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五話 初めて見た外の世界
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上半身と下半身の二つの殺生石に分かれた父の遺体を見て、自然と涙が溢れてきた。父は安らかな顔をしていたのだ。
せめて分かたれてしまった体をくっつけてあげたかった。それが自分の生きているという痕跡を残す不利な証拠を残すことになってもだ。
父の分かれた体が触れあった瞬間、黒かった殺生石は赤熱して溶岩のように液状と化した。思わず私は手を離し、後ずさりしてしまった。そして溶岩は次第に二つの塊に分かれ棒状にそれぞれがなっていった。
蒸気をあげて目の前に姿を現したのは二振りの刀だった。
一つは、父がよく使っていた大太刀で拵えは武士が使うような一般的なものだった。
もう一つは、白鞘の太刀で母が持っているのを見たことがあった。
私の手は自然と母の使っていた白鞘の方へと向かっていった。父の使っていた大太刀は私にとっては大きすぎたからだ。白鞘を掴むと大太刀はひとりでに浮かび上がり、天へと舞い上がっていき東の方へ向かって飛んでいってしまった。
『守る方法は残しておく』
父が最後に残した言葉を思い出した。この二振りの刀がきっと、そうなのだろう。刀が向かった方向へ行けと言われているような気がした。二本の尾を隠し、頭上にあった狐の耳を隠し人間の姿になり、私は東を歩きだすことしかできなかった。
何をしたらいいのか、わからなかった。
東に何かあるなど、生前に父からも母からも聞いたことはなかった。それでも今の指標は、あの大太刀しかない。
私は強くならなければ、ならない。両親は許せと言っていたが到底そんなこと思えなかった。少なくとも白峰という天狗は絶対に殺さなくてはならない。周りで見物をして、やじを飛ばしていた妖怪も殺してしまいたかった。
今の私にとっては恨みこそが原動力だった。
そうやって、無理やりにでも奮い立たせることでしか、動けない。そんな気がした。
絶対に殺す。
何百年かかろうと必ず殺す。
残らず殺す。
両親の殺しに加担した全てを殺す。
それこそが残された私の使命である。決して許すことではないはずだ。
だが、今の自分が挑んでも返り討ちになるだけである。
妖狐が力をつけるためには人間から感情を向けられることが必要だと母から聞いたことがあったような気がする。
人助けでもして、生きていれば力がつくのだろうか。
「は、ははは……」
私は思わず堪えきれなくなり笑いが漏れてしまった。
そんなことで…………そんなことで、強くなれるの?
私は何も知らない。私が知っているのは小屋の中の優しい世界だけ。世間知らずで、親から知識だけ与えられた箱入り娘。
山中をゆく私の歩は泥沼を歩いているように重かった。なんの変哲もない砂利と土が混ざり、雑草の生えるただの道であったとしても。
私の重く沈み込んだ気分とは裏腹に朝日は世界を等しく照らしていた。朝日で、できた自分の影に恨みの焔が燃え盛る様を見た。
私は容赦しない。
慈悲深い両親のような強さも持ち合わせておらず、知識だって体験を伴わない仮初のものだ。だから、早く世界を知らなくてはならない。
私は、山道の坂道を走りながら下った。
焦燥感が自然と私の足を走らせた。まるで泥の底に沈んでいかないように足掻いているようだった。速さが乗り、曲がり切れず、それはもう見事に転倒した。大妖怪の娘たる私の体は、転倒したくらいでは擦り傷一つつかなかったが、着物は汚れてしまった。両親が似合っていると褒めてくれた薄茶色の矢絣柄が黒くなっていた。
思わず大きなため息が出てしまった。
立ち上がると崖の下に初めて見るものがそこにはあった。
人間が集団で住んで建物が密集している地帯。すなわち村である。
鍬を使って畑を耕す者や、捕ったイノシシを食べられるように加工している者などがいた。そこへ、小鬼と見られる褐色の小妖怪が一匹、村に侵入していくと村人は散り散りに逃げていった。
だが、二人だけは小鬼に向かっていったのである。
一人は後方から弓を構えている若い女性で、もう一人は太刀を持った若い男だった。
女性が矢を射ると小鬼の体をかすめ、女性に向かって小鬼は走り出した。
意識が女性に向かって隙のできた小鬼を男性は太刀で斬り、仕留めた。
そうして、逃げた村人を呼び戻すと小鬼の退治に成功した二人の男女は、村人から大いに感謝されていた。
これが世界か……。
私は小鬼の襲来から退治までの一部始終を崖の上から眺めていた。
妖怪という脅威に立ち向かう人間の懸命な姿に感心してしまった。
私は人間という存在を過小評価していたようだ。その懸命さに思わず勇気づけられてしまうほどには驚いてしまった。
私の足は自然と村へと向かっていた。断崖絶壁の淵に足をかけ飛び立った。空中で雀に変化すると風を受けて、空へと羽ばたいた。
これは私にとって世界へと巣立つ儀式のようなものだった。
進もう。
例え、復讐を目指す修羅の道であっても……。
せめて分かたれてしまった体をくっつけてあげたかった。それが自分の生きているという痕跡を残す不利な証拠を残すことになってもだ。
父の分かれた体が触れあった瞬間、黒かった殺生石は赤熱して溶岩のように液状と化した。思わず私は手を離し、後ずさりしてしまった。そして溶岩は次第に二つの塊に分かれ棒状にそれぞれがなっていった。
蒸気をあげて目の前に姿を現したのは二振りの刀だった。
一つは、父がよく使っていた大太刀で拵えは武士が使うような一般的なものだった。
もう一つは、白鞘の太刀で母が持っているのを見たことがあった。
私の手は自然と母の使っていた白鞘の方へと向かっていった。父の使っていた大太刀は私にとっては大きすぎたからだ。白鞘を掴むと大太刀はひとりでに浮かび上がり、天へと舞い上がっていき東の方へ向かって飛んでいってしまった。
『守る方法は残しておく』
父が最後に残した言葉を思い出した。この二振りの刀がきっと、そうなのだろう。刀が向かった方向へ行けと言われているような気がした。二本の尾を隠し、頭上にあった狐の耳を隠し人間の姿になり、私は東を歩きだすことしかできなかった。
何をしたらいいのか、わからなかった。
東に何かあるなど、生前に父からも母からも聞いたことはなかった。それでも今の指標は、あの大太刀しかない。
私は強くならなければ、ならない。両親は許せと言っていたが到底そんなこと思えなかった。少なくとも白峰という天狗は絶対に殺さなくてはならない。周りで見物をして、やじを飛ばしていた妖怪も殺してしまいたかった。
今の私にとっては恨みこそが原動力だった。
そうやって、無理やりにでも奮い立たせることでしか、動けない。そんな気がした。
絶対に殺す。
何百年かかろうと必ず殺す。
残らず殺す。
両親の殺しに加担した全てを殺す。
それこそが残された私の使命である。決して許すことではないはずだ。
だが、今の自分が挑んでも返り討ちになるだけである。
妖狐が力をつけるためには人間から感情を向けられることが必要だと母から聞いたことがあったような気がする。
人助けでもして、生きていれば力がつくのだろうか。
「は、ははは……」
私は思わず堪えきれなくなり笑いが漏れてしまった。
そんなことで…………そんなことで、強くなれるの?
私は何も知らない。私が知っているのは小屋の中の優しい世界だけ。世間知らずで、親から知識だけ与えられた箱入り娘。
山中をゆく私の歩は泥沼を歩いているように重かった。なんの変哲もない砂利と土が混ざり、雑草の生えるただの道であったとしても。
私の重く沈み込んだ気分とは裏腹に朝日は世界を等しく照らしていた。朝日で、できた自分の影に恨みの焔が燃え盛る様を見た。
私は容赦しない。
慈悲深い両親のような強さも持ち合わせておらず、知識だって体験を伴わない仮初のものだ。だから、早く世界を知らなくてはならない。
私は、山道の坂道を走りながら下った。
焦燥感が自然と私の足を走らせた。まるで泥の底に沈んでいかないように足掻いているようだった。速さが乗り、曲がり切れず、それはもう見事に転倒した。大妖怪の娘たる私の体は、転倒したくらいでは擦り傷一つつかなかったが、着物は汚れてしまった。両親が似合っていると褒めてくれた薄茶色の矢絣柄が黒くなっていた。
思わず大きなため息が出てしまった。
立ち上がると崖の下に初めて見るものがそこにはあった。
人間が集団で住んで建物が密集している地帯。すなわち村である。
鍬を使って畑を耕す者や、捕ったイノシシを食べられるように加工している者などがいた。そこへ、小鬼と見られる褐色の小妖怪が一匹、村に侵入していくと村人は散り散りに逃げていった。
だが、二人だけは小鬼に向かっていったのである。
一人は後方から弓を構えている若い女性で、もう一人は太刀を持った若い男だった。
女性が矢を射ると小鬼の体をかすめ、女性に向かって小鬼は走り出した。
意識が女性に向かって隙のできた小鬼を男性は太刀で斬り、仕留めた。
そうして、逃げた村人を呼び戻すと小鬼の退治に成功した二人の男女は、村人から大いに感謝されていた。
これが世界か……。
私は小鬼の襲来から退治までの一部始終を崖の上から眺めていた。
妖怪という脅威に立ち向かう人間の懸命な姿に感心してしまった。
私は人間という存在を過小評価していたようだ。その懸命さに思わず勇気づけられてしまうほどには驚いてしまった。
私の足は自然と村へと向かっていた。断崖絶壁の淵に足をかけ飛び立った。空中で雀に変化すると風を受けて、空へと羽ばたいた。
これは私にとって世界へと巣立つ儀式のようなものだった。
進もう。
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