達も随分とスムーズになった。
ヘクターの窓の日光を歪めている鳩は少しだけ毛色を変えている。
普通手紙などはポストの前にある手紙落としに落として飛び去るのだが、この鳩は伝書を足にくくりつけている。
長距離の飛行をお願いする場合や、間違って人に読まれたくない場合に使われる伝達手段だ。
密速便と呼ばれる。

「・・・あぁはぃはぃ青ね」

窓を開けて括り付けてある手紙を手に取る。
手紙には何の変哲もないラブレター・・・。
軍人同志が好みそうな下ネタのオンパレードだ。
こんなものを密速便で送ったなど知られたら軍事費を税金で賄っている我らがアガティア国民は革命を起こすだろう。
もちろん、そんなものがヘクターへの本題であるはずはない。
ヘクターへのメッセージは鳩の鼻先の色にあった。
注目して見なければ分からないくらいに微妙なところで青や赤など識別できる要素がある。
教えられていなければ気のせいで済ませられるくらいの差異だ。
もちろん生物学者などに見られれば研究の対象にはなるだろうが。

「行きますかね」

一人暮らしの寂しい部屋を腰に手を当てて見渡す。
また近いうちに引っ越すことになるのだろうな、と何回繰り返したか分からないため息をつく。

*****

「せいれーつ!!!」

その20分後くらいだろうか。
ヘクターは日常の一コマに入る。
上官の声が妙に間伸びしているのは彼の生来の人の良さに起因するのだろう。
毎度毎度笑いを堪えながら直立不動となり、一糸乱れぬ隊列を形成する。
毎朝のランニングと筋トレ。
何らかの理不尽な理由を誰かにぶつけて連帯責任の名の下に罰を全員に与える。
罰の与え方もこの世界に長年いればマンネリ化するもので最早、それも含めての毎朝のルーティンと化す。
日夕点呼が完了し、汗に濡れた身体をシャワーで流し隊服に着替える。
この後、講堂に集合し訓話がありそのままそれぞれの訓練に入る。
それがヘクターの所属する王国軍の日常だった。

「最近、海軍の緊急が多いって話だな、ヘクター何か聞いてるか?」

緊急・・・緊急出動のことである。
王国軍は王国陸軍、王国海軍に分かれている。
ヘクターの所属するアガティア王国はアムルク諸島という列島の北一帯の諸島をその領地とする。
諸島と言われるだけあり、周りは海に囲まれ海軍の需要が圧倒的に多い。

「知らね、大方カルデアのパチモン読んだ哨戒部隊が神経質になってるんじゃねぇの?」

「はっはカルデアの星見が南南西5ディールに敵船を発見ってか? それはなかなか面白い冗談だ、今からでも星見部隊を作った方がいいかもな」

こんなちょっとした軽口を叩き合いながらも動きは迅速だ。
一瞬で着替えた部隊はすぐに大講堂に向かう。

「だが、緊急が多いのは本当だ、俺たちも派遣があるって考えたほうがいいよな」

「そうだな」

この友人の名前は何だったか、と思いながらヘクターは軽く応じる。
何事もそうだが自分の仕事に関することであれば人は勘が働く。
日常をこなしていく中で異常への感度が上がるのだ。
今朝の青い伝書鳩の件もあってその勘は残念ながら今回も外れていないのだと改めて心の中で念をおす。



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